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思い出はシャボン玉、全部破裂させよう

 要するに、大事な部分を食べられる前に、大して重要でもない部分を先に食わせる。

 トカゲのしっぽ切りと同じ原理、理由にハリは納得できないでいるらしかった。


「ボクは別にいいとして、問題なのは……」


 自分の安否以上に、ハリはモアという名の少女の近くにいる人物に心配の目を向けている。


「そちらの方は、急な出来事に戸惑ったりしていないのでしょうか?」


 ハリが、魔法使いが問いかけている。

 少女の近くに佇んでいる、人間の形をしていない、白色の三角コーンのような胴体をもつ人物が問いに答えていた。


「... ... だi,だいじょ、bu」


 それだけの言葉をいうと、小さな怪獣は指でサムズアップのようなものを作ってみせていた。


 当人の準備が出来た。

 戦闘の場面が次々と作られようとしている。


 そんな最中(さなか)において、ルーフはまだ銃の安全装置に苦戦を強いられていた。


 銃をこの場所に持ってきた、エミルという名前の魔術師が少年にアドバイスのようなものを伝えている。


「魔力を原動力にしている武器だからな、普通の道具のようにただ使えばイイってもんじゃないんだよ、メンドーなことに」


「は、はあ……」


 やっと安全装置を外せたところで、ルーフはボルトをひいた管の中身が空であることに気付かされている。


 弾がない、ルーフが戸惑うよりも先にエミルが小さな箱を手渡していた。

 それは弾が入ったプラスチックのケースで、雷管の丸さがみっちりと詰め込まれている。


 筆箱程度のそれの中から、ルーフは弾を五個ほど取り出そうとした。

 指に触れる、それは想像していた以上に軽いものだった。


 それもそのはずで、その弾丸には本来あるべき先端のコアが存在していなかった。

 魔法の銃よろしく、弾に籠められているのは分かりやすい金属と火薬ではなかった。

 

 弾に籠めるのは魔力、そして銃口から撃ちだすのもまた魔力の密集であった。


 直接的に生命力を奪うことは出来ない。

 そんな武器の中に、ルーフはまごつきながらも弾を五発詰め終えていた。


 そっちの準備が終わったところで、今度はあっち、魔法使いらの準備である。


 何をするつもりなのだろう、と、ルーフは銃を構えるよりも先に少年と男の様子を見ようとした。

 見て、そして。


「…………、何してん?」


 疑問に思っている。

 そこにはなんとも珍妙な世界、光景が広がっていたからであった。


「そこ、もう少しキツめに締め上げていください」


 ハリが、怪獣になった人物にそんなことを頼んでいる。

 怪獣になった人物は、魔法使いからの提案を受け入れつつ、自らの手を彼の体に巻きつけていた。


 当然、普通の人間のように腕や足、それぞれにたった二本しかない器官を使っているという訳ではない。

 怪獣の人物は、いかにも怪獣らしく触手と思わしき器官をふんだんに使用していた。


「ddmjddmjd 締め締めしめしめ」


 白色の触手。

 一応以下のそれとは異なっている、触手にはたっぷりの白い毛が生えている。


 毛の多さと柔らかさに関しては、五本ほど生えている尻尾にも見えなくはない。


 三角コーンないし、てるてるぼうずのようなシルエットだったものが分解して、代わりにタコのような造形へと変わっている。


 五本足のふわふわとしたタコ、のような怪獣がハリの体に密着をしている。


 怪獣に体を巻きつかせている。

 傍から見れば巨大な白いタコに捕食されかけているようにしか見えない。


 そんな状況で、ハリは左手に武器を発現させていた。


 刀を握りしめて、いざ戦闘の場面に踊り出そうとする。

 と、その前にハリがルーフの方に視線をチラリと向けていた。


「ボクらが頑張ってプランクトンをひきつけるので、ルーフ君、あなたは集まってきた所にズドン、をよろしくお願いします」


 とても抽象的な要求だった。

 にもかかわらず、こういう時にかぎってルーフは自身でも驚くべき理解力を脳味噌に発揮させてしまっていた。


 さて、魔法使いである彼は、魔法使いらしく魔法を使って以下省略。


「……」

  

 ハリという名前の魔法使いは、呼吸をしながら自らの肉体を重力から剥離(はくり)させようとする。


 無重力が魔法使いの体を包み込んだ。

 体の内側、血液の熱から生み出される力の変化。


 しかして今回は少し趣向が異なっている。

 ハリは自分ひとり以外にも、己の体に巻き付いている怪獣の分の無重力を作る必要があった。


 空を飛ぶだけでも、単に一人だけで行うものとは大きく異なっている。


「……っ」


 呼吸の量が足りずに、ハリが喉を少し痙攣させるようにしている。


 準備に手間取っている、その間にもプランクトンは次々と空間に集まりつつあった。

 一体この植物園のどこに、これだけの数の弱小怪物が潜んでいたのだろうか?


 ルーフが驚いていると、エミルが急ぎの予想を呟いているのが聞こえてきた。


「あれは、先に誘導するよりこっちに近づいてきそうだな」


 何が近付いて来ようとしているのだろうか。

 しかして言葉で確認するまでもなく、ルーフはプランクトンの群れの数々がこちらに接近してきているのを視界に認めざるを得なかった。


「先にいくつか、対処できる分をこっちで殺しておこうか」


 取りこぼされた怪物のいくつかを処分する、といった旨の提案をエミルはルーフに伝えている。

 どうして自分が提案を受け止めているのだろうか、ルーフは今更ながらに状況への疑問を抱きそうになっている。


 魔法の銃の引き金に指を触れさせている。

 武器を構えようとしているルーフの右隣で、この植物園の主であるモアが個人的な予想を口にしていた。


「やっぱり、()()()()が多いと、それだけの危険も増えるわね」


 少女が言う「客」とは、ルーフを含めた怪獣の事を指しているのだろうか。

 あるいは、この空間に存在している人間すべてに該当しているのかもしれない。


 空間に人が集まって困るのは、ここが寝室であることを前提とすれば、まあまあ納得できる理論ではあった。


 そうして、ルーフが樹木のうろで眠る白い竜の事を考えている。


 すると、まるで思考を読み取ったかのようにプランクトンの一匹がルーフに接近しようとしていた。


 近づいてくる、それは丸い形をしていた。

 ルーフはいつだったか、電車で遭遇したスライムの亜種を思い出している。


 もしかするとそれと同類、あるいは類縁の間柄にあるかもしれない。

 プランクトンの個体が、ルーフの肉を喰らうために接近をしている。


「撃て!」


 ルーフの背後から、プランクトンの前進よりも早い速度でエミルの指示が発せられている。


 いきなり?!

 ルーフはそんな事を考えたが、しかしそれ以上に二度も三度もプランクトン、ないしスライムに捕食される経験を肉体が良しとはしなかった。


 引き金を引く。

 固定されていた金属が小さなズレを生み、解放されたハンマーが弾を叩きだす。

 

 火薬の爆発は、ここには存在していない。

 炎と火花による爆発ではなく、そこに存在しているのはあくまでも魔力の変化だけだった。


 振動がルーフの体を貫いた。

 歩い程度は正しさのある持ち方、構え方をしていた。

 そこへさらに、本物の銃ではないことも相まって、ルーフは比較的易しめの被害だけを骨に震動させていた。


 発射された、銃口から鉄の塊の代わりとなる光の密集が虚空に直線を描いている。


 藍色の光を持つ、それはルーフの体内に流れている魔力そのものと呼べる光だった。

 本来は実体を得るはずの無い要素に弾丸と銃、二つの機構を介して実体を現実に獲得させる。


 それがこの一酸化二水素銃を使用した、魔術師の攻撃方法の一つであった。


 そんな風にして、放たれた弾丸がスライムの体を貫き、直線の中で柔らかな肉を抉り取っている。


「ひゃひゃhayarrrururu愚やhaya」


 スライムのような怪物が、弾丸の衝撃によって跡形もなく消え去っている。

 初めて銃を使って敵を殺した、感覚が痺れとなってルーフの脳髄を揺らしていた。


「これはなかなかに、上手いじゃないか」


 エミルが批評をしているのを、聞きながらルーフは目線を後ろに向けている。

 見れば、魔術師である彼が右の手にスマートフォンと思わしき道具を携えているのが見えていた。


「最初の一発は不発か、良くても弾を外すかと思っていたが……。いやはや、流石、才能の片鱗を感じさせてもらったよ」


 エミルはスマホを持ったままの手で、拍手のようなものを少年へと見せている。


 右の片方で道具を握っている手前、モチモチと皮膚がぶつかり合うような音色しか発せられていない。

 皮膚のぶつかり合いを耳に聞きながら、ルーフは早くも疲労感たっぷりの様子で事の状態を魔術師に主張している。


「前に……、あんたがこれとおなじのを使っているのを、見たから。だから、……マネをしただけ、なんだよ」


 緊張と未体験の世界に、ルーフは引き続き息切れ寸前のような状態へと陥っていた。


 見るからに辛そうな状態を見せている。

 だがエミルは、ここでわざわざ少年にねぎらいの言葉を与えることをしなかった。


「ああ、ほら、向こう側で集めきれなかったモノがどんどんコッチにこぼれているぜ」


「ええ……?」


 何のことを言っているのだろうか。

 ルーフが抱いた疑問は、しかしてすぐに視界の中に広がる現実に置いて情報の量を満たしていた。


 ルーフが見ている先、そこでは魔法使いと怪獣がプランクトンの群れに追いかけられていた。


「こちらです、こちらです!」


 そんなことを叫びながら、ハリはルーフの頭上を通過して行っている。

 体には相変わらず怪獣を巻きつけている。そのままの体勢で、ハリは植物園に生えている樹木の枝に爪先を着けている。


 魔法によって削り取られた重力、数少なく残された重みを受け止めて、枝が少しだけ下にたわんでいる。


 空を、滑り落ちるように飛んでいる魔法使いと怪獣。

 彼らの姿を追いかけるようにして、プランクトンの大群が一律のような動作を空間に示していた。


 それは丸で光と歪みによって構成された河川(かせん)のようだった。

 ルーフはいつだったか、妹と共に遊んだ時の場景を不意に思い出していた。


 いつだったか、川の近くで妹と、メイと遊んだ記憶。

 それがルーフの脳内に、確かな質量を伴って再生されようとしていた。

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