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一方その頃の彼ら

今なら、

 喧嘩をしている魔法使いにトゥーイと呼ばれる青年は、手持ちぶさたにハンカチーフを握りしめている。

 

 血色が悪すぎる指の間に握られている、ペットボトル飲料のオマケとして入手したハンカチ。


 灰笛の地元キャラクター「はい丸君」の、感情の見えない笑顔マークが安っぽい白地の布に軽々しく印刷されている。


 トゥーイと呼ばれている青年はこのハンカチでいつも、「先生」と呼称して慕うキンシの鼻出血を処理しているのだが。


 しかし今、出血を起こしている当の本人はどうやら、鼻の穴から湧水のごとく次々と噴出している己の体液のことなどまったく眼中になさそうであった。


 いや、もともと鼻血なんてものは本人の目に映るものではないが。

 

 青年は魔法使いの様子を見て、眉間にわずかなしわを寄せながら能天気なことを考えていた。


 

 そして。


 同じく喧嘩をしている、赤毛の少年からメイという名の妹として扱われている幼女は、少し伸びてとんがっている薄桃色の爪をこめかみに当てながら沁みるような頭痛にさいなまれていた。


 来ている服、今の自分として生まれてからあまり外出の機会がなかった彼女にとって久しぶりで、きっとこの後はしばらく訪れることのないであろう機会。


 兄である少年と遠出するときにはいつも着ていたお気に入りのワンピース。


 まだ故郷で暮らしていた時にたまたま手に入れた人間の肌にやさしい布、子供服を作るのにまさしくふさわしい素材。

 

 偶然、本当に偶然安価で手に入れることができたそれを使って彼女自らが縫い上げたワンピース。


 縫ってみたものの、いささかデザインを張り切りすぎてしまいどうにも着るのをためらっていた一着。


 タンスに仕舞い込まれ、半ば肥やしと化していた一着。


 そして今日という日、確実に兄とともにわずかな時間でもともに歩くことができる今日。

 

 そういう日に結局、あざとくも着ることにしたワンピース。


 結局自分が怪物に喰われてしまったことにより、兄に褒めてもらうより先に台無しになってしまった素敵な服。


 幼女はやがて、溢れそうになっている言葉を必死にこらえるように着ている服を、布に傷がつくのも構わずに強く握りしめ始めた。


 ぎりぎりと、ぎりりぎりりと。


「女性の方」


 トゥーイがメイに声をかける。

 

 自分に向けられている音声に反応したメイは青年を見上げる。


「女性の方、推奨できません」


 トゥーイは不思議そうな表情を浮かべているメイにかまわず、勝手に言葉を続ける。


「指の柔らかさを否定できず、天国の踊りに似た衣服、声を出して敗れてしまいます」


 メイは言われた言葉を理解するために、しばし頭痛を忘れて思考を整える。


 そして自信なさげに答えを導き出した。


「えーっと、お洋服の心配をしてくれている、のよね?」


 トゥーイは無言で首を縦に振る。


 メイは二人の子供が絶え間なく発している喧騒から少しだけ離れた意識で、青年に向けて微笑みかける。


「教えてくれてありがとうね、私ったらだいじなお洋服に傷をつけるところだったわ」


 青年は無言で、幼女の顔に埋め込まれている薄紅色の瞳を見つめた。 

困難ですら。

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