魔法なんて大して珍しくもない
それでも好きと言えて、
幼女もまた、マスクに覆い隠されていない青年の眼窩をまじまじと見つめてみた。
もうすでに、とっくの昔に子供を終えた人間の顔面。
とは言うもののその顔の表面の皮膚には、まだまだ青葉の如き若々しさが湛えられている。
成人ならではの経験による疲労感が漂っている、アーモンドにどことなく似ている形状の目頭と目尻。
その合間に感覚器官の一部として埋め込まれている眼球、その瞳孔の色は。
「あなたは、かわった色の瞳をもっていますね」
メイは思わず思ったままの感想を唇に乗せてしまっていた。
彼女がそう言いたくなるのも納得できてしまうほど、確かに青年の虹彩はまるで何時かの昔にプチ流行した紫キャベツそっくりの、しかしそれよりは幾らか色がぼんやりとしすぎな紫色をしていて。
この色をメイは知っている、何と言う名前だったか。
ああそうだ、思い出したわ。
「まるで思い草の花弁みたい」
いつだったかにどこかの、おそらくは近所のスーパーの花屋に栽培され加工された一部が置いてあったのだろう。
そこで眺めた花の色、彼の瞳はその色にどことなくそこはかとなく似ていた。
「キク科の多年草、鑑賞を目的として多く栽培されている。
別名をオニノシコグサ、ジュウゴヤソウ。またはシオン」
トゥーイはいかにも人間味のない説明口調を、なぜかメイが聞いてきた中で一番人間味のある抑揚と文法を使って話してきた。
会話の流れとしては不自然ではあるものの、とりあえず彼らの間にあった最初の話題はそこで終了を告げる。
そして新たなる開幕、とまで言う必要すらも無い解り切った議題へと移動せざるをえなくなった。
「えっと………、うん、」
再びの訪れを迎えた頭痛を誤魔化しつつ、メイは殆ど溜め息に近い声を吐く。
「………」
トゥーイは先ほどの滑らかな言葉とは打って変わって、平坦な表情で沈黙を刺し込もうとしていた。
さて、この後はどうしたものか。
「●●●●! ●●●、●●●●●っ!」
キンシが何かを言っている、その回りくどい言い回しは耳障りで、
「●●●。●●●!」
ルーフも何かを言っていたが、これも同じく聞くだけではらわたがグルグルと気持ち悪くなりそうな。
やはりどうしても、待てども待てども彼らは喧嘩を止めそうになく、それこそ日が暮れるまで戦いを長引かせようとする意気込みまでもがそこには感じられて。
……嗚呼、駄目ね。これ以上は、そろそろいよいよ動かないとお店の人にも迷惑が───。
と、メイは最後の望みとして自身と同じく植物の肉体を持ち合わせている男性の様子をうかがった。
のだが、
「フンフ~ン♪ フフフのフ~ン♪」
ヒエオラと言う名の若い男性店長は、どうやらメイが想定していた以上に賢明な思考を保有していたらしい。
もうこれ以上こんな面倒事は御免だ、自分はやるべきことがあるので巻き込まれたくない。
とでも高らかに宣言するがごとく彼は自分の仕事を、
それは例えば子供たちがすっかり失念していた、それと同じくらいの勢いで失神していた例の酔っぱらいの男性の無事を確認。簡単な治療行為等々を行い。
そして怪物と四輪車両によって強烈が過ぎるほどに崩壊された店内を、自分が出来る簡単な方法。
たとえば店の一部であった瓦礫、欠片、破片、塵芥などあまり大きくない残骸を魔法で運ぶ。
メイはてっきりこの店の店長は魔法を使えない、「普通」の人間だと思い込んでいたのだが、どうやらそれは勘違いであったと、そこで初めて気付かされていた。
店長の男性は至って当たり前のように、それこそ使えるのがふつうであると宣言している感じに、ごくごく簡単な浮遊魔法を。
……あれはお玉かしら? 金属製の調理器具で魔法を使っていた。
メイは頭の中で感嘆する、
なるほど、かつて祖父が言っていた通り。
灰笛は魔法使いの町で、魔法使いから「異常」を奪い「通常」をその面に塗りたくる街であると。
「フーうン♪ フルるるん♪」
餓鬼ども、もとい元気いっぱいな子供たちのお喋りから出来得る限り逃れるために、調子の外れた鼻歌を歌ってまで。
哀れに値するその姿を見て、やはりメイは覚悟を決めなくてはならないと、改めてそう突きつけられてしまったような、そんな感覚に陥ってきた。
しかしやらなくては、そもそもの原因は私にあるのだから。
だからこそ、この無意味で無味無臭で無様な戦いをさっさと終わらせなくては。
彼女は溢れんばかりの頭痛もそのままに、豪雨のように激しく炎のように見境がない子供達へと一歩踏みだす。
意味はありました。




