強制的な閉幕を貴方に捧げます
ドクドクドクとハイテンションに、
彼女は争いの中へともう一歩接近する。
そしてもう一歩。
という所で一旦停止し、何かちょっとした用事を思い出したかのようにトゥーイの方に振り返る。
「あ、そういえば言うべきおれいを言うのをわすれていました」
それとなく恥ずかしげな表情を浮かべつつ、些細な用事を手早く済ませようとする。
「あなたも私をたすけてくれて、ありがとうございました」
トゥーイは意識を読み取りにくい、しかし肯定的な匂いのある頷きを小さく一つする。
どうやらそれが彼にできる精一杯の、単純に簡単に済む返事の方法の一つらしい。
メイはまるでこれからするであろう何かの準備運動のように、優しげな表情を作り上げて青年へと向ける。
「あなたのお名前を、聞いてもよろしいかしら?」
ごくごく短い質問、至極単純な要求。
「私の、名称は、シーベットライトトゥールライン、呼ばれています」
青年は何事もないのを装って、淡々と普通そうに答えた。
「そう、ステキなお名前ね。教えてくれてありがとう」
幼女もまた多少の戸惑いを浮かべつつ、それでも淡々と普通そうな態度で青年の不気味な響きを持つ名称を受け入れた。
どことなく沈鬱そうに、雪の結晶のように白いまつげを震わせながら。
そして青年を見るのを、彼と心地よく奇妙にぬくぬくと語り合うのを中断する。
そして、心臓を縛り付ける痛々しいほどに冷たい、現実への行動と言う鎖をどくどくと鼓動させながら、彼女は子供たちの方へと一歩、また一歩と接近する。
やがて、彼女はいよいよ喉と舌と唇によって構築されている戦争の、真ん前まで近づくことに成功してしまった。
「あー! もういいよ。無能君、あなたはとても腹が立つ才能!」
キンシの言う名の魔法使いが若干崩れた文法で、それでも懸命に目の前の敵に敵意を向けんがために脳を働かせていた。
「それはこっちの台詞だ、このインチキが! わかりきってることをわざわざ何度も言ってきやがって!」
メイの兄であるルーフはいつの間にか、この短い間にキンシの奇妙な文法をすんなりと受け入れられるようになっていた。
メイはほんの少しだけ兄に笑いかけたくなる。
いつもだったら、普通だったら教科書に載っている文章を音読するのすら苦手で上手くできない彼が、こうして他人の言葉ならばすんなりと受け入れられていることに。
自分以外の他人と仲良しこよしにお喋りしている姿に、妹はほのかな寂しさを覚えていた。
あらあら、もう。
あんなに楽しそうに他人とお喋りしちゃって。
今だ自分のことに気付いて、気づこうとも、気付く素振りすらも見せない兄に、妹はどことなくニヤニヤとふざけるような喜びを胸の内に灯らせる。
そして大きく息を吸い込み、
桃色の唇を目いっぱい開き、
「いいかげんにっ! しなさァァァァァァァァアいっ!」
それこそ本当に、この場にいる人間の誰よりも、もしかしたら既に腐敗を開始している怪物だったものよりも、
激しい感情が存分に込められた彼女の叫び声が、我儘に争っていた子供たちの心臓をぶち抜いた。
キンシもルーフも、二人の背の低い子供たちは幼女の気迫に言葉を中断せざるをえなかった。
言いたかった言葉、今まさに言おうとしていた言葉。
あるいはなけなしの理性により辛うじて封じ込めることが出来ていた言葉。
それら全てが彼女の激しい音声によって春先の雲のように散り散りと、日光を浴びた霧のように跡形もなく消失してしまう。
二セットの、それぞれ形状も色もまつ毛の本数も当然ながら異なっている視線が真ん丸と見開かれ、驚きに染まり彼女の方を凝視する。
まじまじと戸惑いの視線を向けられるメイは、それでもなお怒りの演出をためらうことなく継続する。
「あなたたち、一体いつまでケンカするつもりなの? もういいかげんにしなさい! 周りの人に迷惑でしょ!」
周りの人、と彼女は主張する者のこの場にいるのはせいぜい大人の男性が三人と、まだ大人と呼べるまで成長していない人間が三人、それだけしかいない。
三人の大人のうち一人は幸か不幸か未だ意識を取り戻せず、一人は既にちゃんと自らが行うべき作業に集中。
そして最後、青年は至って表情を動かすことなく淡々と喧騒を見守るのみ。
怪物及び車両による店舗の破壊行為がなされているにもかかわらず、不気味なくらいに野次馬的ギャラリーすらいない。
何故なら午前中は小降りであったはずの雨が、いつの間にか本降りを通り越して完全なる豪雨へと変貌していた。
だからこそ破壊音も、それに反応すべき一般人すらも、雨と水が音を吸い込みこの現場から平和な人々を遠ざける効果をもたらしていた。
とにかく、いずれにしてもまだ、当事者以外にこの惨事を知られてはいない。
しかしこの静けさもいつまでもつか。
「お兄さま」
メイはわざとらしくしおらしい態度を作って静かに兄に語りかける。
「いろいろと文句をいいたいお気持ちは十分にわかりますが。しかしいつまでもいつまでもずっと、いのちの恩人に不満をこぼし続けるよゆうなんてものが、貴方にあると思いますか?」
丁寧に優しく妹に諭され、ルーフはそこでようやく冷静さを心の内に発生させ始めた。
「あ、いや、そのそれは………」
とても同一人物とは思い難いくらいにルーフは妹の言うがままにうなだれている。
「わかっているならはやく、キンシさんにお礼だけでも言いなさい。ほら」
彼女の白い腕に誘導されて、ルーフはキンシに向けて頭を軽く下げる。
「あ、ありがとう……」
「こえが小さいわよ、もっとハキハキと」
妹はもう、兄に容赦はしないといった感じであった。
「怒ってすんません! 俺たちを助けてくれてありがとう、ございます!」
あれだけ強情だったはずの少年がこうもあっさりと。
唐突過ぎる状況変化にキンシも戸惑いを隠し切れず。
「こ、こ、こちらこそっ、いきなりぶっとばして申し訳ありませんでした!」
ルーフと負けないくらいの大声で謝罪を返した。
そんなこんなで、惑星的には大して長くもない人類の歴史において幾度となく繰り返されてきた争いの歴史に、また一つみみっちい終局が刻まれたとさ。
めでたし、今度こそ本当にめでたし。
と、いうわけで、
さてと……。
トゥーイはようやく終わった会話の終わりに一つ安心し、そしてすぐに別の案件、
先ほどから自身の鼻腔を刺激している、おそらくまだ誰も気付いていない新たなる違和感についての予備動作を開始した。
すったもんだはもう許されません。




