好きな食べ物と美人の舌を待ちぼうけ
少年と少女、もしかすると魔法使いも含まれているかもしれない。
彼らが幼女の姿を求めている頃。
別の日付、別の場所で雪のような髪色をした幼女が困惑の声を上げていた。
「どうして」
メイと言う名前の幼女。
もとい幼い体の魔女は、唇に疑問符を含ませている。
「どうして? こんなところに自転車が、あるのかしら?」
魔女がそう質問をしている。
それに答えているのは、キンシという名前を持つ魔法使いの少女であった。
「それは……」
魔法使いの少女は、メイに解答のようなものを用意しようした。
だが、発しかけた言葉を魔法少女はすぐに喉元へと押し込んでいた。
「それは……、僕にもよく分かりません」
こんな所で変に虚偽、ないし虚勢のようなものを発揮しても仕方がない。
と、そう判断できるほどの余裕があるのは、ひとえにこの場所が戦闘の場面ではないから。
戦いはすでに終わって、事後処理のための作業を魔法使いたちは行っていた。
灰笛に暮らす魔法使いとして、彼らは複合施設にある観覧車、そこに発現しようとした魔力要素と怪物の退治を行っていた。
戦闘の終わりに、トゥーイという名の青年魔法使いが観覧車の内部に違和感を覚えていた。
違和感の元を探し出し、観覧車の箱充満していた魔力鉱物の塊を見つけ出した。
キンシが手持ちの武器で鉱物を割ると、中に現れたのは。
「子供用自転車?」
あらわれたそれを見た、オーギという名の先輩魔法使いが狐につままれたような表情を見せていた。
彼が見たままの感想を口にした。
その後にオーギは問われるべき疑問についてを、とりたててためらうことも無く、そのまま言葉に変換していた。
「何でまた、ンなもんがこんな所で、石に閉じ込められているんだよ?」
先輩魔法使いが問いかけている。
それに返事をしたのは、トゥーイの音声であった。
「肯定する。知識欲の汎用と泡沫」
青年の首元にチョーカーのように巻き付けた、発声補助装置から電子的な音声が発せられている。
オーギは青年の音声を聞いて、しかして内容を理解することが出来ずにいる。
慣れきった動作の中で、オーギは後輩である魔法少女に視線だけで翻訳を求めていた。
先輩魔法使いの視線を受け止めた、キンシが特にまごつく様子もなく、今回はすぐに要求された分の解答を唇に用意していた。
「僕もよく分かりません、どうして魔力鉱物の鉱床がここに発現して、しかもそこから人工物がそのまま発掘された。まったくもって、摩訶不思議」
「的な事を言っています」という後輩の言葉だけを耳にしている。
聞きながら、オーギはすでに目下の行動を頭の中に思い描いているようだった。
「とりあえず、早い所箱から退散しておこうぜ」
後輩たちに指示を出しながら、オーギは視線を箱の外側にチラリと向けている。
先輩魔法使いが視線を向けた。
「……、……?」
そこでは、複合施設の関係者が飛行機構に乗りながら、まさに怪しむような視線を若い魔法使いたちに差し向けていた。
飛行機構の薄いプロペラが、ぺろろぺろろ、と関係者の体重を受け止めて回転をしていた。
さて、厄介な、実に厄介なやり取りをある程度交わした。
その後に、魔法使いたちは無事に仕事終わりの帰路に着こうとしていた。
「といっても、まだまだやるべき仕事はたくさん残されていますけれどね」
キンシがいかにも訳知り顔といった様子で、メイに今後の動向についての説明をしている。
「まずは回収した怪物さんの死体を、計測のために事務所に運ばなくてはならないのです」
魔法少女の説明に、メイはわざとらしくうなずく素振りを見せずに、あくまでも自然な動作として声を聞き入れていた。
彼女の聴覚器官。
鳥人族の中にかすかな木々子と呼ばれている、植物の特徴を体に宿した人間の種類。
彼らの身体的特徴である、椿の花弁のような形状をした聴覚器官。
基本的にはヒトのそれと同じように動くことの無い。
だが、キンシは動作を必要とせずに、メイが自分の言葉を聞いている確信を勝手に作っていた。
本当に相手が自分の話を聞いているかどうか、そんなことをわざわざ確認した時点にて、その会話は失敗作にしか成り得ないのである。
聞いているか、聞かれているかも分からないままで、しかして明確な理由を求めることを魔法少女はしなかった。
「怪物さんのお肉一つにつき、大体僕らの今日の晩御飯のおかずが一品まかなえるぐらい、でしたっけ……?」
皮算用をしながら、キンシが具体的な数字についてオーギに確認をしようとした。
後輩である魔法使いに問いかけられた。
しかし、オーギは明確な回答をすぐには用意しなかった。
「その辺は、モノの状態とか品質も関係してくるからなー……」
いわば、生鮮食品を取り扱う感覚と似ているらしい。
「ケースバイケース。なんだが……」
いかにもな言い回しを使いながら、オーギはしかして明確な視線を後輩の内の一人に向けている。
「でも、トイ坊が発案した保存術式のおかげで、ウチはかなり自由の効くやり取りをやらせてもらっている、って感じだな」
オーギが見ている。
その先では、トゥーイが右の片手に一粒の林檎、によく似た赤い宝石を携えていた。
林檎のように見える宝石。
赤色の、それは怪物の肉片を凝縮させた、いわば怪物のための箱と呼ばれるものだった。
メイが、青年の手の中にある林檎を改めてまじまじと見つめている。
「でも、体をとじこめても、心臓をこわさないと生きつづけるって、あらためて考えてもすごいわね」
つい最近、事務所の資料を呼んで知り得た情報。
怪物の生態について、メイが驚きの言葉を発している。
魔女の感想を聞いた、だが魔法少女はこの言葉に素直な共感を見せることは無かった。
「んー? そうですかね、そんな驚くようなことですかね?」
魔女が感情を動かしている、内容がどうにもキンシには理解しがたい事柄であったらしい。
「人間だって、内外関係なく形が崩れたとしても、意外と命は続けられるものですよ」
「……そう」
当たり前のことを語っているようにしている。
メイはそこで、もしかすると話題に上がる対象が、キンシに関係している人物に関連しているのではないか。
そんな想像をめぐらせた。
考えたこと。
しかして、メイはあえてそれを疑問文にしようとはしなかった。
考えるまでもなく、この疑問は今使用するべき内容ではない気がしていた。
そう……、自分たちにはもっと他に気にすべき、気にとめるべき事柄が目の前に用意されているのである。
「まあ、あれだ……」
近年の恥ずかしがり屋なティーンエイジャーよろしく、沈黙ないし無言の空間に甘えようとしている。
そんな後輩たちの様子に一石を投じるが如く、同じく若者であるはずのオーギがこの場面の主体となる要素に追及をしていた。
「どうして、どうしておれらは、こんなまちのど真ん中、目抜き通りで……──」
一旦言葉を区切る。
オーギはその濃い茶色をした瞳をトゥーイの方に、彼の、左腕に抱えられている物品らしきものに視線を向けている。
「そんな、子供用自転車を抱えながら事務所の帰路についてんだろうなあ。ホント、マジで、何でだろうな」
オーギという名前の、若い魔法使いが現状を嘆いている。
「本当ですね……」
先輩魔法使いの嘆きに対し、キンシが合いの手のようなものを入れている。
どこまで本気の言葉かも分からない、しかして理解する必要も無いほどに無為な言葉だけが空間を振動させる。
魔法少女の声が、灰笛のまちに降り注ぐ雨に溶けて消えていく。
まちは、まだ雨に濡れたままになっている。
朝の、元より弱々しかった爽やかさはすでに失われていた。
時刻は昼に差し掛からんとしている。
こなれた太陽の光が曇天を通り過ぎて、とどめのように雨粒へ冷たさの布を被せられていた。
雨足は、朝の時間より少し強くなったような気がする。
タププタププと、多めの質量をもった雨がキンシの上着、フードの表面へリズミカルな衝突をしている。
それぞれに雨具を着こみながら、若い魔法使いたちはしばしのあいだ視線を同じ方角に定めている。
見られている。
視線の種類は、なにも魔法使いだけに限定されているものではなかった。
「みて……なにあれ……」
「自転車だ……」
遠巻きに珍しいものを見るかのような視線を送っているのは、灰笛にて健全なる生活を送って良そうな若い娘たち。
あるいは。
「……」
右手に林檎、左腕に子供用自転車を抱えている。
青年の姿に、道行くスーツ姿の若人が見るからにじゃまそうな視線を送っている。
色々と視線の色合いは異なれども、そのどれもが青年の姿、行動、行方に好奇心を抱いていた。
「うう……」
キンシが、周辺の人々からの視線に低く唸るような声を発していた。
「なんだか僕、皆さんに見られて恥ずかしくなってきました……!」
不安がる後輩魔法使いに、オーギが速やかなる訂正のようなものを返していた。
「でぇじょうぶだ、誰もお前の事は見ちゃいねえよ」
励ましでもなんでもなく、オーギはただ単に事実を述べたにすぎなかった。
通常時に置いては、キンシも色々な意味で中々に人目を引く姿かたちをしている。
しかして、現状はトゥーイの所持品ほどのパンチには遠く及ばなかったのが、周辺の人々の視線というッ分かりやすい結果として表れていた。
普段は光景として、車窓の外側に広がる風景と同じ速度で去りゆく、人々の視線。
三歩、道を進めば忘却の彼方に忘れ去ってしまいそうな、彼らの姿が今はとにかく物質的なダメージを有していた。
人に見られることに慣れていない、魔法使いらがダメージを受けている。
そこに、メイが気遣いとしての提案をひとつ、言葉にしていた。
「いっそのこと、道のとちゅうにおいていっちゃおうかしら?」
手段としては、ありきたりなものでしかなかった。
だが、やはり人によっては、提案も時として非なるものであったらしい。
「オいおいおい、おい、それはあんまりでござんすよ」
声がした。
それは男性の声で、キンシ等にとって聞き慣れぬ声。
知らない人間の声だった。
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