短めの確認を挿入して、揺らして
灰色の毛並みを持ついきもの、けものはどことなく不思議な姿かたちをしていた。
見た目は生まれたばかりの子猫のような雰囲気を持っている。
四本の足は小枝よりも細く弱々しい。
もしかするとルーフの指、小指の力だけで簡単に折れてしまうのではないか? そんな不安を掻き立てさせる。
細い足でよちよちと、プラスチックの風呂桶の中を彷徨っている。
汚れはすでにだいぶ洗浄されていた。
灰色の毛並みが次々と現実にあらわになる。
聴覚器官、と思わしき長い耳がかすかに動いていた。
猫や子犬のそれとは大きく異なっている。
けものの耳は、さながら兎のような長さと細さを有していた。
「いったい、何処のどなたなんでしょうね」
ハリが誰かに向けて質問をしている。
疑問を口にしながら、その指は滑らかな動作でけものの洗浄を行い続けている。
魔法使いである彼の指の動きにあわせて、プラスチック素材の風呂桶の中の液体がかき混ぜられていく。
石鹸が溶けている、液体が泡立つほどにけものは汚れから離されていった。
「だいぶ、きれいきれいになりましたね」
少し不思議なリズムにて、ハリはけものの状態を簡単にアナウンスしている。
ある程度、少なくとも現状行える必要最低限の洗浄はクリアした。
そのタイミングを見計らうかのようにして、ハリはルーフに気になっていた事項を改めて質問しようとしている。
「ところでルーフ君、……──」
魔法使いが実際に言葉を発しようとした。
しかしながら、質問文が実際に少年のもとへ届けられることはなかった。
何故ならば、ハリの声は別の音によってさえぎられていたからだった。
「ただいまー」
それは男の声で、言葉の使い方からしてこの住居の関係者であることは明らかであった。
彼の声に反応した。
ミナモが先に、対象についての情報を言葉にしている。
「あ、エミル君が帰ってきた」
短い言葉の中で、ミナモはこの場所に帰宅してきた彼を脳内にイメージしている。
「ちょっとごめんなさいねー」
夫の帰りに、ミナモはこの場所からの移動をしている。
出迎えるためだけに移動をした訳ではないこと、そのことはルーフにも明確に想像することができていた。
玄関先でのやりとり、その気配が浴室までかすかに届けられている。
その間にも、ハリは桶の中でけものを丁寧に洗い続けていた。
ちゃぷちゃぷと、魔法使いが指ですくいあげたぬるま湯が、けものの毛並みを清めていた。
さて、汚れはあらかた洗い終えた。
しかして休む間もなく、彼らは早速次の展開に意識を進めようとしていた。
「いきなりどうしたかと思えば……」
台所に立っているのはエミルの姿で、彼はいま戸棚の中から鍋を取り出そうとしていた。
「いきなり謎の生き物を拾ってきたって……。一昔前のホームドラマじゃあるまいし」
子供が子猫なり子犬なりを拾ってきて、そこで一悶着。
といった意味合いの事を、エミルは冗談めかして説明したかったらしい。
しかし魔術師のジョークは、ルーフに期待されるべき反応を生み出せなかった。
「…………むしろ、そっちの方がずっとマシだっただろうな」
沈黙のあとに、ルーフは思うがままの希望をポツリ、と呟いている。
この状況の異常さ、普通とはかなり逸脱しているこの状態に、ルーフは今更ながらの不安を胸に抱いていた。
「俺は……、あの生き物……、あの子が何なのか知ってる……」
ルーフが、何かとても耐え難い真実でも打ち明けるようにしている。
沈痛そうな表情に目元を歪ませている。
そんな少年に、エミルはなんて事もなさそうな、平坦な様子だけを彼に伝えている。
「そりゃあ、自分の腹ン中に隠していたモノなんだから、知ってて当然だわな」
大して特別なことなど、何もないといった様子を作っている。
しかしながらルーフは、エミルに真実を主張することを止めようとしなかった。
「それだけじゃない……! 俺は、……俺はあいつの……!」
言いかけた所で、ルーフの言葉は別の音声にまたしてもさえぎられることになる。
「ただいまですー! とりあえず用意できそうな物を買いそろえてきましたー」
そんなことを言っているのはハリの声だった。
魔法使いである彼は、エミルの指示で外に買い出しをしに行っていたのである。
「薬局の人に、コイツはどうしてまたここに訪れたんだ、って顔をされてしまいました」
白色のビニール袋をガサゴソ、ガサゴソと鳴らしながら、ハリが住居の中を進んでいる。
魔法使いである彼が、不満げな様子を口先に演出している。
それに対して、エミルがなんてことも無さそうな返事だけを用意していた。
「そりゃあ……、店の外で切り合いをしていたやつが、また店の中に買い物しに来たら誰だってビビるだろ。すくなくとも、オレだったら確実に怯えるな」
予想を口にしながら、エミルは魔法使いに指示した内容を確認している。
「それで? 頼んだもんは用意できそうか?」
魔術師である彼に確認をされた。
魔法使いは、その事項にあたかも快活そうな解答をすぐさま用意していた。
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