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心の片隅にふくろう交番一羽

 迷いのない動作で、キンシはメイから魔方陣の一枚を受け取っていた。


 白いメモ用紙に、黒い鉛筆でまるく描かれた模様。

 それをキンシという名の魔法使いが、幼い体の魔女の手から己の手中に納めている。


 少女の指が、肌として構成されている部分が触れた。

 その瞬間から、魔方陣が描かれているメモ用紙に変化が訪れていた。


 水に濡れたものかと、メイは最初の瞬間だけそう思い込もうとした。

 だがそうではないことを、幼い体の魔女は早くに察する羽目になった。


 どどど! どどど!

 何かが激しく近づいてくる気配がした。


 かと思えば、キンシの体はメモ用紙を携えたままの格好で空に跳ね飛んでいた。


「きゃあ?!」


 メイが悲鳴をあげて身を硬直させている。

 何か、少なくとも自分の身体よりもはるかに大きさのある、影が自分たちの方へと直進していた。


 車、軽トラックの一台でも通過したものかと、メイはそう思い込もうとした。

 だが、考え付いたことが間違いであると、魔女は視界の中ですぐに事実を認めている。


 襲いかかっていたのは怪物の一体で、まだ殺しきれていない個体が一つ、魔法使いらに襲いかかってきていたらしかった。


「キンシちゃんっ!!」


 風にあおられる白い毛髪を抑え込みながら、メイがキンシの名を叫んでいる。

 メイが名前を呼んだ、その時にはすでに戦闘の場面が空間に再現されてしまっていた。


 魔法使いの少女が空に浮かびあがる。

 跳び上がった、といった方が分かりやすいだろうか。ともかく、キンシは再びその身を地面から離れさせる羽目となっていた。


「まだ残っていました……!」


 事実を口にしながら、キンシは残り物の怪物との対応をしようとした。

 空に浮かぶ魔法少女を眼球に認めながら、怪物が口を開いている。


 イノシシのような頭蓋骨を持つ、桃色に輝く咥内には白く鋭い牙が生えていた。

 攻撃のための器官を発動させている、怪物の口は獲物を喰らうための意識に満ち満ちていた。


 獣の上半身を、魚のような造形がなされた下半身が支え、鱗に包まれたウロコの躍動が推進力をもたらしていた。


 空間を泳ぐ、怪物の躍動に合わせて雨の雫が周辺に飛び散った。

 水滴の表面が街灯の光を反射する、キラキラとしたきらめきが次々と地面に吸い込まれていく。


 飛沫(しぶき)をあげながら、怪物がキンシの体に飛びかかっていた。

 雨水の反射光は、地面に向けて働く重力に従って落ち続けていた。

 

 水が下に落ちる。

 当たり前の動作、だがそれらの約束事は魔法使いの少女には例外であった。


 重力を削り取った状態、水の中に沈んでいるように空間を漂っている。

 少女の周りの水滴は、本来与えられるはずだった落下の方向を失っていた。


 落ちるべき方向を喪失した、雨たちが少女の周辺にふわふわと漂っている。

 無重力に近しい状態でいた、キンシはまず近くにあった建物の壁に身を預けていた。


 壁に垂直に立ちながら、キンシは見上げるように怪物の方を見ている。

 

「やれやれ、ですね。お肉が腐ってしまう前に、はやくカタをつけなければなりません」


 壁に足をつけながら、キンシは姿勢を低くする。

 跳び上がる、跳躍力はまっすぐ怪物の方に固定されていた。


 手元にはなにも握られてはいない。

 武器を持たないままの状態で、キンシは身一つで怪物に対抗しようとしていた。


 少女と怪物の体が接近する。

 互いに呼吸を感じられる程度に近づく、触れ合うかそうでいないか、瀬戸際のなかにキンシは己の攻撃意識を限界まで達しさせていた。


 高まり、昂ぶった攻撃意識が魔法少女の肉体に一つの行動を結実させた。

 感情の高ぶりのまま、キンシの意識はどこか冷静な気配を漂わせたままで、魔法をとある方角に作用させている。

 

 魔法によって重力の方角を変更させた、増幅された重力が怪物の腹部に炸裂していた。

 肉による弾力が、キンシの足にずっしりとした感触を伝えている。


 ブーツに包まれたかかとが、怪物の胴体に鋭く沈み込んでいた。

 回転をするようにして、横向きの(かかと)落としが怪物の胴体を抉るように蹴り殴っていた。


 怪物が悲鳴をあげる。


「guya ああ gugugugu」


 キンシの蹴りをその身に受けた、怪物が状態を体現するかのように潰れた悲鳴を発していた。

 怪物が苦しんでいるその感覚。

 それを直接肉体に感じ取りながら、キンシはそのまま怪物の表面を移動する。


 目指すは怪物の上半身。

 キンシはまるで階段を上るかのような要領で、怪物の口内に爪先を伸ばしていた。


 まるで道に落ちているアルミ缶を踏み潰すかのような、そんな要領でキンシはもう一度怪物の牙を蹴り折っていた。


 ボキリ、と牙が根元から折られている。

 キンシが怪物の唇の上で再び体を回転させている。


「どおりゃあっ!!」


 気合の叫びを発しながら、キンシが怪物の胴体に再三のキックを決め込んでいる。


 サッカーボールを扱うかのような、そんな激しさで魔法少女が怪物の肉体をいずこかへと蹴り飛ばしていた。


 怪物の肉が空中を滑るように落ちていく。

 キンシがその落下先、その場所に存在している青年の名前を唇に叫んでいた。


「トゥーイさん!」


 少女に名前を呼ばれた、トゥーイが足を前に進めている。

 一歩二歩、体を前方に移動させている。


 そこはちょうど怪物が落下をしようとしている地点で、トゥーイは地面の上から怪物の肉体めがけて狙いをすましていた。


 こぶしを上に、怪物がいるところに向けて高く掲げる。

 指の間には鎖の硬さが握り締められている、トゥーイはそれを手の中で回転させていた。


 投げ縄をするかのように、鎖の端がヒュンヒュンと空気を鋭く引っ掻いている。

 鎖の端にはダイヤを立体にしたかのような、そんな造形をした器具が備え付けられている。


 重さのある部分をある程度回転させ、遠心力を十分に付属させた。

 回転力の矛先を、トゥーイは腕を振り上げることで怪物に叩きつけようとした。

 

 青年の腕と回転の力によって、鎖の端は怪物の胴体にグルグルと巻きつけられている。

 自分の肉体を拘束する、異物に対して怪物が不快感のある唸り声を口から発していた。


「uuu あーあーあー uuu」


 体を縛り付けている鎖を振り解こうとする怪物と、固定を継続させようとするトゥーイの腕が互いに反発しあう。


 力の均衡は、しかしてすぐに別の重力の介入によって崩壊を来たしていた。


「ほりゃあっ!」


 キンシが叫ぶ。

 それと同時に少女のキックが怪物の胴体、獣と魚でそれぞれ分かれている肉体の境目あたりへと沈められていた。


 鎖に繋がれたままの肉が、空中にて大きく動かされている。

 新しく生まれた引力に、トゥーイは今度は逆らおうとはしなかった。


 為すがままに、身を任せるようにして、トゥーイは強く握り締めていた拳をパッと開いている。

 唐突に開放された、青年の肉体と繋がっていた鎖が金属質な連続体を虚空にさらしていた。


 鎖を巻きつけたままの怪物、その肉体が建物の壁に叩きつけられていた。

 あからさまに大量のダメージを受けている、怪物の身にいくらかの変化が訪れている。


 今しがたキンシに蹴りを喰らわされていた、獣と魚の境目あたりの肉が不自然に盛り上がる。

 それは沸騰した水から水蒸気の(あぶく)が膨れ上がるかのように、怪物の胴体から丸い器官が表面に現れていた。


 現れたそれは鮮やかな赤色をしている。

 ドクドクと規則正しく脈打っている、それは怪物にとっての心臓に該当する器官のようだった。


 様子を眺めていた、メイが直感的に想像をいたらせていた。

 幼い魔女がそう考えた、理由は彼女にも上手く求めることの出来ない内容だった。


 ともあれ、現れたそれを破壊するために魔法使いらが行動を起こしていた。

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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