名もなき君を愛しむ日々を缶コーヒーに溶かし込む
キンシという名前の、魔法使いの少女にトゥーイは目線を向けていた。
といっても、青年と少女には互いを見つめ合うための眼球が、それぞれきちんと左右に揃えられているとは言い難かった。
青年、トゥーイの右側にある眼窩、そこには一輪の紫色をしたバラが咲いている。
青みがかった紫色をしている、花弁は彼の眼球の替わりを担うかのようにして、瑞々しさを湛えていた。
右目にバラを咲かせている。
トゥーイという名の、魔法使いの青年はキンシに視線を向けていた。
ジッと見下ろしている。
トゥーイはキンシの、同業者である少女に確認の意味合いを、無言の中で表現しようとしていた。
直接言葉で表現しないものを、何もかも全てを少女に理解してもらおうとする。
そんなつもりは毛頭なかった。
しかしながら、そうであったとしても、キンシは青年の伝えんとしている部分をある程度理解できていた。
「トゥーイさん……」
次の行動を青年魔法使いに明示しかけた。
そのところで、少女と青年のもとに別の声が届けられていた。
「いやあ! お見事、お見事」
リン、リン、リン。と鈴が鳴っている。
音色に合わせるようにして、男性の声が魔法使いたちに投げかけられていた。
声に反応するかたちとして、キンシが視線を少し移動させている。
見ていた、そのさきには一台の子供用自転車が存在していた。
男性の声は、紛れもなくその自転車から発生しているものだった。
人間のような言葉を発している、自転車はどうやらキンシの方に話しかけているようだった。
「魔法使いなる存在は、話だけならばある程度聞き知っていたつもり。だったのだか、いやはや、しかしながら……──」
自転車の彼は、自立した動きをしながらゆっくりと魔法使いたちに近づいていた。
「なんとも、この土地に訪れて早々に実際の戦いを目にすることができるとは。これはなかなかに、幸先が良いといえるでしょう!!」
高らかに、宣言をするかのようにしている。
「そういう訳ですので、貴殿らは手前の要求に答えてもらうべきなのですよ」
言葉の締めくくりとして、子供用自転車の彼が魔法使いたちに要求をしていた。
求められた、キンシが戸惑うかのように自転車の彼に確認をしている。
「シイニさん……」
戦闘を終えたばかりの疲労感もそこそこに、キンシが自立する自転車の名前を口にしている。
「依頼は、とても嬉しく思っているのですが……」
頼みごとをされている、キンシはシイニという名前の自転車におずおずと語りかけている。
「ですが、このようにですね、僕たちは日々の生活を送るだけでも精一杯でして、ですね」
まるで自分自身に向けて問いかけるようにしている。
キンシの様子に、しかしてシイニの方はまともなる対応を起こそうとはしなかった。
「ええ、ええ。分かっているとも、君達はこの灰笛でも引く手あまたの人気稼業なんだろうとも!」
「いいえ、いいえ?! 誰もそんなことは言ってませんよ?!」
シイニとキンシが、とても円滑とは呼べそうにないやり取りを交わしている。
その間に、別の魔法使いたちは静かに作業を続行していた。
「とにかく、これを回収しなくちゃいけないわね」
トゥーイに向けてそう提案しているは、メイという名の幼い体をした魔女の声であった。
「トゥ、魔方陣のよういはできているかしら」
メイは、まるで小さな生き物に語りかけるかのような、そんな口調の柔らかさを使っている。
幼い体の魔女に確認をされた、トゥーイは無言のうちにすぐさま懐から道具を取り出していた。
苔のような緑を少し含んだ、灰色の作業着。
そこに指を沈ませ、目当てのものを取り出す
それは一枚のメモ用紙と、一本の鉛筆だった。
紙の束から破りとる前に、トゥーイはその白い表面に鉛筆で黒い円形を描いている。
基本の円を描いたのち、トゥーイは手早くその内側に紋様を描き終えていた。
「作業の終了です」
それだけのことを、トゥーイは首もとに巻き付けてある音声補助のための装置でメイに伝えている。
そう言いながら、トゥーイは描いたばかりのそれをビリッ、とメモの束から破りとっている。
そしてそれを、当たり前のようにメイの方へと手渡していた。
「労働力の分散、を推奨します」
トゥーイがそれを言葉で、伝えられる限界において表現している。
主張を聞いた、メイは青年の言葉に少し苦味を含んだ微笑みを浮かべている。
「そうね、たたかいであまり役にたてないぶんは、ほかでカバーしなきゃ、よね」
戦闘の場面において、手持ちぶさたになっている。
メイがその現状に、自己嫌悪と自己否定をミルフィーユのように重ね合わせている。
しかしながら、それを聞いていたトゥーイはただ沈黙を返している。
「…………」
否、それはただの沈黙とは種類を異ならせていた。
青年は、体を幼いままにしている彼女に、静かなる否定の意を伝えようとしていた。
眉間にしわを寄せる。
そうしていると、彼の右目に咲いているバラの花が少し萎れたような気配を帯びていた。
同意をしない。
だが沈黙の表明は、残念ながら彼女に分かりやすく伝わったとは言えそうになかった。
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