うでとゆびとあしと爪を粉々にしよう
結局のところ、ルーフは先に風呂場からあがることを選んでいた。
「まったく……、どうしてこんなにも疲れるんだっての」
不満の一つでもこぼしたくなる。
まさか風呂場にまで少女の追及の手が伸びようとは、少なくとも常識的観点を有しているのならば、このような事態を予測することすらあり得ないはずだった。
「いくらトンデモな存在だからって、こっちの都合ってものぐらいは考慮してもらいたいところだ……」
ルーフがそのような不満点を口にしている。
少年の愚痴に、モアという名前の少女が浴室の内側から返事をよこしていた。
「まあまあ、そんなに牙をむかないで。女の子の都合っていうのは、いつの時代のどこであっても突然変わりゆくもの、なのよ」
「…………、なんだそれ、意味わかんねーよ」
一瞬だけまともに考えようとしたことを、ルーフは自らの真剣さの前に認めなくてはならなかった。
考えようとした。
そのすぐ後にルーフは、この少女が自分に向けてどれほどの真面目さ、「普通」さを発揮したのかを改めて思い返す必要性に駆られていた。
考えられる全てを検索してみた。
その上でルーフは驚くほどに結果が少なかったことに、今更ながらあらためて驚かされていた。
「お前に会う時は、いつも心臓がブチ壊れそうなぐらい驚かされるっての……」
すでに服を着用し終えている、ルーフが浴室の外側でそうぼやいている。
独り言のような静けさを持っている、それと同時にその言葉は確かにモアの元へと発信されたものでもあった。
「あはは! それもそうね、あたしもここまで自分の秘密をさらけ出したのはエミルさんとミナモさん……」
そこで言葉を区切ろうとした。
だがその手前で、モアはなにかを含ませるように言葉を継続させている。
「……ああ、あともう一人いたような、気がするわね」
あからさまに誰かからの追及を意識した言葉遣いであった。
もちろん無視をすることだって出来たはずだった。
だが、ルーフはそれを選ばなかった。
聞きたいことは山のように存在している。
いまさら項目が一つ増えた所で、何がどうしたというのだろうか。
「それって、前にちょっと言っていたいいなずけ、ってやつなのか?」
ルーフが特に工夫を凝らすでもなく、直接的な言葉を使いながら疑問を唇の先に用意している。
少年からの問いかけを耳にした、モアが浴室の中の湯船で足を少し動かしていた。
「そうね、そういう関係性になるのかしらね、あの子とは」
ゆったりとしたリズムで言葉を使っている。
それは疑問の対象、聞かれた内容が少なくともモアにとってはあまり真剣さのある話題ではない、ということになるのだろう。
ルーフがそう判断をしている。
その間に、モアは湯船の中で体を少し傾けていた。
少女、少女の形を真似た人形の身体、それが自動的に動くことによって浴室の湯が柔らかく乱されていた。
水の音が聞こえる、彼女の動く気配を耳に感じ取りながら、ルーフは問いかけた内容についての更なる追及をしようとした。
「ところで、なんだが」
「ん? なあに」
「あー……その、だ。お前の言っている許嫁ってのは、一体どれと結婚するつもりなんだ?」
質問文を発した。
言葉は確かにモアの聴覚器官、それを担っている部分に届けられたはずだった。
そう確信している、だからこそルーフは少女がしばしの間黙ってしまっている、そのことに意外さと戸惑いを覚えずにはいられないでいた。
名前を呼ぼうとした、丁度そのタイミングでモアの笑い声が浴室に反響していた。
「あはは! なにをそんなに真剣に聞くと思ったら……そんなこと?」
ある程度笑いが通り過ぎた所で、モアの姿をしている人形が質問に対する解答を用意していた。
「もちろん、婚姻関係を結ぶのはあたし、あたしを構成する意識体のうちの一つ、ということになるのかしらね?」
しかしながら、少女の声は最終的に疑問形のような響きを有している。
実を言うと、彼女にも状況を説明できる具体的な表現を知り得ていなかったらしい。
「あたしはあくまでもあたし、でしかないから、そうね……あまり真剣に考えたことは無かったわ」
「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ?」
まさか濁されるとは思っていなかった、ルーフはいよいよ信じられないものを見るかのような視線をモアに送りそうになった。
「てめえの……、自分の人生のことだろ? そんないい加減なことで大丈夫なのかよ」
どの口がそういうのだと、考えなくもなかった。
しかしながらルーフは自らの思考を正すよりも、それよりも先にモアの入っている浴室に向きかけていた視線を元の位置に戻す、その必要性に意識を強く支配されていた。
ルーフが視線の行く先に戸惑いと焦りを覚えている。
その間に、モアのほうは疑問点に対する見解を言葉の先に用意し終えていた。
「あたしがこの世界に生まれたのは、あたしの本体であるモア本人の願いを叶えるため。だから……」
それだけのことを伝えると、また水の中に何かが沈む音色がルーフの鼓膜を振動させていた。
「モトヒエラにエネルギーを補給する。まず最初にその目的があたし達の行動理念になるからね」
「もと……何だ?」
新たに登場した単語にルーフが戸惑っていると、モアが思い出したかのように手早い対応をしていた。
「ああ、今日みせた巨大魔術式、あたしの本体を保存している樹の形をしたコンピューターの名前よ」
名称だけを説明した。
しかしながら名前よりも、モアはまずもって自らの目的を少年に明記させたがっているようだった。
「この土地に集まった怪物、怪獣でもなんでも、魔的な要素には必ず魔力鉱物が存在する。それらのエネルギー体を溜めて、少しでもこの世界の安寧の寿命を引き延ばしているのよ」
少女が語っている。
彼女の声を聴きながら、ルーフの頭の中では灰笛という名の地方都市、その上空に広がる巨大な魔力反応についてを思い出していた。
「あの大きな傷、を抑えるためなのか? あの中には、何が眠っているってんだよ」
思えば灰笛という名の都市に来たときから、空に浮かぶ傷はルーフ等のことを見下ろし続けている。
まだ外部からの気配を多く身にまとっている、他者からの意見にモアはハッキリとした同意を返すことはしなかった。
「傷そのものが危険、というよりかは、どちらかというとその向こう側に広がっているモノがこちらに零れてこないようにする。というのが、より正しいかしらね」
どういうことなのだろうか?
ルーフが疑問の手をさらに伸ばそうとした。
しかし少年が実際に言葉を発するよりも先に、浴室からさらに外側の空間から別の声が届いてきていた。
「言うなれば魔力のでかい塊みたいなもんだよ」
「うわあ?! エミルさん……」
ルーフが、車椅子の上でまだすっかり冷え切った体をビクリと振動させている。
視線を浴室の向こう側、ルーフから見て右側に移動させると、そこにはエミルが入り口に身を軽く預けているのが見えていた。
「いつの間に……!」
「今さっきだ。ずいぶんと長いフロだと思ってな、心配して見に来てみれば……だ」
簡単な事情説明をしながら、エミルは目の前に確認できる状況をそれとなく察しようとしていた。
「なるほどな、そういうことか」
一体何を把握したのだろうか。
ルーフは何か、あらぬ勘違いをされたのではないかと気が気ではなかった。
しかしエミルの方は、ルーフの不安からはまた別の方角からこの場面にアクセスをしようとしていた。
まずもって、最初にモアに話しかけている。
「モアさん、素体を使って通信するときは、事前に連絡の一つでもよこしてくれよな」
兄に注意をされた。
関係上は妹になる、モアが気楽そうに返事をしていた。
「ええ、次はキチンと気を付けるつもりよ」
そんなことを言いながら、再び水の音色が空間を振動させていた。
湯船に沈めていた足が水を受け流す、雫の音色が少年の鼓膜を小さく揺らした。
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