コップ一杯に満たされる非現実感
案内された場所、そこは大量の水で満たされていた。
「正しくは、普通の液体の水とは大きく異なっているのですよ」
弱々しい声音でありながら、場所の主であるキンシがどこか自慢げに紹介をしている。
キンシの説明を聞いている、シイニが鈴をチリンと鳴らして返事をしていた。
「たしかに、ここは「普通」とは大きく異なっているだろうね」
子供用自転車の姿をしている、シイニは水に車輪を半分つからせた格好で感想をこぼしている。
「自信満々にどこへ案内されると思ったら……。こんな、下水道みたいな場所に招かれるとは、いやはや……人生って面白いな」
「下水道って……っ! 失礼な!」
シイニがこぼした感想に対して、キンシを含めた魔法使いたちがショックを受けていた。
「…………」
キンシの体を抱えたままの、トゥーイが無言の中でシイニに視線を向けていた。
ただ見ているわけではなく、トゥーイはあからさまな嫌悪を以てしてシイニを睨みつけていた。
アメジストのような色をもつ、青年の視線がジッと向けられている。
視線に実体があったら、確実に皮膚の三十センチは削ぎ落とされているであろう、そんな鋭さのある目であった。
「まあまあ、そんなキツイ目で見ないでおくれよ」
睨み飛ばされている、しかしてシイニは他者の視線よりもこの状況に強い関心を示しているようであった。
「さて、この水みたいなものがはたして何なのか、さっさと教えてくれないかな?」
個人の感想うんぬんよりも、目の前の現実に広がる光景に対する具体的な説明を求めている。
シイニは車輪を前に進ませながら、水のように見える物体にその自転車の姿を沈ませている。
その後を追いかけるようにして、メイが水の中に身を沈ませていった。
彼らの前方を歩いていた、トゥーイもまた体表の四分の三を水のような質感に沈み込ませていた。
水のようなものに満たされている、だが魔法使いらが先述したとおりにそれらは「普通」の水、液体とは大きく異なる性質をもっていた。
「んんん……」
水の中を進む、メイはしばらくの間まぶたと唇をぎゅっと閉じたままにしていた。
まぶたの裏側に広がる暗闇のなか、羽毛の下に液体の感触が完全に浸透される。
冷たさは、それなりに感じる。
春の終わりに水道の蛇口をひねる、口からこぼれ落ちる水の一筋と同じくらいの冷たさが肌を、川と肉の下に潜む感覚神経を刺激する。
まぶたと唇を閉じたままにしている、視界は密閉されたまま、出来ることなら呼吸器官も拒絶をし続けていたかった。
だがいつまでも呼吸を我慢する訳にもいかなかった。
たいして時間をかけることも無いままに、肺が彼女に限界を主張していた。
「……ん、はっ!」
堰を切るように、メイの喉の奥へと一気に「それ」が流し込まれていた。
飲み込むことさえ必要ない、呼吸をすることとなんら変わり名は無かった。
液体が気管のほとんどを満たす、だがメイが密かに危惧した惨事が訪れることは無かった。
呼吸は継続されている、意識が続いている状況がメイにその事実を表明していた。
「ほう、水のように見えるが、人間の身体でも呼吸が普通にできるとな?」
シイニの声がメイの左側から聞こえてきていた。
「まあ、魔法使いの君たちにとっては、こんなこと特に珍しくも無いんだろうが……」
意味を含ませるようにして、シイニは空間を満たす要素に対する感想を締めくくろうとしていた。
「これは、すなわち魔法使いである君たちが、その力を使うために消費する要素、なんだろ?」
「その通りです、ざっつらいと、です」
シイニの回答に正解を返していたのはキンシの声音であった。
キンシはそろそろトゥーイの腕から体を離しつつ、水のような質感の中でフワフワと体を漂わせていた。
本来の重力を軽減させている、キンシは重力をあやつる魔法を今、この場所で使用していた。
「シイニさんの言うとおり、この水は僕ら魔法使いにとって、血液の次に大切とされるエネルギー源、そのものなんですよ」
「水」の中を浮遊している、その姿は泳いでいるようにも見えなくなかった。
キンシが事実を説明している。
光景を見ながら、シイニが「水」の中で車輪を回していた。
「でも、これだけのエネルギー、いったい何処から集めてきたってんだよ?」
かなりくだけた雰囲気の在る口調で、シイニが「水」と呼ばれるエネルギーの持ち主である少女に質問をしている。
問いかけられた、キンシが子供用自転車の彼に事実を伝えている。
「それはもちろん、シイニさんと同じような存在から一つずつ丁寧に、丁寧に回収したのですよ」
キンシの目は真っ直ぐシイニの方を捉えていた。
新緑のように鮮やかな緑色をしている、魔法使いの少女は彼に嘘を伝えようとはしなかった。
「怪物さんの体から回収した魔力、それを読み込んだ情報、そこからこの魔力エネルギーを集めているのです」
キンシはそう言いながら、「水」の奥に広がる光景を左腕で指し示していた。
少女の左腕を支配していたはずの透明感は、この空間のなか、すでにいくらか回復をしているようだった。
こんばんは。夜遅くですが、ご覧になってくださり、ありがとうございます。




