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電話恐怖症のフィロソフィー

「自己紹介なんて、今はどうでもいいんですよ」


 ルーフとミナモのやりとりを否定していたのは、ハリの姿であった。


「今は、とにかくこの古城から脱出するための手段について、考えなくてはならないのですよ」


 説明口調のようなもので、ハリは自分自身に言い聞かせるように、反論文を口の中に用意している。

 ルーフの座る車椅子から指を離し、男の魔法使いは身振り手振りで問題点を主張した。


「本当は案内するはずのモアさんが、今日はなぜかすごく機嫌が悪そうで……、だからボクはこうしてひとりでどうにかしてルーフ君を外側に案内しなくてはならないのです」


 今までの状況をあらすじ的に語っている。

 しかし短くまとめられた内容ですら、ルーフにとって幾らかの違和感を覚えさせる要素を含んでいた。


「え、あいつ……そんなに怒っていたか?」


 自然な動作で首をかしげてしまっている。

 ルーフが疑問に思っている、それがハリにはどうにもしん信じがたい事柄であったらしい。


「分からなかったんですか?! ダメですよルーフ君、そんなんだから妹さんにフラれるんですよ!」


「うるせえよ?!」


 疑問点を具体的にするよりも先に、ルーフは思わず魔法使いに対しての苛立ちを炸裂させていた。


「察せられなかったのは悪いと思う! だが、ソレとコレとでは話が全然違うだろうが……!」


「ああほら、そうやってはりきって否定するといる、そのこと自体がすでにあなたにとってこの問題が正論である証拠であり……──」


 少年と魔法使いが不毛地帯のごとき無駄なやり取りを交わしている。

 しかして議論に具体的な決着をつけることは無かった。


 そんなことをしている場合ではない。

 対立関係にある両者であっても、思考の中に望む問題点は方位磁石よろしく、同様の方向に定められていた。


 彼らの思考形態をそれなりに把握している。

 ミナモが押し問答の隙間を縫うようにして、彼らに提案をしていた。


「いま、モアちゃんと連絡が繋がっているから、通話で帰り道を教えてもらったらええねんて」


 ミナモからの提案に、パッと嬉しそうな反応を見せたのはハリの声だった。


「おお! そうしてくださると、とても助かりますよ」


 感謝の意を言葉の中にたっぷりと滲ませながら、ハリはその足をひらめくようにミナモの方へと寄せている。


 彼女の了解を得ると同時に、その手の中にあったスマートフォンをそっと受け取っている。

 そしてそのまま、通信アプリに搭載されていいる通話機能をオンにした。


 それで。


「それで?」


 スマホは最終的に、ルーフの右手の中に預けられることとなった。


「何でだよ」


 焼きたてのクッキーよろしく、さっくりと手渡されてしまった通信機器。

 右の指に精密機器の重みを感じながら、ルーフはすかさずハリに疑問を投げつけていた。


 投石をするように疑問符を使う。

 ルーフは自分に通信の権限が渡された、状況に関して魔法使いに反論をしようとした。


 しかし、少年が実際に言葉を発するよりも先に、ハリの方が持論のようなものを口先に用意していた。


「すみません、ボク電話をするのが苦手なので、ルーフ君にお願いします」


「ンだよ、その引きこもりの居留守(いるす)みてえな理屈はよ……!」


 憤りにまかせた追及をしようとして、しかしながらルーフはまともに声を張り上げることすらできないでいる。

 というのも、すでにスマホの画面には「通話中」のアイコンが表示されていたからだった。


 繋がってしまっている。

 レスポンスの速さに憎悪のようなものを抱きながら、ルーフは仕方なしに少女との通話に望もうとした。


『もしもし?』


「も、もしもし……」


 たった一言発するだけ。

 それなのに、ルーフはすでに体の半分の水分を失ってしまったかのような、強烈な渇きを喉の奥に憶えていた。


 これは言語だけのやりとりである。ゆえに、視覚的情報は必要とされていない。

 頭ではそう理解しているつもりでも、ルーフはスマホを片手に背筋をぴんっと整えずにはいられないでいる。


 少年が無駄な所作に体の筋を凝らせている。

 彼の緊張を他所に、電話口におけるモアの語りはいたって落ち着いたものでしかなかった。


『ごめんなさいねー、なんだか色々あっちゃって、帰り道のことをすっかり忘れちゃってたの。ダメねー、これじゃあガイドさん失格ね』


「そんなこと、ないと思うけどな」


 そもそも、その様な役回りを意識していたこと自体が、ルーフにとって初耳であった。

 だがそれをあえて言葉にすることをしない、その程度の社交辞令はルーフであっても用意することができていた。


 モアが引き続き電話口で語る。


『帰りみちの検索の仕方よね? ええ、それくらいなら電話だけでも充分説明することができるわ』


 そんなことを言いながら、モアはルーフに向けて色々と指示を出している。


『そう、ね……。まずは、近くに端末の気配がないかしら?』


「ん、え? 端末?」


 一瞬専門用語かと思った。

 だがそれはただの単語でしかなく、だからこそルーフは意味と合致する要素を見つけ出せられないでいる。


「そんな、電子機器がこんなところに転がっているのか?」


『ああ、そうね、言い方が悪かったわ』


 少年の勘違いをモアはすぐに訂正している。


『端末っていうのは、ほら、桜の樹の根っこのようなもので……」


「ああ、それが、か…………」


 完全な納得を考えようとするよりも先に、ルーフは言葉に該当する要素を視界の中に認めていた。


「それなら、今ちょうど目の前にぽいのがあるが…………」


 言葉を区切りながら、ルーフは片手だけで車椅子の車輪を回している。

 体の向きを右に傾けながら、ちょうど視界の中心に樹木の根が見えるようにしている。


 方向転換をしている間にも、モアは電話の向こう側でルーフに指示を発し続けていた。


『そこまで来たら、もうあとは簡単よ。樹の根っこに直接、あなたの魔力を注ぎ入れればいいのよ」


「へー」


 納得をしかけて、しかして思いとどまる。


「へ? 魔力を、って……ンなもんどうすればいいんだよ」


 方法を教えられたところで、実行するための知識や経験がほとんどゼロに等しい。

 圧倒的な経験不足に、しかしながらモアは平らかな様子を崩そうともしなかった。


『そのへんは、個人の自由だからー。ルーフ君の好きな方法で、勝手にやればいいんじゃないかしらー』


 そのまま電話を切ろうとして、モアはその前に思いとどまるような吐息を作っている。


『ああ、そうだ、最後に一つ言っておかないといけないことがあるの』


「ん、ええ? 何だよ」


 魔力の注入方法について考えようとしていた、ルーフの思考にモアの言葉が重なってきている。


『とある哲学者が言うには、人間はもともと球体だったのよ』


「…………」


 何を、何についてを言っているのだろうか?


「それをね、神様みたいな何かが許さなくて、丸だったものを二つに割っちゃったの。片方が女で、もう片方が男」


「…………」


「つまりはそういうことよ」


「…………。いや……どういうことだよ?!」


 がちゃり、ぷっツーツーツー。

 電子機器同士の透明な断絶された効果音が、孤独にルーフの鼓膜を振動させていた。


「なにか言ってましたか?」


 通話が終了するや否や、ハリからの問いかけがルーフの左耳に届けられている。


「何も、特別そうなことは言っとらんかったよ……」


 ルーフにしてみれば、その程度の説明しか出来そうになかった。

 だがもちろん、それで魔法使いが納得するはずもなく、ルーフは致し方なしと明確な言葉で少女の提案を復唱している。


 ルーフとしては、せめて魔法使いも戸惑いの色を見せてほしいというのが、何よりの期待ではあった。

 そうすることで仮に古城に閉じ込められるとしても、不明瞭に対する共感者を求めるのが目先のよくでもあった。


 しかし、どうやらハリは少年の希望に答えようとはしなかった。


「ああ、なるほど」


 肯定の意だけを、まず最初に簡単に表明している。

 ハリは、魔力の注入に関しては特になにも問題に思っていないようだった。


「そんなもの、うわーってやって、ぎゅーってすればいいんですよ」


「……絶望的レベルで抽象的な説明、ごくろうさん」


 魔法使いにはなにも期待できそうにないと、ルーフは早々に諦めをつけている。

 せめて最後のよすがとして、ルーフはミナモの方に疑問の視線を向けていた。


 だが、少年がすがるような目つきを送っても、ミナモの方でもすぐさま不理解の意向が示されていた。


「ごめんねえ、私も魔力の運用は得意やあらへんのよ」


 自分の専門外であると、ミナモは心から申し訳なさそうにしているようだった。

 

 さて、望むべき道がすべて途絶えてしまった。

 ルーフが静かな失意に身を沈み込ませようとしている。


 すると、少年の左側でハリが再び言葉を発していた。


「そういえば、銃、あずかったままですね」


「え?」


 いきなり何を言い出したのかと、一瞬だけ怪訝そうな視線を魔法使いに向ける。

 だがすぐに、ルーフは彼が魔力銃のことを言っているのに気付いていた。


「ああ……、そういえば、借りたままになっているな」


 そのままの意味で、何の捻りもなく、ルーフはその事実をたった今思い出していた。


 エミル。ちょうどここにいるミナモの夫であり、モアにとっては兄にあたる若い魔術師。

 古城の最上階にある植物園、城の主の庭にて起きたトラブル。その時に、ルーフは彼から一丁の武器を手渡されていた。


「返しそびれたな」


 借りた銃。

 まるで狩猟に使用するライフル銃のようなこしらえがなされている。


 実際に火薬を爆発させて、金属の回転力で肉を抉り取るものとは異なっている。

 その銃は魔法武器で、もっぱら怪物や怪獣などの魔的なる存在のために使用される武器だった。


 そんな感じの、魔力銃は今ルーフの座る車椅子の背もたれ部分に引っ掛けられている。


 これを使えば、おそらく普通の人間であっても大概の怪獣、怪物は対処できてしまうだろう。

 簡単さ、銃が刃物よりも武器として求められる要素の一つ。


 もちろん使う本人の意識、攻撃のための心が必要不可欠であるという、前程は求められるのだが。 

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