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夜光虫を思いだそう

 連続性を切り取られた、スライムの群れがしばしの解散をしている。


 体を拘束されていた状態から、次の瞬間には解放されている。

 ルーフは雑に地面に叩き付けられ、状態の変化に、ただただ咳き込むことしか出来ないでいた。


「少年!」


 二つの足音がルーフの元に近づいてきている。

 そのうちの一方、エミルが少年の容体を確認しようとした。


「無事……、ではなさそうだな」

 

 見ればわかる事柄を、エミルは丁寧に言葉として口に発していた。

 魔術師からの問いかけに対し、ルーフは怒りに任せた文句を吐きだそうとした。


 誰に対しての怒りなのかさえ目途が立っていない。

 中途半端な感情の行方に立ちふさがるようにして、モアという名前の少女が彼に提案をしていた。


「大丈夫そうね、じゃあ戦闘の続きをしましょうか」


 そんなことを言いながら、モアがルーフの体に腕を回していた。


「え、え?」


 攻撃によって体力を削られていたとは言うものの、ルーフは何の抵抗も無しに自分の身体が少女に抱きかえられている、状況に頭の理解を追いつかせられないでいた。


 身長よりも大きいテディベアか、あるいはお気に入りの毛布(ブランケット)を抱えるようにしている。


 モアにしてみれば、ルーフに怪物への戦いに最後まで参加してほしかったのだろう。

 それはただ単に、モア自身が少年の戦いの場面を見たかったこと、それだけが理由とされていたに違いない。


 モアが望んでいる、ということはこの古城の主人である()()が望んでいる展開であること、になるのだろうか。


 とは言うものの、理屈以上にルーフは少女に抱え上げられている状態で銃を、武器を構えなくてはならない状況に困惑を覚えずにはいられないでいた。


「あの、あの……?!」


 腕と足の硬さ、だがそれらの無機質さを凌駕する勢いにて、ルーフは背面に少女の柔らかさを味わっていた。


 胸部を密着させる格好にルーフがどぎまぎとしている。

 だがモアのほうは抱きしめるような格好を解除しない。


 それよりも、少女は少年が銃を使う姿を見続けていたいと言った様子であった。


「ほら、あたしが支えてあげるから、早くあの人を助けてあげて」


 後ろから抱きすくめるような格好で、モアは少年の体を支え続けている。


 少年が、ルーフが抵抗をしようとする余裕も持たせないで、モアは鉱物によって造られた義手で彼の体を圧迫している。


 腕の硬さとおっ……。

 ではなく!! 胸部の柔らかさにルーフは戸惑い、甘さを覚えるよりも強く離れることを望んでいた。


 少年が個人的見解、願望と拒絶の合間に圧迫死させられようとしている。


 その間にも、彼の戸惑いなど露知らずと言った様子で、怪物の群れは集合を再生させいようとしていた。


 モアが叫ぶ。


「ほら、群れがルーフ君を狙っているわ」


「え? 胸が?」


「違うわ、群れ、よ」


 くだらない聞き間違いをしてしまった。

 とるに足りないやり取りを交わしていると、怪物がようやくルーフの居どころをその感覚に把握していた。


「nn nzjnzj身耳耳nznznnz:q!!!!」


 ハリの刃によって分断されていた連続体が回復している。

 損傷を回復させるために、怪物はまず簡単な獲物を捕食したがっているようだった。


 ルーフは一刻も早く現状から逃れたいがために、逃避本能、ただそれだけを心の内に強く燃え上がらせている。


 スコープ(標準)の中に獲物を捉える。

 対象はほぼ直線上に存在ているため、ズレを意識する必要はあまりなかった。


 これで、おそらく最後の弾になるはずだった。


 しかしてルーフは数をあまり意識しようとはしなかった。

 回数よりも、ただ目の前の対象を現実に排除できる方法、それが存在していることに強い安心を求めようとしていた。


 それこそ、女の柔らかな肉に抱きすくめられること、それと同等の意味を弾に籠めようとする。

 

 そうでもしなければ怪物に肉を喰われる前に、それよりも先に罪悪感に心を端から順番に食い散らかれそうな気がしていた。


 誰に対する罪なのか?

 ルーフは一人の女、この世界でたった一人の妹のことを考えていた。


 喰われる寸前に女の事を考える。

 否定したい行為でありながら、少年は拒絶を選ぼうとしなかった。


 怪物が距離を詰めてくる。

 見えている敵の姿が、眼球に見える世界において狙うべき肉の形へと変更されていった。


 把握した全ての上方に賭けて引き金を引く。


 破裂音。

 弾に、小さな金属の筒に籠められた魔力の要素が小爆発を起こす。


 魔力を凝縮した弾が、エネルギーの塊が怪物の肉に沈み込む。

 

 力の密集を体に取り込んだ、怪物の肉体が塊の分だけ盛り上がる。

 異なる要素、それは怪物の肉を破壊するためだけに用意された集合体だった。


 とても栄養に出来得る価値は無い。

 存在の意味がない要素が怪物の肉を圧迫する。


 内側から本来必要な分の肉すらも押し潰していった。

 小さなビニール袋に大量の水を、破裂もいとわずに注ぎ続ければどうなるだろうか。


 ルーフの頭の中に、銃身からの振動の合間を縫って想像が生まれようとしていた。

 水を大量に詰め込んだ、限界まで膨れ上がった袋が表面を破壊する。


 同じような原理、あるいは類似した現象が怪物の身体にも発症していた。


「GGGGGGGGGGYAぎゃ1hahahaぎゃはは!」


 悲鳴のような、笑い声のような音を発しながら怪物の肉体が破壊された。

 透明な飛沫のような破片が空中に飛び散る。


 バラバラに砕かれた、肉片は水のように透き通っている。

 魔的な要素に存在を壊された、透明になったそれはガラスの破片のようなきらめきを持っていた。


 キラキラと、輝きが植物園の地面に吸い込まれていった。


 これで、おおかたの分裂体は破壊できたはずだった。


 ルーフが規定を考えている。

 弾をすべて撃ちきった銃を持ったままで、しかしてルーフはまだ怪物の群れがこちらを見ていることを右目に感じ取っていた。


「あれ?」


 真っ直ぐこちらに近づいてきている。

 それは今まで銃殺してきた怪物の、他の何よりも強い光を現実において有していた。


「あら?」


 ルーフの体を背後から抱きしめてたままで、モアが少しばかりの想定外に意外そうな声を発していた。


「ちょっと、狙撃の上手さが過ぎちゃったかもね、そうかもね」


 なんということだろう、今更そんな無責任なことを言われても。

 どうしようもないことに、ルーフが後悔とも取れぬ心持ちを炸裂させようとしていた。


 その間にも怪物はルーフめがけて、その柔らかな肉体を大接近させようとしている。


 背中と顔面、二つの柔らかさにルーフが圧迫死させられようとしていた。


 だが、少年が危惧した展開はとりあえずのところ現実に発現させられることは無かった。


「お疲れ様です」


 そう、ねぎらいの言葉をかけているのはハリの姿だった。


 どこから声がしたのだろうか。

 左右を確認しようとして、ルーフはすでに音声の発生源をある程度察せられてしまっていた。


 上から落ちてくる。

 魔法使いの刀の先端、切っ先がスライムのような怪物の肉を刺突していた。


 ほとんど抵抗力も無いままに、怪物の肉体は魔法使いの刃をその身に受け止めていた。

 何か、決定的な要素である何かが破壊される音が、ルーフの鼓膜を振動させている。


 かすかな音色の中で、怪物の群れは最後の明滅を外界に放っていた。


 

 また、しばらくの時間経過。


 

 モアが、いつの間にか横倒しになっていたガーデンテーブルを元の向きに正していた。


「せっかくお招きしたのに、とんだ災難なことになっちゃって」


 場所は植物園のままで、ルーフは車椅子の上から少女の姿を見ていた。

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