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直接的には表現できない部分の数々

 触れた拒絶にエミルが拒否感を覚えていた。


「うわッ?!」


 熱せられたフライパンに誤って触れてしまったかのような、そんな反応を見せている。

 エミルの反応に、ルーフが車椅子の上から心配をしていた。


「どうしたんだ?」


 ルーフに問いかけられた、エミルは言葉で説明するよりも先に、実際に手に触れたものを少年のほうに見せようとしていた。


「いや、ちょっとな……、拒絶感のある感触が……」


 口で、言葉でそう説明している。

 エミルの語ろうとしているところを、声をすべて聞くよりも先にルーフは視界に認めていた。


「うわあ、なんだそれ、……アメーバ?」


 ルーフが見たものを形容するための言葉を探している。

 それはねばつく柔らかさがある。エミルの右指の表面に付着した、零れ落ちた雫が白く光る筋を空間に描いていた。


「アメーバっていうか、スライム、だな」


 ルーフからの問いかけに、エミルはなんてこともなさそうな返答だけを伝えている。

 実際に、このくすんだ金髪を持った魔術師にとっては、この場所にスライム状の怪物が発現したことなど、大した問題でも無さそうであった。


 せいぜい風呂場に大きめの虫が出現した、その程度の危機感しか抱いていない。

 しかしながら、それはあくまでも魔術師にだけ限定されたリアクションではあった。


 ルーフのほうは、とてもエミルのような冷静さを抱くことはできそうになかった。


「スライム……またスライムか……!」


 目の前に現れた厄介ごとに対して、ルーフはとかく深刻そうな表情だけを浮かべている。

 というのも、現れた怪物に対して今の少年は、対抗すべき手段を思いつけないでいるからだった。


「どうすんだよ、こんなところにそんなのが現れて……」


 ルーフが疑問を魔術師に向けて投げつけようとした。

 だがそれよりも先にアメーバ、もといスライムに包まれた浴室から返答が与えられていた。


「そんなのは決まっています、倒せばいいじゃない」


 少女の声をしている、提案をしているのはモアという名前の少女の一人だった。

 もっと子細な情報を提供するとして、「モア」という意識対を構成する個体の一つ、それの仮の体がそう発言をした。と表現すればよいのだろうか。


 仮の体、とはいえそれは限りなく本物の人間と同じ質感を有している。

 そんな体が、スライムによって覆われつつある浴室の扉から勢いよく排出されていた。


「どーん!!」


 勢いよく開け放たれた、扉の奥から現れた少女の体がルーフらの居る空間に出現した。


「おっと、危ない」


 スライムの破片をまき散らしながら、浴室から飛び出てきた少女の体をエミルが簡単にやり過ごしている。


 魔術師のほうはそれでよしとするとして、問題なのはその少し後方にいたルーフのほうだった。


「え?」


 特になんの前触れもなく、閉じ込められていたはずの少女の裸体が自分のほうに飛んできていた。

 対応をするよりも先に、まともな思考を働かせる暇もなく、ルーフの体はモアの肢体によって押し倒されていた。


「ぐえ」


 ルーフが潰れたような悲鳴を上げている。

 実際に少年の体は少女の、柔らかく濡れた肉と骨、皮膚の重さに押し潰されていた。


 ルーフは一瞬、自分の身に何が起きているのかを理解することができないでいた。

 状況を理解するよりも先に、大量の水分の気配がルーフの鼻先を圧迫している。


「あ、ごめんなさい」


 息苦しさを覚える、と同時にルーフの顔にはすぐさま圧迫感が取り払われていた。


「ぷはッ」


 瞬間的にもたらされた息苦しさから解放される。

 勢いよく呼吸をした、ルーフは自らの吐息がすぐに「なにか」にぶつかり、透明な反射を起こしていることに気づかされている。


 目を開ける。

 するとそこには、少女の裸体が覆いかぶさっていた。


「わ……ッ?!」


 それは一瞬の出来事で、だからこそルーフにはなにが起きているのかまるで理解ができなかった。

 一秒、二秒、時間の経過が累積するほどに、ルーフの視界は最初の混乱より急速なる復旧を起こしている。


 瞬きを一回繰り返す、そのころにはルーフは自分の目の前に広がっている光景の意味について、十分に志向を至らせることができていた。


「う、うわー!?」


 驚愕に悲鳴を上げる。

 それも当然のはずで、ルーフは今車椅子から押し出され、あろうことかその身の真上にモアの裸が覆いかぶさっている。

 

 そんな状況に見舞われていた。


「ななな、なにして……ッ?!」


 どうしてこんな状況になった。

 理由を、ルーフは冷静さの中で考えようとする。


 目は見開かれたまま、そうしていると少女のささやかながらも確かに質量のある乳房が揺れる、震えをより鮮明に観察することができていた。


 丸みのある二つの肉、それぞれの先端に備わっている乳首は、まるで熟れた桃のような色素を有している。


「ああ、ごめんなさいね」


 押し倒すような格好になってしまった。

 モアは特に急ぐ様子も見せずに、あくまでも穏やかな様子でその体をルーフの上から移動させていた。


 ルーフの上からどいた、モアがそのままの格好で彼の安否を確認している。


「いきなり飛び出してきちゃったわ。ちょっと興奮しすぎたみたい」


そう自己完結をしている。

モアの体は、引き続き裸体のままであった。


ということはつまり、ルーフに許されている視界はまだ与えられてなどいないのである。


「ふ…………」


「ふ?」


ようやく唇を開いた。

モアはルーフの唇の動きを見逃さないよう、その鼻先をまた彼の方に接近させている。


近づいてくる、ルーフは少女の行動に信じがたい驚愕だけを覚えていた。


「服を着てくれ!! お願いだから!!」


ギュッとまぶたを閉じたままで、ルーフは今の自分が要求すべき正しき願望を叫んでいた。


少年の叫びが、音の波となって浴室全体を振動させている。

その震えは、この空間にいくつかの意味合いを生じさせていた。


まずは浴室の外側から。


「なになに? なんの騒ぎ?」


ルーフの叫び声を含んだ、浴室から発せられていた違和感に、この家の住人であるミナモが駆けつけていた。


彼女は場面を目で確認するや否や、夫であるエミルに速やかな確認をしていた。


「やだあ、スライムの群れじゃない。おかしいわ、ちゃんと毎日色々と掃除しているのにー」


のんびりとした口調のなかで、ミナモは「色々」の部分を妙に丁寧な発音を使用していた。

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