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膝の上で眠る骨を噛み砕こう

 肉の回収はトゥーイの魔法陣にて、ちょちょいのちょいで片付けられた。


 メイにとってはすでに経験済みの光景に、しかしながらシイニという名の男性は驚きを抱くばかりであった。


 子供用自転車の姿をしている彼は、金属の鈴をチリンと鳴らしていた。

 人間の体をもっていない、呪いの一種によって姿を変えられた彼は、青年の手の中に握られているリンゴに強い関心を示していた。


 前カゴよりも下側、暗所に対応するための警戒用ライトがある方をジッと青年の方に固定している。

 おそらくそこの部分が彼、シイニにとっての顔面部分に該当するのだろう。


 子供用自転車の姿をした彼に見つめられている、青年のほうはしかして何かしらの感想を呟くことはしなかった。


「…………」


 ただ沈黙の中に身をゆだねている、シイニは青年に対して小さな疑問点を投げかけていた。


「どうしたんだい? トゥーイさんよ、貴重なお宝を手にしているっていうのに、ずいぶんとローなテンションじゃないか」


 シイニに指摘をされた、しかしながらトゥーイと名を呼ばれた青年はそこに確かな感情を示すことをしなかった。


 ただ沈黙をしている。

 静けさだけが青年と男性の間に満たされようとしていた。


 そんな彼らと対象を為すかのように、沈黙の近くで少女と幼女がわきあいあいとしたやり取りを交わしていた。


「ほら、見てくださいお嬢さん」


 キンシと言う名前の、魔法使いの少女が魔女に怪物の残骸を見るように勧めている。


「血液とその他の組織を全部とりはらった、骨だけになった怪物の骨には、大量の魔力鉱物が含まれているのですよ」


 キンシにそう説明をされた、メイという名前の幼い魔女が疑問を口にしていた。


「それって、いつもあなたたちがほうしゅうとして受けとっている、あのきれいな石たちのことかしら?」


 小首をかしげながら、メイは記憶の中にある光景を自分の手で検索している。

 魔法使いたちの生活の糧、怪物を討伐すること自体のほかに、彼らは魔力鉱物という宝石を資本でやり取りしている。


 魔力を有した鉱物、宝石の数々は灰笛(はいふえ)という都市を中心に、この国において主たるエネルギー源の一つとして扱われている。


 キンシが怪物の死体に、ほとんど骨しか残っていないそれに指を触れさせている。

 あばら骨の一本と思わしき、鋭く白く伸びている硬さと鋭さを強く握り締める。


 見た感じでは硬く結束しているように見えていた、骨はしかしながらキンシの腕力一つでもぎ取れるほどの繋がりしか保てなかった。


 ムシリ、ミシリ、繋がりが絶たれた音がかすかに空間を振動させた。

 もぎ取ったあばら骨の一本を、キンシはメイによく見える位置まで移動させている。


 魔法使いの少女に誘われるようにして、メイは骨の断面に視線を固定していた。

 白く滑らかな表面の下、内側、そこには紫色をしたきらめきが一切の隙間を許すことなく密集をしていた。


「まあ!」


 メイが思わず驚いたような声を発していた。

 怪物の骨の中身、そこには紫水晶(アメジスト)によく似た色素と透明度を持つ性質が含まれていたのである。


 紫色の輝き。

 キラキラとしたそれはメイ、あるいはこの場所にいるほかの人間にも見覚えのあるものだった。


 記憶を検索しようとするメイの瞳の動きを見て、キンシが先んじて言葉を舌の上、唇の先に用意していた。


「ここにある、浮遊ビルの群れを支える基礎と同じ材質ですね。あれほどの巨大さと透明度、魔力の保有量は、さすがにここで再現することは出来ませんけれども」


 少しだけ残念そうにしていながら、キンシは少し重たそうに骨を両手に抱えている。

 

「ですが、これ一本で僕んちの一日のエネルギーをまかなえる、かもしれませんね」


 楽観的な予想を口にしている。

 キンシの、少女の緑色をした瞳が紫の輝きをうっとりと見下ろしていた。


 魔法少女が予測をしている。

 そこに、シイニが彼女らの会話に介入をしてきていた。


「いやあ、失礼だがお嬢さん、その程度のモノでは一世帯分の生活に耐えうることは出来ないと考えられますよ?」


 指摘をしている、彼の声に反応してキンシとメイがシイニのほうを見ていた。

 彼女たちに注目されている、子供用自転車の彼が続けて自説を語っていた。


「含有魔力量も少ないし、第一色合いが薄すぎている。あれぐらいの型の怪物を想定したとしても、せいぜい及第点程度の質しか持ち合わせていないね」


 シイニには自分の意思で動きながら、収穫したばかりの獲物に対する品評を行っている。

 子供用自転車の姿をしている彼が、得意げに語っているのをキンシが黙って聞いていた。


 なにも言わない魔法少女の代わりという訳ではないにしても、独り語りに聞き飽きてきたメイがシイニに指摘をひとつしていた。


「ずいぶんとお詳しいのね、もしかして、あなたもまえに怪物さんをおあいてするお仕事をしていたのかしら?」


 メイとしてはこれ以上話題を進ませるつもりもなく、ただ適当に相手を賞賛する気軽な言葉を選んだにすぎなかった。


 しかしながら、彼女の選んだ言葉はどうやら彼女自身が想定する以上の意味合いを発揮したらしい。


  シイニが寂しげにチリン……、と鈴を鳴らしているのが聞こえてきた。


 音色に耳を傾けている、メイが彼の沈黙に違和感を覚えていた。


「シイニさん?」


 つい先ほどまでの饒舌(じょうぜつ)とはうってかわって、意味深な沈黙に身を預けるままとなっている。

 子供用自転車の姿を持つ、彼の様子に幼い体をした魔女が首をかしげて問いかけていた。


「あら、どうしたの。きゅうに黙りこくっちゃって」


 メイはシイニに対して、まるで急に気分を悪くした幼子に語りかけるようにしている。

 実際メイにとっては、まだこの自転車の姿をしている彼について、まだ多くを把握できていないのが事実ではあった。


 おそるおそる、手探りをするかのように会話へと望まんとしている。

 しかしながら魔女の遠慮深さとは相対的に、シイニの様子はのんびりと明るいものでしかなかった。


「いやはや、流石に魔女を名乗るだけのことはある。確かに、貴女の言うとおり、手前はその昔怪物……と、そう呼称される敵性生物の処理活動に従事しておりました」


 自分の境遇についてを簡単に語っている。

 シイニの説明に、メイよりもキンシのほうがより強く明確な関心を抱いていた。


「へえ! 同業者さんでしたか。これは驚きました」


 簡単な感嘆符を口にして、キンシは早速検索の手をシイニにむけて伸ばそうとしている。


「どこの事務所に所属していたんですか? 得意な魔法は? なにを専門として作成したんですか? 隠す必要はありません、ぜひとも僕に教えてください……──」


 矢継ぎ早に質問文を浴びせかけている。

 キンシの好奇心に、抑制をかけたのはシイニ本人ではなくメイの声であった。


「キンシちゃん、きになるかもしれないけど……、いまはそれどころじゃないはずよ」


 メイに指摘をされた、キンシがはっと思い至るような素振りをつくって見せていた。


「おっと、そうでした、そうでした。シイニさんの依頼内容に関して、でしたね」


 割と本気で、本来の目的を忘れかけていたらしい。

 キンシの様子にメイが、そしてシイニが不安げな視線を送っている。


 彼と彼女に見られている、キンシはそれぞれの視線を肌に感じながら、苦し紛れの笑みを口元ににじませていた。


「となれば、ですよ」


 本流の存在を忘れてはいないこと、そのことを主張するかのようにして、キンシは懐からスマートフォンを一台取り出している。


「この残されたものたちを、きちんとした人たちにお渡ししなくてはなりませんよ」


「きちんとした人たち?」


 この灰笛(はいふえ)と言う名の都市で、そのようなマトモさのある人間がはたしてどれだけ存在していると言えるのだろうか。


 メイが疑問に思っていた。

 魔女の疑問点は、しかしながら数分のうちに一応の解決を示されることになった。



「はーい、はいはい、回収作業に参りましたあ!」


 スマートフォンの呼びかけに応じた、それから十分ほど経過した後に魔術師がこの現場に登場をしていた。


「エリーゼさん」


 現れた女性の名前を、キンシが少し驚いたような声で呼んでいた。

 魔法使いの少女にとって、この現場に現れた女性魔術師はすでに既知の間柄であった。


 キンシに名前を呼ばれた、エリーゼという名の女性魔術師は返事を用意するよりも先に、目の前に転がっている用事に強く意識を働かせていた。


「敵性生物の駆除と、その残滓(ざんし)の回収作業ね、お疲れさまあ」


 エリーゼは持ち寄ってきた黒いビジネスバッグの、密閉しているチャックの部分をおもむろに開放している。


 開かれたバッグ、その内側には光の届かぬ暗闇が広がっている。

 暗さを見た、その次の瞬間にはバッグの内側から強い風が生まれていた。


 まるで掃除機のような吸引力、それによって生まれる風圧が周辺に渦のような力を生み出していた。


 それは目で実際に確認できる力の流れだった。

 メイは髪の毛を押さえつけながら、魔術師のバッグから生み出される黒い渦を見ていた。


 バッグから生み出された、黒色の塊は瞬く間に怪物の白骨死体を包み込んでいた。


 黒い渦はあっという間にその実体を失っている、勢いとスピードはさながら一陣の風のような潔ささえ感じさせた。


 勢いが通り過ぎた、その後には何も残されていなかった。

 今までその場所、濡れたアスファルトに転がっていたはずだった、怪物の白骨死体は跡形もなく場所から消失していた。


 しかして、跡形もなく消えたわけではない。

 骨たちは、骨の中に含まれている大量の魔力鉱物たちは、魔術師のビジネスバッグに納められた。


 事実を確認するよりも先に、キンシはその仕組みを無言のうちに理解できていた。


 バッグのチャックを元の位置に戻しながら、エリーゼが視線を魔法使いのほうに向けないままで事項を確認している。


「今回の報酬は、どちらの口座に振り込んでおけばよろしいかしら?」


 吸収した分だけ重さを得た、黒いバッグを抱えながらエリーゼが魔法使い報酬の送り先についてを相談している。


「え、えっと」


 滑らかな動作で確認事項を伝えられた。

 キンシがそれにすぐさま回答を用意できないでいると、その左側の背後からトゥーイが無言で腕を伸ばしてきていた。

ご覧になってくださりありがとうございます。

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