基本は丸、青色を基軸にする
怪物の腹部が、刃によって切り裂かれようとしていた。
体内に生じた違和感に対し、怪物が疑問のような悲鳴をあげている。
「(アアア*`あДアアキアキアキ´*)」
体の内側を刃物で切り裂かれているのである。
悲鳴を上げるのは当然のこととして、ルーフは現時点で起こされている攻撃に強く注目をしていた。
苦しむ怪物の肉体。
その原因であり、たった今怪物を刀のような刃で切り刻んでいる。
ハリという名前の魔法使い。
彼は今、怪物の体内にて攻撃を行っていた。
先頭の場面を見ている。
ルーフの右斜め後ろのあたりで、ミナモという名の女が叫び声を発していた。
「ハリ君!」
魔法使いの現状を不安に思う、それと同時に彼女はこの場面に決定的な破壊がなされたことを、すでに把握しているようだった。
怪物の体内から、ドボドボと大量の血液があふれ出ている。
体液の浸出は、どう見ても体の内側に生じている破壊によるものだった。
腹部からはみ出ている、刃がさらに肉をえぐり取っている。
怪物はいよいよ苦しげになり、やがてはその活動を完全に停止させていた。
「―-- ―‐‐ ―ーー」
ゴムタイヤから空気が漏れ出るような音。
それを最後に、怪物はその生命的活動に終わりを迎えている。
死体になった怪物の肉に、ミナモが少し慌てた様子で駆け寄っている。
「しっかり!」
内部に飲み込まれたままとなっている魔法使いに呼びかけている。
ミナモは懐から、一振りのナイフのようなものを取り出していた。
それは物質を切断するものとは、いくらか気配を異ならせている。
油絵などを制作するときに使用される、ペインティングナイフのような作りになっている。
道具を、ミナモは若干まごついた手つきで怪物の腹部に突き刺している。
肉を切り裂くためにはいささか心もとないものでも、柔らかい腹に穴をあけられる程度の攻撃力は発揮できたようだった。
鋭さの無いナイフによって、怪物の柔らかな腹部はビリビリと割かれている。
破かれた先から体液があふれ出し、ミナモの体をびしょびしょに濡らしている。
だが、彼女は自らの衣服が汚れることに関して、特にためらいを抱く様子もなかった。
やがてルーフが近くにたどり着いたころには、ミナモはすでに怪物の腹部から魔法使いの体を探り当ててていた。
「引っ張るわよー!」
ミナモは魔法使いに向けて、聞こえているかどうかも確認せずに掛け声を発している。
返事を待つこともせずに、彼女は腕の力の許す限りで怪物の腹部から、魔法使いの体を引きずり出していた。
ズルリズルリ。
柔らかいものがこすれあう音が空間に連続する。
ミナモの腕力によって、魔法使いはしばし別れを告げていた現実の空気、酸素を取り戻していた。
「ン、……ぶばっ!」
生命のぬくみに密閉されていた空間から脱出。
ハリの体を現実が、雨に濡れる冷たい酸素の気配が包み込んだ。
呼吸を繰り返す。
一回、二回。段階を通り過ぎたあたりで、ハリの瞳に正常と思わしき活力が取り戻されていった。
「作戦……、成功です、ね……」
まだ完全に呼吸を取り戻したわけではない。
とはいえ、すでに冗談めかした話をする程度の気力は取り戻されているようだった。
ミナモが安心にため息を吐き出している。
それらの様子を車いすの上で眺めながら、ルーフは魔法使いに感想のようなものを伝えていた。
「かなり、強引な終わらせ方だな」
ルーフとしては称賛の意味を込めたつもりだった。
だが、どうにも少年の意向は魔法使いに正しく伝わったわけではなさそうだった。
「ええ、我ながらちょっとムリがあったかもしれません……」
少年の言葉に、ハリは少し恥ずかしそうにして、黒猫のような耳をペタン、と倒している。
さて、今日だけでもすでに二回目になる、怪物との遭遇である。
「回収作業は、少し時間がかかるそうです」
少しけだるげな様子で、ハリがルーフに向けて報告のようなものを伝えている。
「今日だけでも、案件が大量にありすぎて手一杯だそうですよ」
「そうなのか」
怪物の死体を眺めながら、ルーフは魔法使いに短く返事をしている。
「俺も、正直今日は忙しすぎて頭が痛てぇや…………」
長めの沈黙を含ませている。
そんな少年に、ハリがいたってのんびりとした声音を返している。
「お疲れのところ悪いのですが、まだ、君には頼みたいことがあるのですよ」
「え、ええ……?」
背後のあたりにミナモのを声を、スマートフォンでおそらく古城の関係者に連絡をしている。
彼女の声を背景に、ルーフは依然として終わらぬ状況に今更ながら不安のようなものを覚えていた。
「これ以上、俺に何をしろってんだよ?」
「何を隠そう、君にはここで魔方陣を描いてもらいます」
まさか具体的な返事がされるとも思っていなかった。
ルーフは戸惑い気味になりながら、魔法使いからの提案についてを考えようとしている。
「魔方陣? 俺が、それを……?」
「ええ、ここでドカンと、素敵なものを一筆お願いいたします」
あくまでも頼みごとをするというスタンスを保ち続けている。
ハリは少年に依頼をする、その途中でふと思い至るような動作を作ってみてせていた。
「おっといけない、絵を描くための道具が必要になりますね」
まるですでにルーフが作業に参加することを望んでいるかのような、そんな口ぶりである。
少年の意向などまるでお構いなしに、ハリは手元の肩掛けカバンからペンを一本取りだしていた。
「どうぞ、ボクの使っているものですが、せっかくなのであなたに差し上げましょう」
さっと手渡された。
それは、まさにペンとインクだけのシンプルな画材であった。
「え、ええと……」
戸惑いはさらに強くなっている。
しかしてルーフは手渡されたそれを、はっきりと断れる理由も見つけられないでいた。
半ば為すがままに受け取った。
ルーフは指の中に新たに与えられた重さを、まだ自分の肉体の一部として認識できないでいる。
大量の疑問符を頭のなか、あるいは瞳の中に浮かべている。
ペンを持った少年に、ハリが続けて魔方陣のための具体的なレクチャーをしようとしていた。
「なにを以てしても、まずは基本の円形が必要になります」
言いながら、ハリはまたカバンの中から一冊のスケッチブックを取り出そうとしている。
だが、今度はルーフのほうが先に彼の行動を止めようとしていた。
「あ、紙ならこっちにあるんだわ」
言いながら、ルーフは右の片手にペンを、左の腕で車いすに引っ掛けられている袋の中身をまさぐっている。
ごそごそと、しばらく指先での検索をした。
ほんの少しだけ時間をかけて、ルーフは袋の中身から一冊のスケッチブックを取り出していた。
それは古城と呼ばれる魔術師の本拠地、その建造物の主人であるモアという名前の少女……。
正しくは、かつての主人で会った彼女の複製、その一人である少女に貰った……、というよりかは押し付けられた、のほうが正しいか。
とにかく、彼女がら渡された一冊のスケッチブック。
ルーフはすかさずそれを開いて、そこに円形を一つ描いていた。
「これでいいか?」
単純な内容ゆえに、ルーフは特に施行をする必要もなしと、独自に判断して作成を行っていた。
しかしながら、今回の行動はルーフの期待した内容にそぐわったものにはならなかった。
「……」
「…………?」
とりあえず簡単に書き終えた。
作成したものを、ハリはしばらくの沈黙の中で眺めている。
そのあとに、魔法使いは少年に評価を下していた。
「全然だめですね! これではだめです、基本すらなっていません」
「ええ?!」
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