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限界ならすでに近所のコンビニほど遠く

 雨に濡れる、夜に黒く染まる灰笛(はいふえ)の建造物。

 その側面、壁を伝いながらキンシは上へと登り続ける。


 壁の終わり、屋上へと望める部分、その辺りにたどり着いたところで、キンシは足の動きを一旦止めていた。


 壁に垂直に立ちながらキンシは、魔法使いの少女は首を上に向ける。


 見上げるようにした、少女の視線の先には怪物が彼女めがけて突進をしてきていた。


 イノシシの上半身と魚の下半分を持っている。

 怪物は大きく口を開いている、暗闇の中で二本の牙が鋭さを表明していた。


 怪物が近づいてくる。

 キンシはそれを目で確認するよりも先に、視覚以外の感覚にて強く意識をしていた。


 皮膚に電流のような痛みがピリピリと走る。

 頭部に二つ備わっている、子猫のような聴覚器官が怪物の音、生命の音色に耳を傾ける。


 距離がある程度の感覚を得た。

 タイミングを見計らうかのようにして、魔法少女の体が建物の壁から離れている。


「……!」


 壁から飛び立った、キンシは空中で強く深く息を吸い込んだ。

 体を芋虫のように丸める。


 姿勢を変えながら、キンシの目は怪物の姿を捉え、一欠片も逃そうとはしていなかった。


 ひとつの弾丸のようになって、接近してくる魔法使い。

 彼女の姿を見ていた、怪物が叫び声をあげようとした。


「aaaアアアアアー アアアアアっ」


 しかし発しかけた音は、怪物以外の要素によって阻害されていた。


 怪物の頬の辺り、牙の一本が生えているところ。

 根本の部分へ、キンシの蹴りが炸裂していた。


「おりゃああっ!」


 キンシは気合いの言葉を激しく吐き出している。

 怒号のようなそれと共に、少女のかかとは怪物の牙を根本から折っていた。


「guiげぎゃ」


 怪物が潰れたような悲鳴をあげている。

 声は確かにキンシの耳に届けられていた。


 怪物の悲鳴を聞きながら、そのダメージの気配が魔法使いの少女に新鮮な活力をもたらしていた。


 頬の肉、牙の根本に食い込ませていた足。

 そこを支点として、キンシは空中においてさらに姿勢を変えていた。


 ぐるりと回転させる。

 左の足で怪物の肉を捕らえたまま、キンシは右の足首で大きく空間を裂いていた。


 怪物の肉体が、魔法少女の右足によって蹴り飛ばされている。

 衝撃は直線を描き、怪物の体は今しがたキンシが立っていた壁へと叩きつけられていた。


 牙は砕かれ、そのまま怪物を構成している骨も粉々になる。

 顔面を粉砕された、しかして怪物の生命活動はそこで止まらなかった。


 建物の壁に血痕を滲ませながら、怪物は潰れた顔面にてキンシの姿を捉え続けていた。


 怪物の濡れた眼球が見ている。

 視線の先にて、キンシは虚空に左腕をかざしていた。


 呼吸をする、血液のあたたかさと雨水の冷たさが触れあう。

 温度の違い、光がかすかに生まれた。


 そのあとに、少女の左手には一振りの槍が握りしめられていた。


 キンシが少し息を止める。

 瞬間的な緊張感の中で、魔法使いの少女は槍の穂先を怪物の肉に突き立てていた。


 槍の先端、万年筆をそのまま巨大化させたかのような形状をしている。

 

 硬く鋭い、その部分が怪物の肉を刺し貫いた。

 すぐにガツンッ!! と先端が壁に触れる感触がキンシの腕に伝わっていた。


 怪物の肉体は槍に貫かれている。

 まるで掲示板に貼られた紙切れのように、怪物の重さが少女の槍の一振りによって支えられていた。


 銀色の槍を握りしめていた、キンシが小さく舌打ちをした。


 外した。

 魔法使いの少女は、敵を一撃で仕留められなかった事実に後悔を抱く。


 少女が悔やんでいる。

 その間にも、怪物は攻撃の範疇(はんちゅう)から逃れるために暴れている。


 槍が刺さったままの格好で、とにもかくにもこの場所からの移動を図ろうとしていた。


「う、うわわっ?!」


 最初の瞬間こそ冷静な対応をしようとしていた。

 しかしながらキンシは、すぐさま状況の異常さに慌てふためくことになる。


 怪物は槍が刺さっていることなど、まるでお構い無しといった様子だった。


 むしろ武器が刺さっていること、痛みこそ活動源であると言わんばかりに、怪物はその身を建物の壁から乖離(かいり)させていた。


 あらゆるものを振り払う。

 怪物の勢いに、キンシは体を地面へと振り落とされようとしていた。


「うわーっ?!」


 地面との衝突を予感して、キンシは即座に魔力による重力の操作を試みようとした。


 選ぼうとした手段、それはキンシにとってすでに慣れた動作だった。


 だから、いつまで経っても予感した衝撃が体に訪れようとしなかった、現実にこそキンシは違和感を覚えていた。


「うわー……。って、あれ?」


「大丈夫? キンシちゃん……」


 まるで稲穂を刈り入れるかのようにして、メイという名の魔女がキンシの体を空中に抱えていた。


 幼い魔女は、彼女の属している種族特有の、魔力によって構成された翼を腰の辺りから発現させている。


 透き通る白色をした翼の動き、風の流れをキンシは肌に感じ取っている。


 幼い魔女の腕、白く細いそこにしばしたいじゅうを預けながら、キンシは急ぎ彼女に感謝を伝えていた。


「ありがとうございます……! お嬢さん」


 メイのことを意味する呼び名を使いつつ、魔法少女はその時点ですでに次の展開を頭の中に思い描いていた。

ご覧になってくださりありがとうございます。 

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