そんなことより飯を食おう、ここで息絶える前に食べよう
ルーフは、とにもかくにも思いつく限りの疑問点を言葉にしようとした。
「どうして……」
知りたいことは山よりも高く積み上がっている。
だが、言葉を実際に音声として用意する、当たり前の手順がどうにも今のルーフにとっては困難を極める行為でしかなかった。
「どうして、俺の腹ンなかから、そいつが飛び出してきたんだよ?」
あらためて言葉にしてみても、どうにも奇々怪々な内容でしかない。
少年が質問文を作成している。行為に堪えきれぬ羞恥心を抱いている、その間にハリは足を住居のリビングの中で移動させていた。
「そりゃあ、契約者は対象の人物の一番近くに潜んでいる。それが一般的なセオリーってものでしょうよ」
特に疑問に思うでもなく、当たり前の事実だけを説明しているに過ぎない。
しかしながら、ルーフはハリの言葉にさらなる疑問を深めるだけであった。
「契約者……?」
新しく登場した単語に、ルーフは自らの意識に該当するであろう対象を検索しようとした。
「いつどこで、誰が……ミッタと契約したってんだよ」
ミッタ、つまりはこの場面の中心に居るけものの名前を呼んでいる。
ルーフの口が名前のために動いている、その動作を見てハリが微笑み交じりに解説を加えていた。
「それはもちろん、肉体の一部を対価として渡したルーフ君、意外に考えられないでしょうよ」
いまいち言葉が足りていない魔法使いの説明。
それに堪えきれなくなったのか、エミルがより子細な解説を加えていた。
「魔術の一つで、そういうやりとりがあるんだよ」
魔的なる存在に対価を支払い、ある種の契約の状態を互いに結ぶ。
「方法としては、ありがちなやり方だとオレは思うがな」
やり方についての簡単な解説をしている。
ルーフはエミルの言葉を聞きながら、しかして語られている内容に上手く納得を作り出せないでいる。
「契約をした……。として、それがどうして俺の体の中から出てきたんだよ」
引き続き同じような質問文を作っている。
少年の様子に、ハリはやはり分かりきったことを質問する少年に、簡単な答えだけを返していた。
「契約したモノは、主である人間の身近に常に潜んでいますからね」
そこまで言い終えた所で、ハリはいったん言葉を区切りながら視線をルーフの方、少年の腹部の辺りに向けている。
「とはいえ、さすがに直接お腹の中に隠れていたのは、ボクもビックリ仰天でしたけれども」
とても驚いているようには見えそうにない。
ハリは平坦とした様子で、すでに起きた面白いことを眺めるような目線をルーフに向けている。
「えっと、つまりは……こういうことなのか?」
語られた内容をまとめると、ルーフはミッタという異なる世界の生き物に契約、つまりは繋がりを作ったらしい。
ハリが要約する事柄に、さらなる補足を加えようとしている。
「集団が望んだのは人工的な怪物及び怪獣に類する存在の作成、でしたが、結局のところその実験は失敗に終わったんです」
起きた事件に対して、特になにを思う風でもない。
ハリは自分が関係した事件、すでに終わった出来事をただ言葉にまとめることだけをしている。
「実験が失敗に終わった。しかしながら彼らの行った術式は、少年一人の魔力経路の変化と、一つの異世界に由来する生物の在り方を変えた。ということになりますね」
ルーフが先に体験した事件の、あくまでも古城の魔術師からの視点にて、事のあらましを語っている。
自分のことを説明されている。
にもかかわらず、ルーフはどこか他人事のように魔法使いの説明を耳に受け止めていた。
次々と露わになった状態に、少年がひとり為す術もなく呆然としている。
考えるべきことがあまりにも沢山存在している。
状況に、ルーフがただひたすらに漠然とした不安の度合いを深めている。
そこに、誰かの腹の音がぐるる、ぐるると低い唸り声をたてていた。
「…………?」
ルーフはてっきり自分の腹が鳴ったものかと、そう思い込みそうになった。
だがその予想は外れたものだと、少年はすぐに認知することになる。
「すみません、お腹失礼しました」
恥ずかしそうな態度を作りながら、ハリがおずおずと左手を上にあげている。
そんな魔法使いを見て、エミルが彼に溜め息交じりの視線を向けていた。
「緊張感ねえなー」
異常事態においても、生理的反応を堪えようともしない。
魔法使いの腹部に、エミルが呆れた視線をよこしている。
またしばらくの時間経過。
ルーフは台所にたつエミルとミナモの背中を食卓の上から眺めていた。
ミナモが目線ガスコンロの上に向けたままでルーフに話しかけている。
「ささっと適当なもの作っちゃうから、しばらく大人しゅうしててね」
「それは、もちろんわかってる、ですよ」
家の住人に頼まれたことを、ルーフは特に抵抗感を抱くことなく受け入れている。
思えば時刻は夕方をすでに熟したものとしている。
夜が始まりそうになってる。
時間帯の中で、住居に暮らす若夫婦は夕食の準備をしていた。
「今日は、色々あって早くあがることが出来たんですよ」
「そうなんや、毎日そんな感じやったらエエのになあ」
「そういう訳にもいきませんよ、ミナモさん」
エミルとミナモがそのような会話をしている。
その様子を眺めている、視線はしかしてルーフ一人に限定されているわけではなかった。
「KIKIきいkikiki」
ルーフの手のなか、小さくまとめられたタオルケットの隙間から顔をちょこんと覗かせているのは、小さなけものの姿になったミッタであった。
少し錆びた蝶番のような、そんな鳴き声を発している。
少年の手の中で呼吸をする、けものの体温にハリが指を伸ばそうとしていた。
「おやおやカワイイ声でないちゃって、まだお腹が空いているんですかね?」
調子の良さそうな声色で、ハリは特に考える風でもなくけものに触ろうとしている。
伸ばされた魔法使いの指に、しかしてミッタは抵抗の色を激しく見せていた。
「kikiki!!」
「あ、痛った?!」
小さな爪に引っかかれた。
ハリが痛覚に反射的な拒絶感を示している。
小さく赤色がにじむ切り傷を、魔法使いの小指の下あたりにこさえている。
ミッタは悪びれる余裕すらも無いままに、彼女は魔法使いに対する警戒心だけをその小さな肉体に燃え上がらせている。
「やれやれ、ずいぶんと嫌われましたね……」
分かりきった答えでありながらも、ハリは他者からの拒絶に苦みのある感情を滲ませている。
痛む指をさすりながら、しかして与えられたダメージには大した反応を示していない。
この程度の切り傷ならば、常日頃の戦闘場面でより酷さのあるものをいくつも負っている。
そういった点を踏まえれば、ルーフでも必要以上に彼に心配をすることをしなかった。
……と言うよりかは、もっと別に気にすべき事柄がこの場面に、あからさまに転げ落ちているのである。
「なんで、なんでまだ……あんたがここにいるんですか」
当たり前のように住居の食卓、晩の食事が始まろうとしている場面に参加をしている。
魔法使いの姿に、ルーフはいくらかタイミングを大きく逃した追及、ツッコミを入れていた。
少年が発した言葉にエミルが笑みをこぼしているのが聞こえてきた。
「ずいぶんと今更な疑問だな」
戸棚から皿を取り出しつつ、エミルは魔法使いの居どころについては特に深く語ろうともしなかった。
「お前の方は? 今日は仕事とか大丈夫なのかよ?」
エミルがハリに向けて質問をしている。
出来上がった料理を皿に盛りつけながら、エミルは温かさを搭載したそれを食卓に運んでいる。
エミルに問いかけられた、魔法使いが気の抜いた返事だけを口にしている。
「大丈夫、グッドグッドです。なんてったって、こっちはほぼ自由業みたいなものですから」
彼からの心配に対して、特に具体性のある対応をすることも無く、ハリは適当な受け流しだけをしていた。
自由業とは、どういうことなのだろうか?
魔法使い以外にも、属している職があるのだろうか。
ルーフが疑問の手を伸ばそうとした。
その所で、しかしながらルーフは目の前に用意された食事に注目の方向性を変更させられていた。
皿の中に盛り付けられている。
それはカレーライスと思わしき、というよりかはそれ以外に表現しようのない、なんともカレーライス的な料理そのものであった。
かすかに黄金色の気配を有している、ルーの気配を有するとろみがかすかな流れを皿の上に描いている。
ちょうど真ん中を境目にして、白飯がルーとの接点をなめらかに結んでいる。
炊き立ての白飯からは湯気がもうもうと立ち昇る。
水蒸気に混ざって、香辛料の刺激的な香りがルーフの鼻腔を刺激していた。
ゴクリ、ほとんど無意識に近しい所で、自然と口の中に唾液が溜まっていたらしい。
温度のある体液を唇から零さないように、喉の奥に押しやっている。
そうした手順を踏まえる。
必要性があるほどには、用意された食事はルーフにとってとても魅力的なものであった。
「うわー、美味しそうですね」
ルーフがつばを飲み込んでいる間に、ハリは自らに差し出された皿の中身に早速向き合おうとしていた。
「いただきます」
両手を祈るように合わせる。
ぱつん! と手の平が小さくぶつかり合う音色が空気をかすかに振動させた。
食膳の挨拶を済ますや否や、ハリは用意されてあったスプーンで皿の中身、カレーをすくい取って口に含んでいる。
あまり大きさの無い唇が閉じられた、秘められた口内で食物を摂取するための咀嚼が行われる。
もぐもぐ、もぐもぐ。
ごくり。と飲み込んだ、ハリはすでにある程度満たされた表情を口元に湛えていた。
「いやあ、やっぱりエミルさんのカレーは美味しいですね」
「今回は、俺はほとんど参加していないけどな」
魔法使いと魔術師がそんなやりとりを交わしている。
彼らのやりとりを見て、ルーフはとりあえずこの状況が彼らにとって、さして特別でもないことを言葉の外側で把握していた。
「くあ……‐‐‐‐‐‐‐」
彼らのやりとり、行き交う思考の色々と様々。
それらのやりとりを、どうでも良さそうにミッタはあくびの中に溶かし込んでいた。
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