もうどうにも止まりそうになかった
せんじょうトンチンカン、
些細なことながらも行動を開始したのはキンシが先であった。
「メイさん、そんな堅苦しい事言わないでください」
出来得る限りの上品さと優しさで身を屈めながらメイに一言する。
「僕は勝手に貴女を助けただけなんです、そこには大した理由はないって言ったじゃありませんか」
「だけど………」
なおも何かを言おうとしているメイを遮って、大人らしく空気を読んだヒエオラ店長殿があえての大きな声を発した。
「そういうことだから! 今日はもう早いところこの彼方を片付けましょうって方向で! よろしいかな皆さん」
店長にしてみればさっさとこの厄介事から解放されることこそ本望で、
「というわけで、さくっと回収車を呼ぶとしますか」
何と言うこともない動作で懐から板チョコの形をした携帯端末を取りだし、さらさらとこなれたタッチ操作でどこかしらに連絡を。
「えーっと? まずはとりあえず、自警団に連絡だったよね」
「自警団」とは灰笛における魔法を職業にしている人間が集まる集団で、他の町で言う所の消防局的な役割を担っている。
彼方の死骸を片づける業務も担当しており、ヒエオラ店長殿がその団体に連絡を寄越すのは、灰笛に生きる住民的にごくごく当たり前の行動。
なのだが。
「あ、わ! ちょ、ちょっと待って!」
それまでキンシに向けて頭を下げていたメイが、店長の動向を察知して跳ねるような素早さで彼の通報を阻止する。
「あの、まだっ、自警団は止めてください」
それぞれ違う方向を見ていた兄妹が、「自警団」というワードのもとにその視点を店長の元へと集中させる。
「え、え?」
何の脈絡もなく行動を制止させられた店長は、当たり前のことながら戸惑いの表情を浮かべる。
「止めるって、でも早く彼方の死体片付けないと、このままじゃ勝手にどんどん腐っちゃうし」
至極まっとうなことを主張して兄妹からの抑制を振り切ろうとする。
店長が主張する通り、キンシによって生命活動を停止させられた怪物は、この世界の全ての生物と同様に誰にも逆らうことなく肉を腐敗させている。
今はまだ新鮮さが失われていないため気にはならぬとも、このまま何の処理もせずに放置していたらいずれは死肉から言葉に表せぬ香りが周囲に充満することだろう。
いや、それ以上に、それ以前に。
「いつまでもうちの店にこんなデカい物体を設置しておくわけにもいかねェし」
いたってもっともな意見のもと、ヒエオラ店長殿は通報の指を進めようとする。
兄妹は目に見えて狼狽えはじめていた。
互いの手を握りしめあいながら、まるでどこかに走り去ってしまいそうな、そんな焦燥感が全身に漂っている。
一体彼らは、いきなりどうしたというのか?
店長殿を含め、その様子を見ていたキンシも不思議に思う。
懸命に弁明をする妹。
顔面の血液が何処かに吹っ飛んでしまったかのように、青々と青ざめている兄。
彼らは、もしかして?
キンシは一つの仮定をたてる。
そしてすぐにそれを否定しようとした。
自警団に顔を見られることを拒む人間など、灰笛では珍しくもなんともない。
かく言う自分だって。
…………。
まあ、自分のことはどうでもよくて。
とにかく妹が、メイさんが困っている。
だとすれば自分にできることはただ一つだ。
「ヒエオラさん。メイさんがこう頼んでいるのだから、通報は………」
制止に自分も参加しようとしたところで、キンシは言葉を言い終えるよりも口の動きを止めてしまう。
決してこの魔法使いが絶望的に会話下手で、人に要求することが苦手だとか、そういった性質が要因として働いたとか、そういったことは一切関係ない。
ただ単純に、魔法使いにとってもっと気になる事象が起きた。
ただそれだけのことだった。
好きな事だけをしました。




