雨の中の出会いはゴミ箱に捨てる
雨が降ってきた。
それが直接的な要因ではないにしても、事象が起きた原因の一部であることは、間違いなさそうだった。
透明な少女。
目に見えることの無い、実体たりえる実像を持たない。
読んで字のごとく、透明な姿をした少女。
「きゃ……っ?!」
彼女がどこかで、少なくともルーフの聴覚が反応できる範囲内で、悲鳴のようなものを発していた。
怯えている、恐怖の対象はルーフの視界の外側に向けられているようだった。
「え?」
ルーフが少女の悲鳴に気付いている。
しかしてその時点で、すでに少年の背後では事象が現実に発現をし終えている所だった。
ルーフが、車輪を回転させて視界を移動させようとしている。
その時点ですでに、「それ」は彼らに一個の確実なる攻撃意識を向けていた。
「危ない!」
そう叫んでいたのは、二人の人間の声だった。
片方は透明な少女のもので、もう一つはハリのものだった。
「頭、下げて!」
ハリという名前の魔法使いは、いつもの敬語を使う暇も惜しむ勢いで、ルーフに短く強く命令文を発していた。
考えるよりも先に、声色の切迫した雰囲気にルーフが反射的な行動を起こしている。
車椅子の上で身をかがめる。
すると、ルーフの後頭部辺りにかすかな重みが生まれていた。
重さ、それはルーフにとって既視感のある感覚だった。
いつだったか、前にもこうして魔法使いが自分の上に乗っかったような気がする。
魔力によって重力を削り取った、ほぼ無重力に近しい状態。
ハリはルーフの頭の上でそんな魔法を使いながら、さらに武器によって「それ」……、魔法使いが攻撃するべき対象に刃を振りかざしている。
左手に携えた刃。
それは刀のようで、しかしよく見ると所々異なる造形がなされている。
変わった形の刀が、ルーフの頭上にて軌跡を描いている。
ハリは少年の頭に爪先、あるいはそれ以外の足の部分を着けながら、まずは現れたものを掃おうとしている。
「それ」とは何か、ルーフは頭の上に魔法使いを乗せながら、この状況についての一つの答えを求めようとする。
しかしながら、少年がひとりで答えを導き出すよりも先に、透明な少女の悲鳴が明確な解を現実に用意していた。
「か、怪物だ……っ!」
酷くひきつった声。
このまま、あとほんの少しの切っ掛けさえあれば、彼女の呼吸はひとつの本格的な死を迎えそうな程だった。
悲鳴をあげた、言葉の内容がルーフの耳の奥にある鼓膜を振動させている。
彼女の言うとおり、この場所に怪物が発現していたのである。
「またですか、こんな所で……」
ハリが爪先をルーフの頭から話し、トン……と静かに地面の上に降り立ちながら、その様なことを疑問に思っている。
「今日は本当に、忙しい日です」
まったくもってどう意見のことを言いながら、ハリは刀を携えながら怪物の方に接近をする。
これでもしもハリが普通の一般市民であったとしたら、この場にいる誰かが抑制の叫びを発していたに違いない。
だが、その様な展開はこの現実には起こり得なかった。
なぜならば、たった今怪物に向かわんとしている彼、ハリは魔法使いだからだった。
その証拠と言わんばかりに、怪物と対峙するハリの体に魔力的な変化が訪れている。
それは左腕に顕著に表れている。
ハリの、見た感じではそこまで筋肉の量が多いわけでもなさそうな腕。
そこには、まるで水晶のようなきらめきが皮膚の上に存在をしている。
水晶の透明さは一定の規則性をもちながら、ハリの左腕の皮膚を支配している。
トライバルタトゥーのようにも見えなくない、一応は規則的なる透明さがわずかな光を放っている。
朱を垂らしたような色。
かすかな光、それがハリの魔力が無事に伝達されている証拠でもあった。
光を放つ、透明さは魔力の異常増殖によるものである。
そして同時に、魔法使いが魔法使いであるための、「呪い」の存在そのものでもあった。
透明な輝きを肉体に抱えながら、魔法使いであるハリは、目の前の怪物と対峙をしている。
ルーフと透明な少女、そして怪物。
彼らとの間に挟み込むようにして、ハリは武器を構えている。
刀の切っ先を怪物に、その肉体に固定する。
魔法使いの翡翠の色をした虹彩が、怪物の肉体へさらに注目をしている。
怪物の姿を見ている。
この場面に現れた、怪物はまるで海獣のような造形がなされていた。
大きな上顎と下顎、白く小さな角がかすかに鋭さを放っている。
頭部の大きさは、いつだったかどこかの道端で見た電話ボックスほど。
思えば人生において一度も使ったことの無い、対象をルーフは思い浮かべている。
イメージのなかに、かなり自然な動作で現実逃避をしようとしている。
少年をよそに、怪物は獲物を求めて上顎と下顎を大きく開いている。
口内が露になる。
歯は見つけられそうになかった。
代わりといわんばかりに、怪物の口内には大量の粘膜と思わしき液体が満たされていた。
それは肉や粘膜から自然に滲出されるものとは、また別の種類に含まれている。
怪物の主体を占めているのは、あくまでも骨のような硬さだけだった。
そして骨格を取り巻くか、あるいは硬さにまとわりつくようにして、大量の液体のようなものが満たされていた。
口のなか、そして脊髄をたどりあばら骨と思わしき部分まで下がる。
あばら骨のあたりには、それこそ本物の肉のようにその隙間を液体が埋め尽くしていた。
尾ひれは、少なくとも見た感じでは無さそうである。
頭部と首、あとは必要最低限の胴体しか用意されていない。
頭蓋骨つきのトルソー。そんな感じの怪物が、開いた口で魔法使いの体を飲み込もうとした。
危険が迫った。
ハリは当然のことながら、魔法を使って回避をしている。
魔力によって重力を削り取っている。
浮かび上がる体、上に落ちるように移動する。
「こっちです!」
ハリは叫ぶようにして、左腕に強い意識を巡らせている。
持ち主の意識に反応して、「呪い」が更なる透明さと輝きを放っている。
光に、この場面に存在している幾つかの眼球が反応をしている。怪物は、より分かりやすく魔力をたくさん持っていそうな、「美味しそう」な獲物を求めて移動している。
空に逃げた魔法使いを追って、怪物の体が活動をする。
首の向きが変わる。
横腹の部分、あばら骨が通りすぎていく。
まるで大型のトラックが通りすぎるかのような、そのぐらいの存在感がある。
ルーフは怪物の姿を見ている。
視線を向けている。そうしていると、怪物のあばら骨の一本が、ゆったりとした動作で変形をしているのを確認した。
「え?」
ルーフが驚いていると、すかさずハリが少年に危機を報せていた。
「いけません! 補食器官が作動し始めました!」
「ええ?!」
魔法使いに状況を伝えられた。
ルーフが行動に迷っていると、彼の右側から人の動く気配が感じ取れた。
それが透明な少女のものによること。
その事についてルーフが考えるよりも先に、少年の手のなかに一つの確実な重さが現れていた。
それは銃の重さだった。
魔力を撃ち出すための銃。
怪獣、あるいは怪物を追い払うために使われる武器。
それを手渡された。
ルーフは考えるよりも先に、行動を起こしていた。
銃を構える。
武器の形と己の肉体を、可能な限り一致させようとする。
そうすること。
意識を巡らせることによって、ルーフは自らの意思で怪物との戦い、戦闘の場面に参加していた。
戦いの意識を持つ。
人間の姿に、怪物のあばら骨がいくらかの反応を表明している。
ルーフは、右の指で銃のボルト部分を動かした。
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