インクが滲むメモ用紙と首吊り
青年魔法使いと幼い体の魔女が、互いにあまり正しくないコミュニケーションをとっている。
その間に、キンシとシイニがこのようなやり取りを交わしていた。
「なるほど……、そんな事情があるんだね」
訳を知ったかのような、シイニはそんな音色を声の中に含ませている。
子供用自転車の姿をした、彼の同意を得たキンシが得意げにうなずきを繰り返していた。
「そうなんですよ。僕らはこんなにも頑張っているのに、「普通」の方々は、それを喜んでくれないのですよ」
どうやら二人は魔法使い、そう呼ばれる人間のこの社会における待遇についてを議論しているようだった。
一体いつの間に話題がそのような方向性に変わったのか。
追求をするものもいないままで、キンシはすっかり余計な意見に意識を強く集中させてしまっていた。
「場合によっては、避難指示を無視してわざわざスマフォで戦いを録画する輩もいらっしゃいますから。ほんとに、ほとほとに困ってしまいます」
キンシが、彼女にしては珍しく仕事に関する愚痴をこぼしている。
戦ったばかりで、体にまだ疲労感と興奮が残っている。
それゆえに、魔法使いの少女は普段は使わない言葉に身を委ねているのだろうか。
少女のこぼす不満に、シイニという名前の子供用自転車が相づちをうっている。
「そうでしょうとも。貴女ともあろう方なら、この名高き灰笛でも、引く手あまたな人気を誇っているのでしょうとも」
あからさまにおだてている。
シイニの言葉遣いに、キンシは正直かつ素直な受け答えだけを返していた。
「いやあ、そんな……ほめても何も出ませんよ」
馬鹿正直に照れている。
そんな魔法少女に、シイニはすかさず要求を伝えていた。
「そんな優れたる貴女にこそ、手前は依頼をしたいと望むのだよ」
大仰でわざとらしい、崇め奉るかのような口調を作っている。
シイニの演出に、キンシはそこでようやく相手の同行を察知し始めていた。
「その件ですか……」
キンシの表情が一変して、夕暮れの曇り空のように暗いものとなる。
仕事についての相談事へ真剣に取り組もうとはしている。
だがそれと同時に、キンシは今までの称賛が打算の内でしかなかったこと、その事にいくらか傷心をしているらしかった。
嘘をつかれた、キンシは自転車の男性に状況を簡単に説明していた。
「今もこうして、事務所からのお仕事を片付けながら、あなたの依頼も同時進行しているではありませんか」
まるで言い訳をするかのような、一気に子供らしい口調へとテンポを変えている。
少女がそう主張している、だがシイニにしてみればあともう少し、確信をもてる言葉が欲しかったらしい。
「その割には、さっきからずっと同じところをグルグルと回っているようにしか見えないがね?」
シイニに指摘をされた、キンシがすかさず反論のようなものを口先に用意している。
「それはもちろん、戦いながらですし、そう明白に場面が移動しませんよ」
少女が口しにた主張を、しかして簡単に肯定する声は現れなかった。
「たしかに、その人のいうとおりかもしれないわ、キンシちゃん」
シイニに同意を示しているのは、メイという名の幼い体をした魔女の姿であった。
「なんだか、さっきからずっと同じようなたてものしかみていない、そんな気が、私もしているの……」
そう言いながら、メイは手元のメモ用紙を胸もとに押し付けている。
それはトゥーイの作成した魔方陣で、まだそこに魔力は流されていない、未使用のままであった。
使用前の魔方陣を携えている、メイにキンシが確かめるような声を投げかけている。
「お嬢さん、それは……──」
どういうことなのだろう?
そう問いかけそうになったところで、キンシはそれ以上に気にすべき事柄を思い出していた。
「なんにしても、いずれにしても、です」
それまでの会話の流れを断絶する。
キンシは自分のやるべきこと、一番近くに転がっている事項を片付けようとしていた。
「まずは、殺した獲物をきちんと食べなくては。ですよ」
ここで「食べる」という表現を使用している。
それは、この魔法使いの少女にとってまさにそのままの意味合いでしかなかった。
少しだけ移動をする。
キンシは今しがた殺したばかりの、怪物の死体の前に膝をつけている。
濡れた地面に、キンシの黒色をしたハイソックスに包まれた、細い膝がふれあっている。
布が濡れる、アスファルトに染みた雨水の冷たさが、少女の肌に冷たさを与えていた。
怪物の死体の前にひざまづく。
キンシは頭を垂れて、左右の手のひらを静かに合わせていた。
「……」
手を合わせて祈っている。
キンシはしばらくそうした後に、メイの方にチラリと視線を向けていた。
「お嬢さん、魔方陣を」
右の手で、手招きをするようにしている。
魔法少女が望むままに、メイは彼女に魔方陣を手渡していた。
断る理由を考えなかったのは、少女の子猫のような瞳孔、細長い暗闇に純粋な希望だけを見いだしたからであった。
ただ、求めるものに進むだけ。
それはさながら、腹を空かせた赤子のような賢明ささえ想起させていた。
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