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口いっぱいにスライムを頬張ろう

 しかしながら、こんな時にこの様な甘い思い出に浸っている場合ではないこと。

 その位の事は、ルーフであってもすぐに理解することが出来た。


 問題なのは、この状況においてどのように行動を起こすか、である。


 続けて狙いを定めようとして、しかしルーフは銃口を、弾丸を食らわせるべき対象を見出せないでいる。


 理由を見つけられないでいた。

 事実を思考に認めた途端に、ルーフは手の中にある銃が重石のような存在感を増幅、させたような気がしていた。


「?!」


 最初は錯覚だと思っていた。

 だがルーフは、現実に銃が重さを増加させていることを腕の肉に感じ取っていた。


 重たい。

 増加する重力に、ついにはルーフの腕が耐え切れなくなりつつあった。


 変化は、どうやらルーフの感覚だけに限定されている訳ではなかったらしい。


「狙いを決めるんだ」


 銃を手放すべきか、選択肢を一枠増やそうとしたルーフの耳に、エミルのアドバイスが一方的に届けられていた。


怪物(プランクトン)の群れ、その中から大きいヤツを狙って撃つだけでいいんだ」


 エミルの指示を情報の一つとして組み入れ、ルーフは改めて敵に対する視覚的情報を集めようとした。


 プランクトンの大群。

 数々はスライムの群れであり、それらはまるでシャボン玉によって作られた河川のようでもあった。


「群体の中でも主要となる個体が幾つか含まれているはず。だから、それを狙って破壊してくれ」


 エミルは、まるでなんてことも無さそうにルーフへ怪物の退治を頼んでいる。


 ルーフは最初こそ男が、魔術師が冗談めかしてそのような頼み事をしているものだと、そう思い込もうとした。


 だが、思い込みはあくまでも妄想の域を脱することは無かった。


 エミルがそれ以上何も言わないのを、ルーフは累積する沈黙の中で伝えられた分の指示だけを強く心に反芻するより他は無かった。


 狙いを定めようとする。

 視界の中、銃の重さの先端。


 そこではハリが、自らをそう名乗る魔法使いが怪物の群れから逃げ続けていた。


 接近し、己の肉を喰らおうとする怪物の一匹を、左手に携えた刀で軽くあしらっている。

 魔法使いが攻撃をすると、彼の体に白いフワフワの触手を巻きつけている怪獣、の状態になった人物が怯えていた。


 怯えによって引き起こされる身体の緊張が、触手に噛ませている魔法使いの体に圧迫という名の負担を付加させている。


 だが、魔法使いの方はあくまでも逃げることに主体性を見出しているようだった。


「逃げてばっかで、ちょっとは応戦を…………」


 ルーフは魔法使いに対する不満を口にしようとした所で、不意に別の思考が頭の中をロードバイクほどの速さで駆け抜けていた。


 相手を一気に片付ける、そのための舞台設定を用意しようとしている。


 わざわざそうしなければならない。

 理由を求めるよりも先に、ルーフは行動を起こさなければならない必要性にかられていた。


「fきき(22^^j5)f(^jp_)f(^6_il)」


 魔法使いと怪獣の肉を追いかけている。

 群体の一部であったはずの個体が、数本の細い筋となって空間に分散している。


「わかれた!」


 見たままの状況、怪物の状態についてをハリは叫ぶようにしている。


 それは魔法使いなりの、外部に向けた指示のようなものだった。


 言葉を耳にした、ルーフはとにかく行動についてだけを考えようとした。


 本流からこぼれた、幾つかのスライムの主体が再びルーフの方に襲いかかろうとした。


 光の筋、その先端を駆ける明滅がルーフの肉に飛びかかろうとする。


「!」


 今度は誰の命令も指示も必要とせずに、ルーフは直線上に接近するそれに狙いを定めようとしていた。


 銃口の近くに備え付けられている、もっとも基本的な基準に怪物の姿を捉える。


 集中力を抱いた瞬間、手元に存在していたはずの重みが(かすみ)のように曖昧なものになった。


 攻撃意識に従って、ルーフは二発目の弾丸を撃った。


 狙いは、ルーフにとっては充分なものだと、そう思い込んでいた。


 だが、少年が想定していた場所に魔力の弾は当たらなかった。

 狙っていた場所ではなく、それよりも左側に少しだけズレてしまっている。


「?」


 思うように弾が当たらなかった。


 ルーフがその理由を考えようとした。

 答えへの欲求を読み取ったかのように、エミルが加えて少年にヒントを与えている。


「動いている的には、起動の予測が必要になる」


 あるいはもしかすると、弾を外した様子に対してアドバイスをしたにすぎないのだろうか。


 いずれにせよ、新しく得た情報をルーフは即座に活用しようとしていた。


 再び銃を構え直す。

(とお)」に似た形の照準に怪物の群れを捉え直している。


 怪物の動きは、先ほどまでの分離した瞬間の勢いは既に失われつつある。


 空中を空虚に漂う埃のように、現時点で怪物の分流は本来の目的を見つけてはいなさそうだった。


 目的を見失ったままでいる。

 ルーフは怪物に勝手な、一方的な共感を抱きそうになった。


 どう見ても自分とは異なる性質を有していながら、状況は同様の気配を含ませている。


 同情のような、それと形がよく似た何がルーフの心理に詰め込まれた。


 思考を別の方向に働かせた、そうしていると銃の重さが指の中から忘却されようとしている。


 思考の間に対象は静かに動作をしている。

 標準の中心より少し右にずれた位置で、ルーフは狙いをすました。


 集中、また一つ重さが失われる。

 ルーフ自身が変化に気づく、それよりも先に少年は再び引き金を引いていた。


 三回目の破裂音と衝撃が走る。

 魔力を込めた弾丸が、怪物の群れの先端を破壊していた。


 水溜まりを激しく踏み散らしたかのような音が空間を振動させる。

 一つの獲物を破壊した、硬さの無い弾丸によって撃ち抜かれた怪物の肉片が、下の草花たちへ柔らかく降り注いでいた。


 バラバラになって落ちていく。

 怪物の肉の気配を遠くの視線に感じ取りながら、ルーフは四発目の弾を準備しようとする。


 横倒しに固定していたボルト、取っ手の部分を上に移動させる。

 少しの抵抗の中で、取っ(ハンドル)は持ち主の意向に従った動作を起こしていた。


 右の指に握りしめたそれを、ルーフは次に自らの胴体がある方向へとスライドしている。


 また少しの抵抗。

 だが最初の一発とは比べ物にならぬほどのスムーズさで、ルーフは空洞から使用済みになった弾を排出させていた。


 ポーン、と回転しながら薬莢、によく似た使用済みの道具が排出され、柔らかい地面がそれを音もなく受け止めている。


 いつだったかエミルがそうしていたように、ルーフは動作を思い出しながら動揺の行為をしている。


 また銃口を狙いに定めようとした。

 次はどこだ、とルーフは無言の中で検索をしている。


「十時の方向に分裂体があるな」


 検索をしている、動作の中でルーフの耳にエミルの指示が届けられている。


 疑うことを必要とする前に、ルーフは標準の内側へ獲物の姿を固定させている。

 

 四発目、もともとの使用者であるエミルのアナウンスに従って、また一つ分裂された怪物の群れが破壊される。


 少なくとも二回は確実に破壊された。

 怪物の群れに緊張感が走った、かどうかは人間が把握できる感覚の外側の出来事ゆえ、ハッキリとした確証は持てない。


 とは言うものの、ルーフは確実に自らの弾丸で怪物が、対象がダメージを受けている。

 その感覚を指先に、心と呼ばれる意識の集合体に実感をおぼえていた。


 震えている、感覚が何も恐怖だけではなく、個人的なプラスの質感を有していることをルーフは認めなくてはならなかった。


 敵を、危険なものを、排除して大丈夫なものを消した。

 喜び、楽しさを覚えそうになっている。


 戦いにおいては是とされる感情、だがルーフはこの場面が終わった、その後に広がる時間についてを考えずにはいられないでいた。


 この楽しさが仮にずっと続いたとしたら?

 自分は果たして引き金を引かずにいられるだろうか。


 終わってさえもいない戦闘の事を、ルーフは空虚に不安を抱きそうになっている。


 だが、少年一人の心理状態などお構いなしに、戦闘の場面は急速に終幕へと向かいつつあった。


「よっと!」


 跳ねるような掛け声が地面の上から聞こえてきた。

 声のする方に視線を動かせば、そこではハリが魔法を解除しているのが見える。


 空を飛ぶための魔法を解いた、ハリの……そして彼に巻き付いている怪獣の白い毛が植物園の地面に再開を果たしている。


 わざわざ作った魔法を解除してまで、本来の重力に従う形をとっている。


 最後の止めは地面の上で行おうとしている、のは、ハリなりの気遣いのつもりなのだろうか。

 誰に対する配慮なのだと、ルーフは疑問とほぼ同時に桜の樹の下で眠る竜のことを思い出していた。


 そんな、考え事をしていた。


「ルーフ君!」


 叫び声が聞こえてきた、声の持ち主はモアであること、それだけがルーフに分かった事実だった。


 気付いたころには、ルーフの上半身は謎の力によって空中に持ち上げられていた。


「?!」


 何ものによる攻撃なのか。

 しかし、事実は考えるまでもなく分かりきった事でしかなかった。


 怪物の群れ、残されていた分裂体の一つが何を思ったのか、魔法使いではなくルーフの方に襲いかかってきたのであった。


 ちょっと愉悦を覚えた瞬間にコレである。


 ルーフは自身の口内にスライムの粘液が侵入してくる。

 ついには消化器官まで冷たさが達している感覚に吐き気を覚えながら、しかしてそれ以上に己の油断に苛立ちを自覚していた。


「ルーフ君!」


 流石に狙撃手を先に潰されるとは思っていなかったらしい、ハリが地面の上からルーフの様子を叫びながらで確認しようとした。


「大丈夫ですかー?!」


 問いを投げかけられたところで、今のルーフに無事を伝えられるような手段は思いつけそうになかった。


 口内、喉の奥にスライムの一匹や二匹が確実に侵入してきた。

 その感覚を皮切りに、ルーフの視界に紫色の暗闇がにじみ始めてきていた。


 少年が完全に意識を失おうとした。

 それよりも先に、ハリが少年を取り囲んでいる怪物の群れに刃の斬撃を走らせていた。

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