表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

617/1412

僕らはみんな亡霊と生きている

 メイがキンシに問いかけていた。


「大丈夫なの? キンシちゃん」


 その声は不安げだった。

 腕の中に魔法使いの少女の重さを感じている。


 魔法によって削り取られた重力の、さらにその殆どをメイの腕にあずけている。


 キンシが、これからの行為について妙に強い自身をもって、宣言のようなものを言葉に発していた。


「大丈夫ですよ、お嬢さん」


 キンシはそれだけのことを、不安そうにしている幼い魔女に伝えていた。


「さっきは狙いを外してしまい、お恥ずかしいところを見せてしまいました……!」


 悔いるような台詞を用意していながら、しかしながらキンシの意識はすでに別の場所に向けられている。


「次こそは……、確実に殺してみせます……!」


 少女の瞳、猫の目のように虹彩が伸縮をしている。

 若葉のような色彩をもつ、瞳の輝きが怪物のいる方にひらめいていた。


 メイの白い羽毛に包まれた、細い腕からキンシが飛び立っている。


 飛ぶ、という言い方はしかしながら、この魔法使いを表現するのにはあまり正しくはなかった。


 例えば翼を使って気流に変化をもたらした、と言うわけではない。


 推進力と言うより、それは落下に近しいまっすぐさを表していた。


 地面に向けてではなく、キンシの肉体は建物の壁に向かって落下をしていた。


 地面に、普通に立っている者から見れば、魔法少女は横に移動をしているのが確かめられた。


 横に落ちていった、キンシは左手を虚空にかざす。

 魔力が熱を帯びて流れる、そのあとに少女の片手には武器が握りしめられていた。


 それは銀色の槍で、今しがた怪物の肉を壁に固定していた一振り、そのものであった。


 槍が肉体から離れた、自由を取り戻した怪物が停止させていた行動を取り戻そうとしていた。


 一度槍に貫かれたはずの、その肉体にあけられた空洞からはとめどなく血液が漏れ出でている。


 ドクドクと血が流れ落ちる。

 穴は怪物を構成する二つの要素、そこから少し上半身側に寄った部分に開けられていた。


「もう少し、きもち下、でしたね」


 空中に漂う、左手に武器を構えたキンシが小さく呟いていた。


 少女の言葉を全て聞き取れたわけではないにしても、メイは同じ空の中で少女が何かを呟いていた、その姿を見ていた。


 怪物が、明確なるダメージを与えられたはずの、その体を空中にて移動させている。


「aaaaa アエーアーアーアーアー」


 イノシシのような造形をしている、口を開いてうめき声を漏らしている。


 つい先ほどキンシが根本から折った、牙の部分に新たなる膨らみが生じていた。


 また生えてこようとしているのだ。

 折った、粉々にした端から再生をしようとしている。


 怪物の再生能力、治癒の力にメイが戦慄のようなものを覚えそうになった。


 しかして幼い魔女が恐怖を確かな感情として覚える、それよりも先にキンシはその身を移動させていた。


 怪物の肉体、まだ建物の壁からさほど距離をとっていない。

 その場所に、キンシの身体が再びの突進をしていた。


 狙いを定める。

 最初に貫いた場所より数センチほど下半身、つまりは魚の部分に寄ったところを貫こうとした。


 今度はすんなりと貫通しなかった。

 硬いものにぶつかる、衝突の衝撃が槍を、キンシの左腕を震動させた。


 ビリリとした震え、槍の表面を伝ってキンシは獲物の姿を確信する。


 今度は失敗するまいと、キンシは自身の重力を怪物の中心点に固定させる。


 少女一人、人間一人分の重さを与えられた。

 しかして槍は怪物の中身、その命にとっての決定的な要素を破壊しきれないでいる。


 足りない!

 そう考えるや否や、キンシは槍の付近で体の姿勢を変えていた。


 怪物の肉を垂直に刺突している。

 キンシは槍の石突きを、膝の硬さで蹴りつけていた。


 細く狭い底面に、攻撃のための重さが付属される。

 それは魔法少女一人分の重さを持っていた。


 重く沈んだ、槍の穂先が最後の結界を突き破っていた。

 それは処女の肉を割く杭のようであり、しかしてそこで奪い去られるのは純潔よりも深く、直接生命にかかわる要素だった。


 怪物が悲鳴をあげる。


「あーあああーあああー aaaaa///」


 声を発していた、しかしながら生まれそうになった言葉は、言葉としての形を得るよりも先にただの無音、呼吸音に変わり果てていた。


 

「今日のお仕事はこれだけ、でしょうか?」


 キンシが隣に立つ青年に向かって確認をしている。

 魔法使いの少女に問いかけられた、青年の姿をした魔法使いが少女に返事を用意していた。


「わかりません」


 まず最初に音声だけで受け答えをしている。

 音声に音声で返す、それは人間のコミュニケーションとしてはもっとも基本足りえる要素だった。


 だが、簡単で「普通」な方法は、どうやら彼らにはあまり許しを得ていない手段であるらしかった。

 青年が、引き続き言葉を発する。


「場合によっては、逸脱がまだ先に潜んでいます」


 どこか違和感のある返答を、青年は狂い気味の機械のような言葉遣い、音声にしている。


 青年の言葉の使いかた、それにキンシは特に大した違和感を覚えるまでもなく、ただ日常の中でそれを受け止めていた。


「そうですか」


 話しかけられた内容に対して、簡単な同意を返している。

 

「では、とりあえずここでの用事は終わりですね、トゥーイさん」


 言いながら、キンシは子猫のような聴覚器官をピコリ、とかたむけていた。

ご覧になってくださりありがとうございます。

よろしければブックマークをお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ