魔法使いはいずれにしても卵の殻を破らなくてはならない
キンシの後ろ側から、トゥーイがまたしても何事かを記したメモ用紙を携えている。
その様子を近くで眺めていた、メイはほんの一瞬だけメモに魔方陣が描かれていることを期待していた。
だが幼い魔女の期待は、とりあえず無事に外れることになった。
エリーゼという名の、若い女性魔術師が手渡されたメモ用紙の内容を確認している。
「あー……はいはい、ここに振り込んでおけばいいのねえ」
エリーゼは整えられた前髪の下で、魔法使い側からの指定に了解を示している。
メモ用紙をジャケットの隙間にしまいこみながら、エリーゼは訪れた以前よりも重くなったかばんを抱えながらこの場所から去っていった。
「それじゃあ、後はそちら側にお任せいたしますう」
それだけのことを伝え、エリーゼは来たときに使用していた小型の飛行機関のエンジンを作動させている。
機械の音、マシンがプロペラを回転させて上昇する。
若い女性の魔術師が、特に名残惜しむでもなく空を飛んでこの場所から去っていった。
「……わたすのは、骨だけでよかったのかしら?」
魔術師の姿が遠くの霞になるころ、メイが左に立つ魔法使いらに質問を投げかけていた。
魔女に問いかけられた、言葉に返事を用意していたのは少女の姿だった。
「彼らは、古城では主に魔力鉱物の精錬をおこなっているんですよ」
キンシという名の、魔法使いの少女が怪物の欠片の行方についてを魔女に説明している。
「石をきれいに加工して、市場に流通し得るものに仕上げる。それが、この灰笛における魔術師の主たる仕事の一つ、なんですよ」
キンシは自らが暮らす都市の名前を使いつつ、そこにある魔術師の本拠地、「古城」と呼ばれる組織についてを姪に向けて簡単に語っている。
「そこで形や魔力の量を調整された鉱物が、昨日や今日、明日の皆さんの生活を支えておりまして」
ここまで語られた部分で、メイにとって求めていた情報の量は満ち足りていた。
「そうなの」
とりあえず適当な返事を用意していながら、魔女はふと思考の片隅に置き忘れそうになっていた事柄を思い返していた。
「……って、あら? シイニさんは」
「あれ、そういえばさっきから静かですね」
キンシはメイに指摘されて、はじめて彼の不在に気付いたかのような反応を示している。
視線を左右に漂わせている彼女らのもとに、目的の彼が返答を用意していた。
「やれやれ、そういえば、で片付けられる扱いとは、なんとも味気ないものだね」
声がしたほうに視線を移動させる。
そこには子供用自転車を小脇に抱えたトゥーイの姿が見えていた。
「シイニさん」
トゥーイの腕の中にある自転車に向けて、キンシが彼を指す名前を口にしている。
「エリーゼさんがいる間、ずっと黙ったままで、うっかり忘れ去りそうになりましたよ」
特に隠すこともなく、本当のところを正直に話している。
そんな魔法少女に対して、シイニは特に気分を害する素振りも見せようとしなかった。
……いや、仮に不快感をあらわにしたところで、それを子供用自転車の姿でどのように表現するか、基本的な疑問点が残されてはいるのだが。
ともかく、怪物退治の仕事を終えた魔法使いたちは、次に個人的なやり取りを交わすことになった。
「さて、さてさて、ですよ」
キンシが両手を上に、背伸びをして凝りかけていた内側の肉、筋をやわらかく伸ばしている。
「怪物退治の後は、お宝探しですね」
まるでおとぎ話のストーリーラインを打ち合わせするかのようにしている。
しかしながらキンシの言う行動指針に虚偽はあまり含まれておらず、割とそのままの意味合いで彼らは夜の灰笛を散策しているのであった。
「せっかくです、歩きながら色々とお話しませんか? シイニさん」
キンシがシイニに向けて提案をしている。
眼鏡のまるい形をしたレンズの奥にある、新緑のように鮮やかな色をした瞳が彼を捉えていた。
質問その一、キンシが口を開く。
「シイニさんは、もともとは人間の姿だったんですよね」
問いかけられた、シイニが鈴をチリン、と鳴らしている。
「ええ、昔はそれなりに見れる顔をしていて……──」
言いかけた言葉を、メイが軽やかなるタイミングでさえぎっていた。
「そんなことよりも、ねえ……キンシちゃん」
くんくん、とメイの白く細い指がキンシの暗い色をした上着を軽く引っ張っていた。
メイが見上げている、その先でキンシが少し戸惑ったような声を発していた。
「どうしたんですか、お嬢さん。そんなさみしげな声を出して」
すこしおどけたような言葉遣いをしている。
それはキンシなりに、メイの不安を解消させようとする心遣いのつもりでもあった。
しかし、魔法少女の気遣いはこの場面にて意味を為したとは言い難かった。
メイが、キンシの瞳をじっと見上げながら言葉を唇に発している。
「ねえ……私たち、さっきからずっと……おなじ場所をぐるぐるとまわっていないかしら?」
幼い魔女が指摘をしている。
椿の花弁のように鮮やかな紅色をしている、瞳には疑いようのない不安が濃厚ににじんでいた。
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