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何気ない呟きで喉を引き裂こう

 魔法使いが怪物の口、牙の生えていない口内に襲われ、追いかけられている。

 その間にも、怪物のあばら骨はにょきにょきと伸び続けていた。


 骨を変形させている。

 それは獲物を魔法使いであるハリ以外に認識している、ルーフ等の存在を体に自覚している証明そのものでもあった。


 伸びてくるあばら骨。

 まるで巣に引っかかった食料を食らう蜘蛛のように、細いそれらがルーフの元に伸ばされている。


 いくらか屈折をしながら、怪物の骨は少しずつ確実にルーフ等のもとに辿り着かんとしている。

 ついには先端が獲物の肉を、ルーフか誰かの肉を刺し貫こうとした。


 秒をまたぐほどの速さ。

 しかしながらその間に、怪物の頭部にハリの蹴りが炸裂していた。


「だおらあっ!!」


 気合の一声を叫びながら、魔法によって重力の向きを変えている。

 ルーフは刀を使わずに体だけ、足だけを使った攻撃方法が怪物の頭部を振動させていた。


 魔法使いの蹴りを食らった、怪物の頭部が激しく動かされている。

 ルーフから見て左側に、魔法使いの重さを受け取った肉体が流されていった。


 魔法使いのおかげというべきなのだろう。

 とりあえず、銃を構えた瞬間であばら骨に串刺しにされる心配は、一旦通り過ぎたようだった。


 ハリにしてみれば、ルーフふくめその他にはこの戦闘場面からさっさと逃げてほしいようだった。

 しかし、魔法使いが望んでみた所で、子供が素直に良い子に言うことを聞くとは限らなかった。


「…………ッ!」


 どうせ右足を丸ごと失ったこの体では、一人だけではろくに逃避行為も出来ないだろう。

 早くにそう予想をした。

 ルーフは少し吐き気を覚えながら、体はすでに猟銃を構えていた。


 急ぎ、袋から五発ほどの弾丸を取り出している。

 装填する、まだまだ慣れていない感覚に、その攻撃準備はそれなりの難易度を有していた。


 ルーフがもたついている。

 その間にも怪物は活力盛大といった様子で、あばら骨を次々と変形させていた。


 にょきにょきと胴体(トルソー)から、白い骨をまるで触手のように伸ばしている。

 それはまるで魚の骨を横に倒したかのような、本数はそれほどの多さを有していた。


 硬く節が多い触手を生やしながら、怪物は頭部を魔法使いの方に向けようとしている。


 怪物の攻撃意識を自分の方に向ける。

 魔法使いの作戦は、とりあえずのところ無事に成功を得たようだった。


 怪物は頭部だけでなく、今は触手の全てを空を飛ぶ魔法使いに向けている。

 捕食器官でもある口を開き、鳴き声のようなものを発している。


「haiua ハア葉葉葉 huhukiii」


 それはやはり人間のそれとは呼べそうにない、言葉としての意味を為さない叫び声でしかなかった。

 悲鳴を聞きながら、ハリは耳の向きを真っ直ぐ怪物の存在している場所に固定している。


 魔法を使う、重力の向きを操作してハリは怪物の方に落ちていく。

 刀の刃を突き立てようと、切っ先を肉の一部に沈み込ませようとした。


 だが、攻撃は上手く実行されなかった。


「……?!」


 手ごたえの少なさを怪訝に思った、ハリが密着させたブーツの間にある刃物、先端に広がる事象を目で確認している。


 刃が沈むはずだったところ、骨の隙間にある内側の肉体。

 そこでは外部の敵、つまりは魔法使いによる攻撃に反応して液体が強く密集をしていた。


 外部からの衝撃を守るために、何より肉体に潜む決定的な器官を保護するために、肉体の一部である液体が瞬間的な凝固を発生していたのである。


 硬さは、消費期限が切れるまで冷蔵庫に放置した羊羹(ようかん)、が一番近いと言うのは魔法使い個人の感覚。


 固定される訳にはいかない、と、ハリは急いで刃を怪物の体から引き抜いている。

 刃が離れた、途端に液体は元の柔らかさを取り戻していた。


 外界からの衝撃に反応して、内部を守るために外側を凝固させる。

 一連の動作の中で、魔法使いらはその生態をひとつ認識していた。


 刃物での攻撃は難しそうである。

 魔法使いがそう考えている。


 すると、魔法使いの耳がルーフの声を聞きとっていた。


「少し離れてくれ……!」


 距離がある分、ルーフは強めに意識して声を張り上げている。

 別にその様な工夫をせずとも、ハリの黒猫のような聴覚器官ならば言葉を認識する程度のことは可能ではあった。


 少年に指示を出された、ハリは考えるよりも先に行動を起こしている。


 魔法を使って怪物の体から離れる。

 ふわりと、ハリの体が無重力を取り戻している。


 魔法使いが離れた。

 そこからだいぶズレた辺りに一塊の光が炸裂していた。


 それは魔力銃の弾であり、視線を移動させればすぐにルーフが発砲をしたことを確認することが出来た。


「くそ……ッ! 外した」


 いかんせん経験不足により、ルーフは思った的に攻撃を当てられなかったことを強く悔やんでいる。


「まだ実質二回目ですからね、気を落とすようなことでもございませんよ」


 舌打ちを吐きだしそうな少年のもとへ、ハリがそのようなことを離しながらふわり、と近付いてきている。


「たかが数回で、熟練の技能を発動させるだなんて、おこがましいにも限度があります」


 ハリはけなしているような口ぶりを作っているが、しかしてルーフは相手の声に苛立ちを覚えることをしなかった。


 述べられた内容は、おおよそにおいて同意せざるを得ないものだったからだ。

 ルーフは残り四発になった銃を構えたままで、次なる一撃のための準備をする。


 やはりここは頭部を狙うべきなのだろうか。

 浅い知識を検索しながら、ルーフは再び獲物に狙いを定める。


 銃撃を食らった、そのはずの怪物はしかして平然とした様子をまるで崩していなかった。

 何ごとも無さそうにしている。

 最初にこの場面に辿り着いた、泳ぎ着いたかのように、その肉体は依然として平然さを保ち続けている。


 せめてもう少しダメージを与えたい。

 ルーフは焦燥感の中で強く願いながら、照準を怪物の頭部の辺りに合わせようとする。


 狙いを済ます、そしてもう一度撃つ。

 小さな爆発の音は震動であり、ルーフの体を大きく揺らしている。


 銃口から撃ち出された弾、魔力の塊が怪物の表面に衝突をしている。

 青色を持つ光の粒、その密集が怪物の表面をほんの少し、……少しだけ削っていた。


「…………効いてないな」


「効いていませんね」


 ルーフの見解に、ハリの声が補足のようなものを用意している。


「やはり、刃物で直接肉を切り刻まないと、きちんと眠ってくださらないのですよ」


 比喩表現のような雰囲気を持っているが、しかしルーフは魔法使いの声音に真面目な気配しか感じ取れなかった。


 つまりは、魔法使いの経験上やはり、刃物上の武器で心臓を破壊する必要性があるようだった。

 ルーフが、再び銃を構えている。


「この銃だけじゃ……、決定的な一撃足りえない……か」


 事実を認められているのは、ルーフ自身自分の攻撃に怪物の生命を奪う確信が持てていないからでもあった。


 深層心理、とでも言うべきなのだろうか。

 ほぼ無意識に近しい階層にて、ルーフは怪物の死に刃物が相応しいことを想像している。


 であれば、自分に何が出来るのだろうか?

 ルーフは行動を考えようとして、しかして選択肢の枠を上手く増やせないでいる。


 少年が悩んでいる。

 その隣にてハリもこの戦闘場面に、(あぐ)みのようなものを抱いているようだった。


「とはいえ、ですよ……。ボクの武器も液体の硬化に邪魔されて、心臓にうまく届けられないですし……」


 まるで自分自身に、丁寧に言い聞かせるようにしている。

 ハリの言葉が、ルーフの左側にある鼓膜を密に振動させていた。


「外側からダメなら、どこからアプローチをすれば良いのでしょうか?」


 質問文のようなものを言葉の上に発している。

 当然、答えはルーフの方も知り得ない、むしろ誰か都合の良い人物に案を教えてもらいたいほどであった。


 だが、同じく当然の現実として、彼らにステキな妙案を与える声など何処にも存在していなかった。


 嗚呼、そういえば……。

 思考が袋小路に進もうとしているのを止められず、そして相変わらず怪物の生命力は満ち足りている。


 困惑する、悩んでいられるうちに怪物に頭から食べられそうな、危機感が喉もとの肉に緊張感をはびこらせている。


 自分の内側の肉が酷く緊張している。

 それを感じながら、苦しい呼吸の中でルーフは何気ない呟きをこぼしている。


「いっそのこと、内側からダメージを与えられたら楽だし……ダメージもデカいはずなんだけどな……」


 無理な願望を、せめて言葉にして冗談に昇華しようとした。

 それは、少なくともルーフにとってはただの例え話、壁の染みを顔に見立てる虚像でしかなかった。


 だが、どうやら現実の方は性根の期待から遠く逸脱を計ろうとしているようだった。


「それならいいんじゃないかしら?」


「それですよ! さすがルーフ君です!」


 同時に発現をされた、ルーフの左右の耳が言葉に混乱を覚える。

 まずは女の方から注目をしようと、ルーフはそれこそほぼ反射的にミナモの方を見ていた。


 少年の琥珀色をした瞳が、驚いたかのように見開かれている。

 虹彩の中に反射されている。

 ミナモは両の手に買い物袋を引っ提げて、この場面に登場をしていた。


「ああ、ミナモさん」


 驚きもそこそこに、ハリの方でも現れた彼女についての言葉を口にしている。


「お買い物は終わりましたか? 良い商品は買えましたか?」


「もちろんやって、バッチリばっちグーよ」


 とても怪物との戦闘の場面に交わされるべきではない、のんびりのほほんとしたやり取りを交わしている。


 買い物を終えた、ミナモはたった今薬局から外に出てきたようであった。


「もうびっくりしたわ、なんか外側が騒がしいことになっとる思ったら……」


 今まであまり意識してこなかったが、どうやら怪物の出現で周辺の環境はかなり騒然としているらしかった。


 それもまた、当然のことではあった。

 生活用品売り場に人喰い怪物が現れて、何をどうすれば冷静でいられよう?


 むしろルーフは、自分が想定されるべき反応を表せられなかった。

 その事実に、今更ながらの静かなる驚愕を覚えずにはいられなかった。

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