あのコは常に殺すことを考えている
キンシがとどめの一撃を放った。
「どおりゃあっ!!」
気合のために叫んだ、声は言葉というよりかは獣のいななきに近しい気配を有していた。
狂暴なる叫び声が空間にこだまする、建物の壁に反響した音が寂しく雨水に吸い込まれていった。
暗い色をしたブーツの、ヒールの鋭さがあるかかと部分が怪物の心臓に深く沈み込まされていた。
心臓は人間のそれと同じ様な鮮やかな赤色を持っている。
だがその質感は内臓のそれとは遠く離れていた。
雨に濡れる、腐りかけの木の板のような硬さを持つ。
硬度は人間の鎖骨よりも少し硬いか、あるいはそれよりも柔らかかったのかもしれない。
いずれにしても、怪物の心臓は少女の攻撃によって直接破壊されていた。
魔法少女が、手頃な戦いを終えたばかりの疲労感を全身でそれとなく表している。
「いやあ、ちょっとばかし大変なことになりましたね」
右足の全体を血液に濡らしている。
ブーツと靴下がしっとりと濡れているのは、雨だけが理由ではないことをキンシは知っていた。
怪物の血液に濡れる体を引きずりながら、キンシは珍しくその瞳に疲労感を滲ませていた。
「まさかこんなにも戦闘が続くとは、思ってもみませんでした。……ですが、休んでいられる余裕はございません……!」
自らにそう言い聞かせるようにして、キンシは血と雨に濡れる体を前へ、前へと運んでいた。
指は物欲しげに虚空をさまよっている、メイは少女がなにを求めているのかを早くに察していた。
メイは少しの間だけ身をかがめて、近くに転がっていた目的の一品を指に拾い上げている。
それは一振りの槍で、銀色に輝くそれはメイが両手を使って持ち上げる必要があるほどには重さがあった。
魔法のための武器を、幼い体の魔女から手渡された。
右手に渡されたものを、キンシは自然な動作で左手の方に持ち替えている。
そして武器を握りしめたままで、右の指が少女の身につけている上着の袖をまくり上げていた。
それまで柔らかい長袖に隠されていた、魔法使いの少女の左手があるがままの姿を空間に表していた。
少女の左腕、そこには人間の肌は用意されていなかった。
かわりにあるのは水晶のような、くすんだ透明さばかりであった。
直線と曲線をいくつもくみあわせた、トライバルタトゥーのような気配を持つ模様。
それが少女の肌の色、本来肉にあるべき柔らかさを侵食していた。
水晶の輝き、黒水晶のような輝きを見せていた。
少女の腕に蔓延る暗黒は、彼女が呼吸を繰り返すほどにその気配を失っている。
それはキンシが、自らをそう名乗っている少女がこれから魔法を使おうとする、その予備動作の一つであった。
水晶に暗黒の気配が失われた、キンシという名前の少女の左腕に透き通った輝きが発生していた。
雲間にのぞく太陽の光に照らされた水溜まりのような、透明度の高い輝きはキンシの魔力の存在を外界に証明する、光そのものだった。
キンシが呼吸をする、吸って吐いてを繰り返す。
魔力の流れ、熱を皮膚の下に感じ取る。
生まれた熱を雨が、水の冷たさが冷却していった。
熱と冷たさが触れ合う、温度差の中で魔法が編み込まれようとしていた。
キンシは左手に槍を携えたまま、右の指で懐に隠し持っていた魔法陣を取り出していた。
魔法少女の手の中にある、それを見た人物が少しだけ驚いたような声を発していた。
「おお、ちゃんと回収用の術式を忘れてはいなかったようだね」
男性の声がする。
魔法少女の方を見ていた、メイが声のする方に視線を向けていた。
「シイニさん」
メイが彼の名前を呼ぶ。
魔女の紅色をした瞳、その中には一台の子供用自転車が存在していた。
メイはそれ、無機物のようにしか見えないそれに向けて、男性一人分をしめす固有名詞を使用していた。
彼女に名前を呼ばれた、子供用自転車の姿をした彼が返事を用意している。
「君は? 戦闘に関しては何も協力をしないのかな?」
自転車の姿をしている、シイニに問いかけられたメイは決まりが悪い様子を口元ににじませていた。
「私は、……まだじぶんの武器をつくっていないの……」
なにか、とても後ろ暗いことをうちあけるかのようにしている。
メイの様子に、シイニは少しばかり意外な感想を抱いているようだった。
「いや、何もそんなに遠慮をする必要も無いんじゃないかな? 普通は、キミのような女性が怪物と戦うための手段を持ち合せている方が珍しいんだから」
シイニにしてみれば、当たり前の事実を口先に用意しただけにすぎなかったのだろう。
それはこの世界にとっての普通で、怪物と戦える手段を持っていることの方こそ、ここでは異常な状態である事を裏付ける言葉でもあった。
どう見ても普通の身体ではない、普通の、人間の姿さえも持ち合せていない彼にそう言われた。
よりにもよってこの場面に置いて、誰よりも「普通」からかけ離れた状況の彼に説かれた。
メイは相手の言葉をまともに考察するよりも先に、状況に対して笑みをこぼしそうになるのをこらえていた。
幼い体をもつ魔女が笑うことを我慢している。
そのすぐ近くで、魔法使い共がそそくさと回収作業を開始していた。
キンシが手元の武器を構え直している。
槍の穂先、銀色に輝く先端には魔法陣が付属されていた。
メモ用紙という媒介から解放された、描かれた文様は黒い輪郭を刃に浸透させている。
浮かぶ円形を槍の先端に携えながら、キンシはそれを怪物の死体に埋めこませた。
硬いものが柔らかいものに沈む、ズプズプとした感触がキンシの左腕に伝わってきていた。
呪いによって変化した皮膚、水晶のような透明度を持つ部分が光をおびる。
深呼吸をしながら、キンシは槍の先端に意識を強く巡らせた。
魔力の流れが生まれる、血液のように秘される動作が魔法陣に意味を与えていた。
魔法陣が渦のような形状へと変わる、回転するそれをキンシは肉のなかへさらに深く突き入れていた。
挿入された、回転の力は怪物の中身を吸収していた。
柔らかいものが別の場所へと吸い上げられる、水の流れる音がしばらくの間空間に継続された。
しばらくした後に、キンシは槍の穂先を怪物の肉から外していた。
魔法陣はすでに役目を終えて、その身を空間の中に霧散させていた。
「これで吸収完了です」
それだけのことを、キンシはとても喜ばしいことのように話している。
いったい何が変わったというのだろうか? 疑問に思ったメイが少女に問いかけている。
「魔法陣で、なにをすいあげたのかしら?」
幼い魔女に問いかけられた、彼女からの質問にキンシが意気揚々とした様子で答えていた。
「血液です、ブラッドですよお嬢さん」
吸い上げたものを自慢するかのように、キンシは槍の柄の部分をメイに見せつけている。
「血液は、心臓の次に魔力が多く含まれている器官です。ですので、分解される前に道具を使って回収、保存しなくてはならないのですよ」
「そう、なの」
魔法少女が説明をしている。
その内容を、メイはあまり関心の無い商品の説明文に目を通すような、そんな心持ちで聞いていた。
魔女としては正直なところ、怪物がこの後どの様な処置をされるかについては、比較的あまり興味を持てないでいた。
「ねえ、キンシちゃん……それよりも」
「ですがですね! 回収作業はこれだけに終わらず、なんですよ」
魔女の指摘を押し流すかのようにして、キンシは大量の説明文で彼女の言葉を上書きしていた。
「血抜きをしたら次はお肉の回収、そしてお待ちかねの骨組み解体なんですよ」
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