あえてそちらに興奮を覚えたい
まず最初に扉、浴室の外側と内側の境目、そこでミッタの体が何者かに持ち上げられているのが見えていた。
「kikiki?」
小さな、まさに今日産まれたばかりの子猫のような姿かたちをしている。
ミッタの灰色をした体は、現れた腕によっていともたやすく重さを全て預けていた。
「ミッタ?」
浴室で体の洗浄を行っていた、ルーフが扉の外側に動きに軽い警戒心を抱いている。
何者かが、薄い扉一枚隔てた向こう側に存在している。
シャワーの水滴ににじむ視界をやり過ごしながら、ルーフは外側に存在している者の正体を把握しようとした。
「誰……──」
相手の正体を推し測るための質問文を口にしようとした。
しかしルーフが実際に言葉を発するよりも先に、扉の外側から「彼女」がアクションをしていた。
「誰だと問われれば、あたしであるとお答えしちゃいます!」
口上のようなものを用意している。
ルーフは、まさに一糸まとわぬ格好にて少女の、モアの姿を見ていた。
「…………」
眺めの沈黙を口元に許してしまった。
呼吸すらも忘れる。
そんな世界において、ルーフの眼球はそれぞれに律儀なる観察力を発揮していた。
彼女がそう名乗った通り、その姿はまさにモアとしか表現しようのない形を持っていた。
少女はポニーテールにまとめた髪の毛を揺らしながら、ほとんど迷いのない動作でルーフのいる方へと近づいている。
少女の足の裏、柔らかい皮膚が浴室の水と触れ合う。
音色を耳にした。
途端に、ルーフは今自分が置かれている状況を理解しはじめていた。
「ギャアアアッ?!!」
せめてもう少し風流のある悲鳴をあげられれば。
と、後悔を少しだけ抱いたのは、すでに遠くの彼方に飛ばされた客観的視点であった。
しかして理性と冷静さの声を聞こうともせずに、ルーフの体はただひたすらに状況へあわてふためくばかりだった。
少年が悲鳴をあげた。
それに一番最初に反応を示したのは、以外にもこの場面以外に存在していた人物であった。
「どうしたのルーフ君?!」
浴室から響き渡った悲鳴に、ミナモが慌てて駆けつけていた。
よりにもよってまた女!
だがルーフは己の生身を他者に、異性にさらすことよりも、それよりも気にすべき事柄に強く意識を集中させようとしていた。
「ミナモ……さんッ……」
せめて少しでもマトモさが期待できるであろう人物に向けて、ルーフは急ぎこの状況についての助けを求めようとしていた。
何を助けてほしいのか、具体的には何も決まってなどいなかった。
とにもかくにも、どうして? この場所に少女が存在しているのか。
その理由について、ルーフは知りたくて仕方がなかった。
せめて、共に異常性を共感できる人間が一人でも存在してくれれば、まだルーフにとっても救いがあったかもしれない。
期待のようなものを抱いていた。
だが少年の望んだ世界は、目の前の現実に実を結ぶことをしなかった。
「あら、モアちゃんじゃないの」
「……え?」
家の中に突然少女が存在している。
しかしながら、ミナモはその状態にとりたてて驚愕を抱いてはいないようだった。
まるで少女の存在を最初からこの家、住居の中に認めているかのようにしている。
ルーフはすかさずミナモに対して、鋭く疑問の手を伸ばさずにはいられないでいた。
「いやいやいや……「あら」、じゃねえだろうよ」
ルーフは彼女のローテンション、リアクションの低さにルーフがただ一人狼狽を深めていた。
「一体何時から、どこからこいつはこの家に来たんだよ?」
疑問点を口にする。
そのついでに、ルーフは現状の不満点をぶちまけるようにしていた。
「それで……それで! 何で、平気な顔で俺の風呂場を堂々と覗いているんだよ……ッ!」
あらためて言葉にすると、それまで何とか誤魔化そうとしていた羞恥の心が、改めてまざまざと実体を帯びるような気がしていた。
少年から指摘をされた、しかしてモアは特になにかを悪びれる様子を見せることは無かった。
「なんで、どうしてかって? ステキにカワイイ女の子が扉を越えたいと思うのならば、それを叶えてあげるのがあたしの役目だからよ」
そんな主張をしている。
モアは白くて裾の長いキャミソールから伸びる白い腕で、腕の中にいる小さなけもの、ミッタの頭を軽く撫でていた。
「よしよし、キミは本当にかわいくて、ルーフ君のことを大事に思っているのね」
そんなことを言っている。
モアの白く細い指に撫でられている、ミッタが繰り返される呼吸ともに喉を小さく鳴らしていた。
機嫌を良さそうにしている、ルーフはとりあえずけものの安否を確認した。
そのすぐ後に、引き続きこの状況についての疑問点を追及しようとした。
「それで、どうして……!」
いま一度問いを主張しようとした。
しかして少年の言葉を先取りするかのように、ミナモがなんてことも無さそうな答えだけを舌の上に用意していた。
「それは、家にモアちゃんと繋がっている人形、素体が一台あるからよ」
つまりは、「モア」という意識を形成するグループと繋がっている、周辺機器のようなものが今目の前に立っているモアということになるらしい。
「完全百パーセントの義体だからね、あまり大きく派手なことはできないのだけれど」
前置きのようなものを用意しながら、何故か、モアはさらに浴室の奥へと進もうとしている。
「ちょちょちょ、ちょお……?!」
入浴中だった、当然のこととして全裸でいるルーフは、薄着の少女が迷いなく自分のいる空間に足を踏み入れようとしている状況に、すでに戸惑いすらも越えた強い感情を覚えていた。
「お前がここに入る理由は、何となく分かった……!」
つまりはハードウェアにそのままアクセスした、という感じか、あるいは分身に意識を飛ばしたという方が正しいのかもしれない。
なんにせよ、モアが突然ここに現れた理由に関して、ルーフはこの場所に居る人間に驚愕の共感を期待できないことに判別をつけていた。
であれば、せめて少女の起こそうとしている行動、野郎の入浴に堂々と参加しようとしている。
その状況、行動に反発の意見を主張しようとした。
「当たり前のように、女がヤローのいる風呂場に入ってくんじゃねえよ?!」
あらためて言葉にすると、一体全体自分は誰に何を主張しているのか? 訳が分からなくなりそうだった。
苛立ちを大部分として、少量の真剣さが強い存在感を放っている。
少年の切なる要求に、しかしながら女たちはまともな対応すらしようとしなかった。
「そんなに恥ずかしがることないじゃない、ルーフ君」
叫ぶような主張を、モアはどうにも飄々(ひょうひょう)とした様子で受け流すばかりだった。
「片方は裸で、もう片方は偽物の、作り物の人形よ? なにをそんなに恥ずかしがることがあるのかしら……?」
そういいかけた所で、モアはふと自らの腕の中に視線を落としている。
「……ん? なにかしら」
どうやらミッタがモアに何ごとかを伝えようとしているらしい。
言葉が分かるのだろうか、というか、ミッタはコミュニケーションの方法を持っているのだろうか。
疑問を追及するよりも先に、モアが手早く視線をルーフの方に戻していた。
「そう、そうなのね! ルーフ君は、あえて人形の方がより強く性的興奮を覚える……」
「違う」
何を言い出すと思えば。
ルーフは素手に苛立ちすらも通り抜けた、代わりに強い疲労感を全身に覚え始めていた。
「あら、そう」
ミッタから提案された内容を否定された。
モアはしかして特に気分を動かすわけでもなく、相変わらずその足は少年のいる方角へと、進むことを諦めようとはしなかった。
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