二つ重なる世界、圧迫される舌
自らを中年の男性であると、そう主張している子供用の自転車。
シイニという名の彼? は、引き続き自分のことについてを語り続けていた。
「自分がいま、ここに存在し続けられているのは、一重にとある集団の功績であると考えられるであります」
「集団?」
シイニが語っている内容に、キンシがぴくり、と子猫のような聴覚器官を反応させていた。
魔法使いの少女、あるいは彼女の周辺にいる同業者たちが言葉、単語に反応を示している。
それを車体の表面に感じ取った、シイニは引き続き「集団」についてを語ろうとしていた。
「とはいえ、実のところ手前にも彼らのことはよく分かってはおらんのですよ」
シイニは、それらしい前置きをひとつおいている。
取りあえずは、今のところ自身に開示できる範囲の情報を、魔法使いらに伝えていた。
「名称が、……たしか、「ハルモニア」とかだった気がしますね」
シイニが固有名詞らしきものを音声に発していた。
名前を聞いた、現実にいち早く反応を示していたのはメイの姿であった。
「それって……!」
鳥人に属する彼女の白い羽毛がブワワ、と膨らんでいる。
見た目は小鳥のように小さい。
幼女の姿を持つ、彼女がしかして女児らしからぬ陰りを瞳ににじませている。
メイの反応を見た、シイニが語りを中断して彼女に問いかけている。
「おや? そこの女性は何かご存じである様子かな?」
確認をするようにしている。
自転車からの問いかけに、受け答えをしたのはオーギの声であった。
「存じるもなにも、おれたちも丁度、ついこの間、その集団の被害に遭ったばかりなんだが」
この場面にいる魔法使いのなかで、一番責任感の強い彼がそう言っている。
それを聞いた、シイニが驚いたように鈴をチリン、と鳴らしていた。
「おや! おやおや、それはなんとも……奇遇でございますね」
ありきたりっぽい相づちを用意している。
しかして、シイニの方でもこの状況の特異性を車体に感じ取っているようでもあった。
「であれば、話はそれなりに早く済みそうですね」
シイニは大げさに喜ぶような雰囲気を、声のなかに含ませている。
自転車の彼が演出する言葉が、魔法使いたちの歩く灰笛の大通りに響き、溶けて消えていく。
若者たちの足音を聞きながら、シイニはかいつまんだ事情説明をしていた。
「とにかく、手前はそのアヤしい集団の協力のもと、とある御仁の手によってこの世界に召喚せしめられたのでございますよ」
それだけのことを言うと、シイニは前輪を前に少し回していた。
話を聞いた。
質問をしていたのは、後方を歩いていたオーギの声だった。
「事情は、いちおう分かったが……。だけども、いったいどうしてあんたはこの世界に召喚されたんだよ?」
過程を知った後で、オーギはすかさず理由についての説明を求めている。
質問をされた。
しかしシイニは、今度の問いにはすぐさま解答を用意することをしなかった。
「それを、……ここでご説明するのは、ちょっとはばかりがございますねえ」
シイニがそう主張している。
それを聞いた、キンシが子猫のような耳を小さく動かしている。
「なにか、秘密の約束があるのですか?」
キンシがそう問いかけている。
シイニは、やはり曖昧な返事だけを発するばかりであった。
「その辺の事情も、とても手前からは勝手にお教えできそうにないのです」
シイニの主張を聞いた、キンシは少し考えにふけるようにしている。
「そうですか……。となると、どこか落ち着けるような場所が必要になりますね……」
魔法少女が考える。
自分の知りえる土地の中で、この展開に最もふさわしいとされる場所を検索しようとした。
結果、魔法使いたちは崖の上、そこにあるシグレのパン屋に集合していた。
「……、なんでだよ」
港湾が広がる海岸、その上にぽつりと立つ一軒のパン屋。
そこの店主である、サワダ・シグレはその白い体をポヨン、と膨らませていた。
「その案で、この店が選ばれたとなると、あまり名誉な気分にはなれそうにないね……」
シグレはかなりオブラートに包んだ文句を、魔法使いたちに呈している。
シグレの主張を、キンシら魔法使いたちがそれとなく聞き流している。
その間に、シイニが店主の姿を見て驚きの声を上げていた。
「これは驚いた。まさか、自分と同じ存在に出会えるとは!」
自転車の姿をした彼が驚いている通り、パン屋の店主はこの世界における一般的な人間のそれには含まれてはいなかった。
まるでウーパールーパーを、子供が抱えられるぬいぐるみ程度に拡大させたかのような、そんな姿をしている。
シイニは、そんな店主に興味津々といった様子だった。
「ねえねえ、そこの御仁はどんな世界から来たのですか? 電車はありましたか? 携帯電話は? ああ、あと最後に見たコンピューターゲームのタイトルは思い出せますか?」
まさに矢継ぎ早といった様子で、シイニは自分と同族であるパン屋の店主に質問を投げかけている。
自分が異世界転生者であること、その自覚を持っている。
そんな人物に、シイニはほとんど遭遇してこなかったかのような、そんな新鮮味のある驚きを次々と車体に発している。
それに対して戸惑っているのは、シグレの小さく白い姿であった。
「え、ええと?」
突然の質問。
いや、それ以前に突然の訪問者。しかもそれが自分と同じ異世界転生者であること。
何の予備動作もできないうちに、次々と新しい情報が更新されている。
シグレは一人で対応できぬうちに、ただ唇にもごもごとした呟きを発するばかりであった。
「いや……少なくとも、自分の暮らしていた世界にスマートフォンは存在してはいなかったよ」
パン屋の店主である、ウーパールーパーの姿をした彼がそう伝えている。
それを聞いた、シイニが静かに鈴をチリン、と鳴らしていた。
「ああ、そうか……そうだよな」
誰に向けるわけでもない、独り言のような声の低さで、シイニは事実を自分の中で確認している。
「どうやら、このパン屋の旦那は、手前が生きていた世界とはまた別の場所のようです」
シイニがそう判断をしている。
それを聞いた、キンシが大きめのうなずきをしていた。
「それはそうでしょう。ただでさえ異世界召喚がまれなる事態というのに、ここで世界が被るなんてそれこそ砂漠の中でコンタクトレンズを探すようなものですよ」
言ったあとでキンシは、「まあ、僕コンタクト使ったことないんですけども」と、あまり必要でもない補足のようなものを入れている。
魔法少女の言葉をよそに、シグレはとにかく訪れた客人についてを把握しようとしていた。
「まったく……、キミたち魔法使いはどうして、そうも毎日毎日厄介ごとに首を突っ込めるんだろうね?」
皮肉のようなものを言っている。
だが、それは対象である本人にあまり意味を為さなかった。
「いやあ……、それほどでも……」
キンシが、なぜか恥ずかしげに恐縮のようなものを表している。
シグレの言葉の、どこをどう取ったら賞賛と認識するのだろうか?
魔法少女が不可解なリアクションをしている。
それを横目に、メイはそんなことよりもと、この場に訪れた理由を店主に説明しようとしている。
「えっと、このリラン・シイニさんが、じぶんをこの世界にしょうかんした人を探したい。って、いっているの」
自転車の姿をした彼が述べた、内容をメイはかなりかいつまんだ言い方に変換している。
目的は、幼い魔女が語っている通り。
子供用の自転車の姿をした彼、シイニは自身をこの世界に召喚した人物を探しているらしかった。
「なんでまた、そんなことを?」
シグレが問いかけている。
その内容に、シグレは前輪を少し前に回転させていた。
「当然、元の世界に戻るためでございますよ」
パン屋の床、ニスがふんだんに塗られている木製の床の上、そこでシイニは車輪を小さく回転させている。
「異世界に転生して、役目を果たしたらまた元の場所に戻る。それは、何も特別なことでも無いでしょう?」
シイニは、その車体をトゥーイに支えてもらいながら、ひとり主張を行っている。
「そういうもの、なのかしら?」メイが、彼の心理を図れずにいる。
彼女が魔法使いに、近くにいるキンシに問いを投げかけようとして、その紅色をした瞳を左斜め上に向けている。
幼い魔女が見上げた。
目線の先にてキンシが、魔法使いの少女が疑問にうなっているのが見えていた。
「へえ、へええ? そんなことを考えているんですか」
そんなことを言っている。
魔法少女の驚きそのものが、メイにこの事態の特別さを言外に表現していた。
シイニの主張に、シグレも疑問を隠しきれないようだった。
「もとの世界に、戻りたい……か」
シグレが感慨深そうに、黒真珠のような目をどこか遠いところに向けている。
それを見て、キンシがシグレに問いかけていた。
「シグレさんは、そんな風に考えたことはありますか?」
魔法使いからの質問に、シグレはまず首を横に小さく振って否定の意を表していた。
「考えたこともないなあ。っていうか、この世界にたどり着いたのも、自分にとってはちょっとした事故みたいなものだったし……」
人為的であるか、それともただの自然現象でしかないのか。
この差は隣り合わせにありながら、決して交わらない、決定的な差異であるらしい。
ともかく、シグレではどうやら自転車の彼の相談事を解決に導くことは難しそうであった。
むしろ、このパン屋の主人は自転車の姿をした同族に、強く静かな警戒心を抱いている風でもあった。
「記憶ありの転生者なんて……」
今のところ知り得ている情報を、総合した呼び名を使っている。
シグレはそんな子供用の自転車、にしか見えない彼に目線を向ける。
「また、ずいぶんと厄介なお客さんを連れてきたもんだ」
シグレは、シイニの来訪を喜ばしくは思っていないようだった。
半分は冗談めかして、もう半分、あるいはそれより多めの叱責を魔法使いらに差し向けている。
「勘弁してくれよな。ウチだって、無理に他人に優しくできるほどの余裕がある訳じゃないんだから……」
シグレはそう言ったあとで、「まあ、同族のよしみで場所くらいは貸すけども」と、半分より少ない協力を提供していた。
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