グラス一杯分の罪悪感を飲みほした
「あっつ、ううう……っ?!!」
状況の報告と同時に、キンシは自らの体に生じている異常事態についてを言語化しようとしている。
しかしながら、魔法使いの少女が言葉を使うまでもなく、彼女の左腕は青白い炎によって焼かれ続けていた。
肉の焦げるにおい、たんぱく質が雑に燃焼される不快な臭気が、雨に濡れる空気の上に加算され続けている。
キンシはとにもかくにも熱を打ち消すために、燃えている腕を右側の指で激しくはたいていた。
左腕、人体の一部が急に発火している。
状況に慌てふためいているのは、なにもキンシ一人、燃やされている本人ただ一人に限定されていることではなかった。
青白い炎にメイが悲鳴をあげている。
「きゃああ?! キンシちゃん!!」
絹を引き裂くような悲鳴に、キンシの子猫のような耳がぺたりと倒れている。
不安があるのは当然のことで、この魔女にしてみればなんの前触れもなく人体が発火したように見えているはずである。
キンシは自らの苦しみよりも、とっさに幼い魔女を安心させるための行動を優先しようとしていた。
「大丈夫ですよ?!」
激しく疑問形になりながらも、キンシは自らの体を苛む現象についてを把握しようとしていた。
「これは、おそらく、魔力の膨張による現象でして……っ」
呼吸の合間、息が途切れ途切れになりながらもキンシは、自らの左腕に発生している現象に解説を加えようとしている。
魔力が関係していること、魔的なる事態であること、そのことはメイにも十分理解できていることだった。
重要なのは要素ではなく、状況に関する理由だった。
意味不明にメイがただただうろたえている、その間にキンシのすぐ近くで先に行動を起こしている影があった。
「うわ」
キンシの腕を強く握り、引いている。
「トゥーイさん?」
自分の左腕に触れている、青年の名前をキンシが驚くように呼んでいた。
戸惑っているキンシの感覚を置き去りにしたまま、トゥーイは少女の左腕に唇を寄せている。
「…………」
依然として炎の気配が強く残っている、ゆらゆらと熱をもつ青白い舌にトゥーイがそっと口づけている。
熱をもつ、そこにトゥーイは己の歯を突き立てていた。
燃えている腕に噛みつき、トゥーイはそこに集まっている要素を吸い上げているようだった。
ある程度吸い尽くした、あとには燃えずに済んだ少女の腕が残されていた。
ぷすぷすと煙をたゆたわせている。
炎がある程度消えたことを確認した、安心の声を発する男性の声がひとつ伸びてきていた。
「いやあ、驚いたね」
それはシイニの声で、彼は子供用自転車の姿をしたままで、キンシの身に起きた現象に感想をこぼしていた。
「まさかいきなり発火するとはッ!!」
だが彼がすべてを言い終えるよりも先に、シイニの身体はトゥーイの腕によって壁に叩き付けられていた。
「ぎゃあ」
限りなく無機質で、果てしなく無感情な声が雨の気配に反射する。
まだ周辺には焦げた匂い、肉が燃焼する粘ついた臭いの気配がまだ新鮮味を失っていなかった。
トゥーイはシイニを、たまたま近くにあった建物の壁に叩き付け、そのまま壁の面に固定させたままにしている。
傍から見れば大人の姿をしている輩が、子供用自転車を壁に押し付けているようにしか見えない。
かなり奇妙な光景である。
しかして夜間に雨が降りしきるここではそもそも目撃する他人の目すら、かなり限定されているものでしかなかった。
関係者以外に誰も見られていない、そんな視線の数々を背後に感じながら、トゥーイはシイニに何ごとかを囁きかけていた。
「6j5//////」
「え?」
「6j5,u?8u9?!」
トゥーイは何事かを叫んでいるようだった。
かなり怒っている、ということだけは音の雰囲気で察せられそうだった。
しかし使用している言語は未知なるものだった。
知らない言葉で怒り狂っている様子は人間のそれよりも、どちらかというと未知なる生物の威嚇攻撃を眺めているかのような、そんな感覚を抱かせた。
「トゥーイさん!!」
炎が消えた左腕を抱えながら、キンシがトゥーイの行動を諌めようとしている。
「なにしてるんですか! そんな乱暴をしてはいけませんっ!」
自分のことよりも、この魔法使いは他者のことを気遣おうとしている。
しかして、青年の勢いは彼女の抑制であっても止まる気配を見せなかった。
「…………」
シイニの体を壁に押し付けたままで、トゥーイは奥歯をギリギリと噛みしめている。
怒りに任せたあごの力は、自らの奥歯を粉砕するほどの勢いを予感させた。
激しく感情を動かしている青年と相対を為すように、シイニの様子はいたって平らかなものでしかなかった。
「まあまあ、そんなにいきり立たなくてもイイじゃないか、トゥーイ君よ」
シイニはトゥーイに向けて言い訳をしていた。
「手前だってまさか、触れた瞬間にここまでの拒絶反応が出てくるとは思いもしなかったんだから」
発火原因の根元であることを認めながら、シイニは己の罪状に罪悪感を抱くことをしていなかった。
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