勘の鋭いあたしを舐めて
「全然なっちゃいないです! ぜーんぜんなっちゃいないのです!」
声高に指摘をしている。
ハリという名前の魔法使いは、ルーフという少年に指摘をしている。
「基本の円はもっとも簡単でありながら、最大の重要度を含んでいるんですよ」
「えー……? どう描いたって、丸は丸だろ?」
魔法使いからの指摘、珍しく自分の意識を分かりやすく表現している。
彼の反応に、ルーフは戸惑い以上に驚きを隠す必要性に駆られていた。
少年が反論をしていると、ハリは落ち着きなく足を動かしながら更なる反対意見を唇に用意している。
「いいえ、その考えは違うのです。基本を最も大切にすればこそ、その先の美しい魔法の形に繋がるのです。これはボクのお師匠さんの言葉です」
魔法使いは力強く論説しながら、怪物の死体が転がる近くをうろうろとしている。
自らが仕留めた獲物の周辺を歩きながら、ハリは少年に魔法陣の基本について語っていた。
「ここで手を抜いたら、元も子もないんです。ケーキで言うところのメレンゲに等しい意味を持っているんですよ」
「はーん……、へえ…………?」
力説をする魔法使いを前に、しかしてルーフはいまいち合点を至らせられないでいる。
そもそも魔法陣を描くという状況こそ、ルーフという少年にとっては不理解の領域にあった。
魔法使いと少年がそれぞれに、認識の際に戸惑いを身にまとわせている。
そこから少し離れた所、怪物の死体からある程度の距離がある場所。
そこでは、ミナモという女性がスマートフォンの通話機能を使い、古城に一報をしている最中だった。
「もしもし?」
彼女が問答の最初を口にしている。
すぐに状況を伝えるための言葉を用意できるよう、彼女はある程度の緊張感を走らせている。
だが、ミナモはすぐに緊張の気配を少しだけ開放していた。
「ああ、エリーゼちゃん?」
どうやら見知った相手に繋がったらしい。
ミナモは電話口で、ことのあらましを簡単に説明していた。
「──……。そういう訳だから、忙しいでしょうけど回収を頼めるかしら?」
依頼者としての立場で、ミナモは電話の向こうの知り合いである女性に頼みごとをしている。
少しの問答、向こう側である程度の決定が執り行われた。
「そうなの、……分かったわ」
それだけのことを言い終える。
ミナモが通話を切っていた。
その間にて、少年はようやく魔法陣の基本を描き終えていた。
「ぜェ……ぜェ……」
ルーフはすでに体力の大部分を削り取られたような様子となっている。
疲労感たっぷりのルーフをよそに、ハリは作成された「陣」を細かくチェックしている。
「ふむ……ふうむ? まあ、及第点ギリギリといったところでしょうかねえ?」
「…………ああ、そうかよ」
ぐったりとしている。
そんな少年に構うことなく、ハリは目の前の作業に次々と集中力を割り振っていた。
「ではさっそく、作成したものを使用することにしましょうか」
紙に描かれた円形を、内容を傷つけぬように切り取る必要性に駆られている。
どうするのか、ルーフは疲れた目で様子を見ようとした。
少年が作成したものを、確かに魔法使いは使用していた。
描かれた一枚、その表面をハリは怪物の死体の方にかざしている。
ハリは先端に「陣」を携え、腕を真っ直ぐ伸ばした。
呼吸を繰り返す。
吸って、吐いて。
指の先端に熱が集まる、血液のあたたかさと空気の冷たさが触れ合う。
温度差の中で、ルーフの描いた簡素な魔法陣にかすかな光が生まれていた。
光る気配が生じた。
と思えば次の瞬間、ハリの指先から光の輪が発生していた。
「うわ?!」
突然現れた、ように見える。
青色に発光する光の輪は、いつだったかオモチャ売り場で見かけたフラフープに造形が類似していた。
青色に光るフラフープを携えて、ハリは速やかな動作で怪物の死体に近づいている。
「えーっと? これはこうして、あれはああして……」
「やっぱり、他人が作ったものは勝手が分かりにくいですね」と、ハリは今更な不満点を口にしている。
しかして、口でこそ不満をこぼしていながら、ハリは早くも発現した光の輪を怪物の死体にかざしている。
魔法使いの自然な動作を見ながら、ルーフは自分の作った輪から網目のようなものが発生しているのを目で見ていた。
それは虫取り網の、網の部分だけを切り取ったかのような造形になっていた。
ハリは魔法の網を使って、怪物の体を包み込んでいる。
おぼろげな光の筋が怪物の肉に覆いかぶさり、薄い青色がその死肉をほぼ完全に覆い尽くしていた。
「これでオッケー、です」
出来上がった光の袋。
二リットルサイズのペットボトルを包み込めそうな、そのぐらいの大きさの袋が作成されていた。
中身にはみっちりと怪物の死体、死の肉が詰め込まれている。
重たそうに持っている、ハリにルーフは簡単な感想を伝えていた。
「ずいぶんと縮んだなー」
最初の大きさからみて、ある程度人の手に運搬できるサイズにまで縮小された。
その変化にルーフが驚いていると、ハリがどこか得意げに解説をしていた。
「縮小術式のもっとも基本たる能力です。昔の人は百の怪物を、この術式を使ってあちらこちらに運搬していたそうな」
昔話を語るようにしている。
しかしてルーフは、魔法使いの述べている過去話をどこか他人事のようとしてしか認識できないでいた。
さて、回収作業が終わった。
「いや、ちょっと待ってくれ」
しかして、ルーフは幾らかの疑問点を追及せずにはいられないでいた。
「なんです? ルーフ君」
この場からの移動をしようとしていた。
ルーフにとって既知にあたる人物の内の一人、ハリが振り向きざまに問いかけている。
「なにか、忘れ物でもありましたか?」
先んじて疑問を口にしながら、ハリは眼鏡の奥にある目線を左右に軽く移動させている。
「もう一度、きちんと確認しましょうか?」
指で眼鏡の位置を軽く整えている。
楕円形をしたレンズの奥で、翡翠のような色をした虹彩が光りに反応して伸縮をしている。
ルーフは魔法使いの、縦に細長くなっている瞳孔を車椅子の上から見上げていた。
「いや……、別に忘れたものは何もねえけど」
事実を口にしようとして、ルーフは自分の言葉に少しの嘘が含まれていることを自覚している。
とくに隠す必要も無いだろうと、判断の後でルーフは言葉の上に疑問を用意している。
「でも、あの血だまりをそのまま放置しても大丈夫なんか?」
疑問を口にしながら、ルーフは曇り空の下でその場所を指で指し示している。
そこは、今しがた魔法使いが怪物と戦闘をしたばかりの場所だった。
刃で肉をズタズタに切り裂いた。
その場所には肉からこぼれ落ちた大量の血液が、赤黒い染みをアスファルトの上に残留させている。
「ああ、あれですか」
少年から指摘された、内容はどうやらハリにとっては少し意外なものであったらしい。
というのも、このような疑問を指摘されたのが久しぶりのことのようだった。
「ご安心ください。あの塊は、ボクら以外の色々がきちんと片付けてくれますから……」
色々? とは何であるか。
あえて曖昧に、濁している言葉遣いにルーフがすかさず疑問を口にしようとした。
だが、それよりも先に言葉を発しようとした少年の口元に違和感が走っていた。
唇の薄い皮、そのすぐ下にある血液のぬくみにヒラリと、冷たさが通り過ぎている。
「……?」
雨でも降ってきたのだろうか、とルーフは予想する。
考えた予想は、大体において正解に近しい内容を持っていた。
ポツリ、ポツリ。
雨が降り始めていた。
そして、雨は別の「何か」をこの場所に誘いこんでもいた。
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