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青色の出会いは利息つきの借用

 ルーフが撃った弾丸に、驚きの声を上げていたのはハリの姿だった。


「これはまた、ずいぶんと張り切ったのを撃ちましたね」


「? そうなのか?」


 ハリという名前の魔法使いはルーフの、銃のような武器で撃ち出した魔力の量に驚きを呈している。


「そうですよ、肩慣らしのようなものでこれだけの量を出すなんて……とんだ絶倫野郎ですよ」


 下劣なる形容をしながら、ハリはルーフの持つ魔力量に感嘆符のようなものを伝えている。

 もしかすると、それが魔法使いなりの感嘆符のつもりだったのかもしれない。


「よお分からんけど、とりあえずこれでいいんだよな?」


 自分の調子もそこそこに、ルーフは確認をしようとした。

 左側の視界で魔法使いの様子をうかがいつつ、視線はすぐに右の方へ、そこに居るはずのミナモという女の方に固定されようとしている。


 ルーフの、琥珀色をした左目に見つめられた。

 ミナモが、確認事項を伝えるよりも先に、ルーフの身に起きている異変に気づきの声を上げていた。


「あら? ルーフ君、右目がなんだかおかしいわよ」


 言いながら、ミナモは人差し指でルーフの顔面、右眼窩の方を指し示している。


「え?」


 異変を伝えられた、ルーフは咄嗟に何のことを言われているのか、理解することが出来ないでいた。

 それに、疑問を彼女に追及するよりも先に、もっと別の大きな変化が彼らのもとに訪れようとしていた。


 空気の流れに始まる、熱の膨張をルーフは左頬に感じる。

 炎のようなもの。

 何かが燃えているのかと、ルーフは咄嗟に視線を正面に戻している。


 見た先で、燃焼を起こしているものは存在していなかった。

 だが、そのかわりと言わんばかりに光源が、異様なまでに発生をしていたのだ。


「うわ?!」


 ルーフは思わず驚きの声を上げている。

 だが驚愕がその場に長くとどまることをせず、あくまでも瞬間的に通り過ぎるだけだった。


 短く驚いた、そのすぐ後に少年はこの光源が自分の行動によるもということ、そのことに理解を到達させている。


 光っているのは樹木で、そこはたった今ルーフが銃を使って魔力を注入したばかりのところだった。

 暴力的な回転の強さによって抉られた、樹皮に開かれた穴を中心に小範囲の光源が発生している。


 光は青色の気配を有している。

 青色防犯灯のような、涼やかな雰囲気を持つ青色だった。


 どことなく見覚えのある。

 感覚に記憶を探ろうとしていると、ルーフの元にハリの声が届いていた。


「おや、まるでルーフ君の右側目ン玉のようですね」


「ほんとね」


 ハリとミナモが、ルーフの左側と右側でそれぞれ感想のやりとりを交わしている。

 短い会話の間に挟まれながら、ルーフは自分の右目と同じ色をした光の気配に注目し続けている。


 青い光は、少なくともルーフの視界に置いては銃創だけに限定されているわけではなかった。

 樹木にうがたれた穴を起点として、光の粒が空間に漂っている。


 いつだったか、やはりテレビの特集で見た蛍の群れ、それによく似ている。

 光の粒は石壁、石材によって作られた廊下に柔らかな点と線を描いている。


 天の川のような連なりは、もしかするとルーフをここではない何処かに導いているのかもしれなかった。


(しるべ)が作れましたね」


 ルーフが光りに注目をしていると、視界の少し外側でハリが事実を簡単に説明していた。


「これが、古城のセキュリティのお許し? のようなものになります」


 ハリの説明に、ミナモが自然な動作で入ってくる。


「これを追いかければ、たぶん、そのうち外に辿り着くはずやから」



 魔法使いと、魔法使いではない彼女の言ったことは、どうやら嘘では無いようだった。

 いや……、何もあんな所で虚偽を用意する必要も無いかと、ルーフは一人で考え事をする。


 今は、周りには誰もいない。

 ルーフは古城の外側にいた。


 銃を使って城のメインコンピューター、の役割を持つ樹木の根を撃ち貫いた。

 そうして発生した魔力の反応をたどり、とりあえずは外側に移動することに成功していた。


 ルーフは腕の中に一つの袋を抱えている。

 それは黒色に濃い色のラインが幾つも走る、耐水性の高いスポーツバックのようなものだった。


 中身には銃が入っている。

 魔力を凝縮して撃ち出す、対怪獣ないし怪物の武器だった。


 エミルから借りたままになっている。

 ルーフはそれを城の外側に持ちだせている、この状況を不思議に思っていた。


「安全面とか、大丈夫なんかいな……」


 独り言をつぶやきながら、言葉の答えはすでにルーフの脳内にある程度用意されていた。

 時間に計算してもゴマ粒ほどの過去しかない、古城を出る際に警備員と思わしき様子の人物に呼び止めらえた。


 呼び出された理由は単純で、ルーフの持っている武器をそのままの剥き身で持ち歩かせるわけにはいかない、とのことだった。


「支給品ですからね、色々と面倒なんですよ」


 そんなことを言っていた。

 ハリは今、ルーフの近くにはいなかった。


 もちろん、今生の別れを済ましただとか、その様に喜ばしい事態になったという訳ではない。

 ハリはミナモに「ちょっと買い物したいから」の言葉一つで、荷物持ちの役割を担うことになっていた。


 ルーフは今薬局の近くに体を落ちつかせていた。


 薬局か、あるいはドラッグストアと呼ぶべきなのか。

 建物はルーフの知っているそれと、かなり様子を異ならせていた。


 まずもって駐車場がなく、建物の一階がそのまま店舗になっている。

 何もこの薬局にかぎった話ではないが、どうにも都会というものは土地をキリキリと切り詰める必要性に負われている気配がある。


 コンビニにしたって、まるで一部の隙間も許すことなく詰め込むような造りばかり。

 ルーフは故郷で見た運送トラック三台は駐車できそうな、だだっ広いコンビニの駐車場、灰色のアスファルトの広がりを懐かしんでいる。


「…………」


 長い沈黙。


 ……そういえば、とルーフは想像の世界で一つの疑問を発芽させる。

 あれから、自分たちの自宅はどうなったのだろうか?


 故郷で暮らしていた、祖父と暮らしていた時の家。

「あの事件」、忌まわしき過去よりさらに昔は、少なくともルーフにとってはこの世界で何よりも信頼のおける、安息の地だった。


 あの場所が、今どうなっているのか。

 ルーフは今まで、もしかしたらこの瞬間になるまで、本格的に思考を巡らせてこなかったような気がしている。


 考えようとしなかった。

 限りなく無意識に近しい所、だが同時に確実なる意識的働きのなか。

 ルーフは過去の罪から逃れている、逃亡劇はまだ終わりそうになかった。


「はあ…………」


 いわゆる所の漠然とした不安に、ルーフが墨を一滴垂らしたような溜め息を吐きだしている。

 呼吸による滲みが空間に広がる、周辺の空気がルーフの暗澹とした気分に浸食されている。


「あ、いけないんだ」


 少年の溜め息に対して、注意をしているのは少女の声だった。


「子供なんかが、大人みたいな溜め息をだしちゃいけないんだよ」


「……え?」


 誰かに話しかけられた、ということだけは理解できた。

 それは聞き慣れない声だった。


 他人の声、それに話しかけられたルーフは、まず最初に目で相手を探そうとしてる。

 誰かに話しかけられた。

 ということは、この場所に自分に向けて話しかけている人間がいる、そのはずだった。


「……?」


 だが、ルーフの視線は声の正体を捉えられなかった。

 見逃しただとか、それとも相手がすでにこの場所に存在していない、ということも考えられる。


 しかして、少年の考え付く予想は現実にことごとく否定されていく。


「どこ見てんのよ、ふざけてんの?」


 少女の声が、若干の苛立ちのようなものを含ませている。

 怒られているのだろうか? だとしても、ルーフは怒りを向けられる理由すらも分からなかった。


 誰もいない、透明な空間から話しかけられている。

 そのことにようやく気付いたころには、透明な彼女の方も事実をあるていど把握できてしまったらしい。


「やっぱり、わたしのこと……誰も見えていないんだ……」


 苛立ちも怒りも通り過ぎてしまった。

 透明な少女は、静かに震えるような声音を発している。


「どうしよう、どうしよう……」


 若葉にたたえられた雫のような震えで、透明な少女は今にも泣き出しそうな声音を発している。

 彼女の涙の気配が空気を、そしてルーフの鼓膜を振動させている。


 女が近くで泣きそうになっている。

 だが姿は見えない。


 ルーフの困惑を相乗させるかのように、都市の上空に広がる曇り空がより一層の濃度を増している。

 雨はまだ降っていない、今のところは。


 くすん、くすん。

 水滴があふれ、したたり落ちる音が聞こえてくる。

 

 くすん、くすん。

 それは透明な少女の鳴き声だった。


 雨が落ちるよりも先に、少女の涙がアスファルトの上を濡らしている。

 ぽたり。

 水滴の気配が、ルーフにようやく少女の居どころを把握させていた。


「そこか……?」


 ルーフは車椅子の車輪を操作しながら、水の粒が落ちた場所へと近付こうとしてる。

 気配、掴めた数少ない要素を手放さないように、強い緊迫感を体に命じている。


 ここで見逃してしまったら、もしかすると自分は、泣いている女を光景にしてしまう気がしていた。


 ぽたり、ぽたり。

 水滴、涙の粒がアスファルトを黒く染めている。


 にじむ点の数をかぞえながら、ルーフはついに透明な少女の姿を指に触れさせようとした。


 期待した、だが少年の行動はあと一歩のところで現実に否定されていた。


 冷たい、感覚がルーフの前髪、生え際の辺りに落下してきた。

 それは水滴で、大きな粒は重力に従うままにルーフの額を一筋濡らしている。


 雨だ。

 そう思った瞬間には、ルーフの周りを構成する環境は一気に雨天へと変わっていた。


 ざあざあ、ざあざあ。

 あっという間にどしゃ降りになる。


 しまった、とルーフは水によって急速に冷やされた体の中で、冷静じみた思考を働かせている。

 びしょびしょに、びしょ濡れになったアスファルトは、もう二度と少女の涙の存在を教えてくれなかった。


 それに……、雨はどうやら別の問題を、少年と少女にもたらそうとしていた。

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