プレゼントは子供用の自転車、ボディーは赤
男性の声に、キンシがあからさまに驚いた様子を見せていた。
「ん、あれ?」
フードの耳あて部分。
子猫のような聴覚器官をもつ少女似合わせて縫われた、フードの耳部分がピクリ、と動いていた。
キンシが首を、視線を後ろに向けている。
そして、自分の後方に歩いていた彼らに質問をしていた。
「お二方、なにか言いましたか?」
魔法使いの少女が質問している。
少女は先ほどの声を、自分の後方を歩いていた男性陣のものだと、そう思うとしていた。
想定しようとしていた。
だが同時に、少女は規定からの逸脱を期待していたのかもしれない。
魔法少女は自分の想像が外れてくれやしないか。
そんな期待が全く無かったと言えば、それはそれで、魔法少女にとって虚偽の内に含まれていた。
そして、少女の期待はとりあえず現実に沿うような流れを生み出そうとしていた。
まずオーギが、少女にとって先輩にあたる若い魔法使いが、彼女の問いかけに解答を伝えていた。
「いいや? 今のは……おれのじゃないな」
今しがたの一言が自分のものではないこと、まずそれを意識的に強く主張している。
言葉を発しながら、同時にオーギは音声の発生源にある程度の目途をつけているようだった。
声のした方角。
先輩魔法使いが見ている先。
そこには青年の姿が、トゥーイという名前の魔法使いの姿を確認することが出来ていた。
オーギが見ている先、彼に視線を誘導されるような格好で、キンシもトゥーイの方を見ている。
若い魔法使いたちに見られている。
注目の中心点にありながら、トゥーイは特に表情を動かすことはしなかった。
「…………」
決まりきった無表情のままでいる。
トゥーイの様子は平坦で、平らかな態度はある種の安寧さえも感じさせた。
落ちついていられる理由は、ただ単に注目の的が自分自身に向けられてはいないこと、それに集約されていた。
見られている場所、トゥーイが右の腕に抱えている子供用自転車、そこが視線の中心点だった。
「あの……」
青年の腕の中に抱えられている、「それ」に向けてキンシが声をかけていた。
傍から見れば、なんて、客観的視点を持つ必要すらも存在していない。
キンシは、どこからどう見ても無機物に話しかけている、少なくとも言語におけるスムーズなコミュニケーションなど成立はしない。
そんな対象に話しかけている。
ある種の羞恥心を抱くべきであろうシチュエーション、そのはずだった。
だがキンシの心には、本人ですら軽く驚くほどに恥ずかしさが不足していた。
返事が返ってくることを確信している。
魔法少女の期待に応えるかのようにして、トゥーイの腕の中から同じ声が返ってきていた。
「? 手前に何かご用かな?」
間違いなく人間のそれと同じ声色だった。
呼吸の気配、言葉を発し終えた後の沈黙すらも表現できている。
男性の声、それは間違いなく、紛うことなく子供用自転車から聞こえてきている声だった。
自転車の彼が、引き続き会話をこの空間へと展開させている。
「いやあ、先ほどは助かりました」
礼を伝えている。
どうやら「彼?」は、観覧車の箱の中に閉じ込められていたらしい。
「昨日から記憶が曖昧なんだが、どうにも自分はとある人物によってあそこに密閉されてしまったんだよ」
わりかし冷静な語り口にて、子供用自転車の彼は自らに起きた状況について語っている。
「自分は確かにお嬢と共に屋敷へ帰ろうとしていたはずなんだが……。いやはや、どうしてこんなことになってしまったのだろうか……」
子供用自転車は冷静な言葉遣いで、自らの行く先を切に案じているようだった。
さて、彼の言葉に対して、果たしてキンシがどの様な返事をするのか。
青年や先輩が、少しだけ期待を込めた視線を向けている。
注目の的が子供用自転車から、少なくとも形は人間らしき造形にのっとっている少女へと移っていた。
彼らが注目している。
しかしながら、キンシは今のところ他者の視線を意識できる、そんな余裕すらも持ち合わせていないようだった。
「そ、そうなんですかー……」
たったそれだけのことしか言えないでいる。
どうやらそれが、現時点における魔法少女の好奇心の限界であるらしかった。
キンシが早々に会話をリタイアしている。
だが、そのかわりと言わんばかりにメイが確信的な質問の手を伸ばしていた。
「ねえ、ききたいことがあるのだけど」
幼い体の、見た目は完全に獣人の幼女にしか見えない。
そんな彼女に問われた、子供用自転車は先ほどから比較して、さらに声音を優しくしながら受け答えをしている。
「なにかな、小鳥の可愛らしいお嬢さん」
子供用自転車の声がメイの事を、彼女が属している鳥人のような種類の人間に対する、お決まりな褒め言葉のようなものを軽々と使用している。
そうしている間にも、自転車はあくまでも自転車としての姿しか持ち合せていなかった。
現時点では変化の無い、男性の声に向けてメイが質問文を投げかけている。
「どうしてあなたは、そんな姿になってしまったの?」
かなり核心を突いた質問だった。
だが、それ以上にこの子供用自転車に問いかけるべき言葉など、他にあるだろうか。
有無に関しては、もちろん様々な意見があるに違いない。
きっと、この場面にいる若い魔法使い(あと幼い魔女が一名)であっても、それぞれに種類の異なる疑問点が、すでに多数生まれていることだろう。
しかして、そのどれもが魔女の追及に帰路を果たすべきものだった。
問いかけられた、子供用自転車の彼が受け答えをしている。
「ああ、そういえば、自己紹介がまだだったね」
大事なことを思い出したかのように、子供用の自転車は前輪部分を少し斜めに傾けていた。
という訳で、道すがら、歩きながらで自己紹介の時間が始まっていた。
まずもって、子供用の自転車は自分の名前を名乗っている。
「手前の名前はシイニ。リラン・シイニというものです」
「リランさん、シイニさん?」
名前を教えてもらった、キンシが彼? と思わしき対象の呼び名について考えている。
それに対して、シイニが軽く返事をしていた。
「シイニで結構だよ、名字でよばれるのは性に合わない」
呼びかたが決まった。
キンシは引き続き清聴をするようにして子供用の自転車、シイニの言葉に耳を傾けている。
シイニは、まずもって自分がこのような状態、造形になるに至った経緯を簡単に話していた。
「何も隠すことはございません、自分は彼方の地よりここに召喚せしめた、異世界の血肉を持つ存在なんです」
どことなく古風な語り口で、シイニは自分が異世界よりここに発現した存在であることを、自らで説明しながら主張していた。
異世界の人間、としての意識を持つ自転車に、まずもってオーギが追及の手を伸ばしていた。
「おいおい、異世界から来たってのは……まあ、別に珍しくもないとして……──」
前提を踏みながら、オーギはシイニに対する疑問点を言葉の上に用意している。
「それにしたって、何でまたそんな……」
言いかけた言葉を、オーギは舌の上で検索し直している。
若い魔法使いが直接的表現を避けようとしている、それを察したシイニが表現すべき内容を先んじて明記していた。
「こんな、どこにでもありそうな生活用品の姿になっている。ってのが、この世界ではとても珍しいことなんでしょうね」
異世界より来たれり本人が、そんな風に語っている。
その内容に、メイが知り得ぬ情報についての疑問をキンシに伝えていた。
「そういうものなのかしら?」
彼女が疑問に思っているのは、なにも異世界から生命体が訪れる事柄についてに注目したものではなかった。
メイはあくまでも、シイニの造形が自転車のそれと同じことについて、その状態が普通ではない事実に疑問を抱いているらしかった。
すでに、いくらかは灰笛に暮らす人間、魔的な関係者らしい反応を見せるようになった。
魔女に少しばかりの感慨深さを抱きながら、キンシは先輩魔法使いが抱いた疑問について、魔女に解説をしていた。
「怪物と呼称される存在は、普通は……もっと、柔らかそうな造形をしているんですよ」
「やわらかい」
「ええ、もっとぷにっと、むにゅっとしていなければ……あ、」
抽象的な説明では物足りないと、キンシは手頃な説明を行える対象を探そうとした。
視線を右に、左に。
上に向けた所で、キンシが瞳をキラリときらめかせていた。
「ああ、ほら、ちょうどあそこに見えるものがありますよね?」
キンシはメイに質問をするようにしている。
魔法少女が何を見ているのか、メイは彼女が着けている眼鏡のまるいレンズ、そこに反射しているものを視界にさがそうとした。
さして時間をかけることをせず、メイは灰笛の上空に巨大な怪物の姿を認めていた。
都市の上空を飛んでいる……、いや、泳いでいるといった表現の方が正しいか。
巨大な魚のようなもの、都市の風景として存在している。
空を泳ぐ魚、あれも怪物の一つであるとキンシが説明している。
だが、ここで少女が解説しようとした内容は、メイもすでに知っている事柄であった。
「ええ、それは知っているけど……」
魔法少女の言葉を全て聞く前に、メイは早くに彼女の主張したいことに理解を至らせようとしていた。
「たしかに、あの空をおよいでいる怪物さんは、おさかなみたいで……──」
「柔らかそうなボディ、でござんしょ?」
幼い魔女の言葉を追いかけるようにしてたのは、シイニからの音声だった。
子供用の自転車の姿をしている。
メイとキンシの会話に介入している、声はやはり人間のそれと全く同じものでしかなかった。
「手前がこの世界で、この姿になったのは、一重に召喚したお方の意向が……」
シイニがそう語りかけた所で、場の空気が一瞬に変わっていた。
「…………ッ?!」
まずはトゥーイが、それまで規則正しく継続していた歩行速度を、まるで急停止を食らったかのようにしている。
動きを止めた、慣性の法則に従って青年の手の中にあった林檎、によく似た赤色の宝石のひと塊が灰笛の地面に転げ落ちていた。
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