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無理やりな作戦を考える魔法使い

 最初に違和感に気付いたのは、予想外にルーフの感覚神経であった。


「あれ、なんか……虫が多いような?」


 植物園の中、ガーデニングテーブルを模造品の少女や魔法使いと共有していた。

 そんな頃合い、状況にてルーフは自らの肌を苛む違和感、それに気づく心理状態を保っていた。


 話の流れを中断してまで、違和感への追及をしようとしている。

 少年の姿を見た、モアが早くも満足げな微笑みを口元にたたえていた。


「気のせいじゃないわ。……どうやら、長話(ながばなし)が少し過ぎたようね」


 モアがそう話している。

 それを聞いたルーフは違和感に保証がされた、とまでは行かずとも感覚により一層の確信を抱いていた。


 ルーフが質問をしようとした。

 少女に向けて唇を開こうとする。


 だが、それより以前にルーフは一つの事実に気付いている。

 たった今、自分たちを苛んでいる羽虫……のような、それにとてもよく似た現象。


 それらは、少女の手首に強く反応を示しているようだった。

 手首、と言うのは肉体に繋がっているものではなく、そのままの意味で手首が一個、ちょうどルーフの手元に握りしめられているのである。


 もちろん本物の手首などではない。

 肉や骨、皮膚はそこに存在していない。代わりにあるのは石と、皮膚代わりのカバー素材だけだった。


 偽物の右手に、しかして羽虫のようなものたちはまるで本物の右手、肉の一部にたかる(ハエ)を対象にするかのような反応を見せている。


「うわ、わ……! どんどん集まってきやがった……!」


 まるで認識をした途端に、その存在を強く意識するようになってしまったと。

 そんな具合で、ルーフが羽虫のような集まりに苛まれている。


 すると、そこにこの場面でまだ聞き慣れていない男の音声が少年の鼓膜を振動させていた。


「プランクトン……のようなもの。それの一種になるな」


 声がした方、低い男の声音に導かれるように、ルーフは視線を移動させている。

 見れば、そこにはエミルが植物園の中心に近付こうとしている、その姿を確認することが出来た。


 ルーフが男の、彼の名前を呼ぼうとした。

 だが、少年が実際に動くよりも先に、モアが跳ねるような動作でテーブルから体を小さく離していた。


「エミルさん!」


 モアは、戸籍上は兄妹の関係性である男の名前を呼びながら、彼がここに存在している理由を言葉で問いかけている。


「お仕事の方はどうなったの? もう終わったのかしら?」


 ガーデンチェアから立ち上がりかけている。

 少女の姿を、エミルは右の片手で静かに制している。


「作業の方は、後の方々に任せることになったんだ」


 エミルはまず、自分がここに存在している理由を簡単に説明していた。


「事後処理はもうあらかた終わったから、オレは客人をここに案内することにしたんだ」


 右腕に武器と思わしきものを携えながら、エミルはそのまま視線を下側に移動させている。


 深い青色の瞳に誘導されるようにして、ルーフは男の足元に存在しているそれを見ていた。


 男に、古城の魔術師である彼の近くに佇んでいる。

 それは白くてフワフワとしたものだった。


「あ、さっきの」


 ルーフの脳内にて、(うず)もれかけていた記憶が鮮明さを取り戻そうとしていた。


 ビルの下、昼の時間に遭遇した人外たちの行進。

 そこの一部であった、白くてフワフワとした獣の一体。


 それが、今エミルに連れられて古城の最上階、植物園にその体を存在させていた。


「さっきの……」


 ルーフが思わず対象のについて、獣のそれを扱うような言葉遣いを使用しそうになった。

 だが、実際に言葉を発するよりも先に、無意識に近しい所で唇に抑制がかかっていた。


 人間のようなもの、そうは見えないもの。

 ルーフはたった今、竜という症例を教えられたばかりではないか。


 少年がひとり、現実に存在している状況に理解を届かせようとしている。


 それを他所に、エミルは人間の形をしていないものをここに連れてきた、理由を言葉にしていた。


「どうにも、こうにも、この人が一刻も早く治療薬を欲しがっていたから。どうにかして、一人に限定してもらったんだが」


 複数いたものの内の一人を、ここに連れてきた、と言うことになるのだろうか。


 ルーフが何とかして理解を追いつかせようとしている。


 だが少年の思考を置いてけぼりにして、エミルは続きの展開をへ即座に意識を移動させようとしていた。


「だけど、案内してみた所でビックリしたっての」


 客人の手前、あまり自身の気持ちを表明したくないらしい。

 とは言うものの、その前提の中でエミルはすでに状況への疑問を感情の上に付属させているようだった。


「プランクトンが、ものすごく騒がしいことになっているから、お客人が怯えに怯えちまって」


 当たり前のことを語るようにしている。

 ルーフは、魔術師に気になっている事項の一つを質問していた。


「プランクトンって、一体?」


 この事象、どんどんと増えつつある羽虫の気配の事を指している。

 ということだけは、すでにルーフにも理解できていた。


 少年の理解度を知らぬままで、エミルは彼に虫を払いのけるような素振りを作ってみせていた。


「プランクトンってのは、羽虫のように弱い怪物の一種だと思ってくれ」


 おおよそルーフが考え付いていたままの事を、ルーフは解答文として舌先に用意している。


 説明もそこそこに、エミルは本来やるべき仕事の内容についての事項へと進んでいた。


「せっかく久しぶりに良質な冥人(みょうにん)個体を参加させられるってのに、こんなにプランクトンが集まっていちゃあ、集中もクソも無いな」


 エミルがそう語っている。

 問題を提起している、それはすでに行動を前程とした言葉にすぎなかった。


 モアが、兄である魔術師に提案をしている。


「だったら、まずはこの羽虫さんたちを追い払わなくちゃね」


 モアは、右手首を取り外したままの格好で、金色のポニーテールを揺らしながら彼らに考えを伝えていた。



 という訳で、羽虫……もといプランクトンの密集を片す作業の開始である。

 

「…………」


 だが、その前にルーフは一つの疑問を解決しなくてはならない、その必要性に駆られいていた。


「なんで…………」


 沈黙を含ませながら、ルーフは出来得る限りの理性的な質問文を作成しようと試みていた。


「なんで、俺がエミルさんの銃を使わされているんだよ」


 疑問を口にしている。

 ルーフの手元には、エミルが持ち寄ってきた猟銃、によく似た魔力武器が携えられていた。


 木製と金属の重みが指に触れている。

 ライフルのような造形をしている、銃にはまだ弾が込められてはいなかった。


「なに、今後のためのレクリエーションのようなものだ」


 あえて横文字を使いながら、エミルはルーフに言いくるめるような言葉を投げかけている。


「一酸化二水素銃は、ある程度の素質さえあれば、戦闘の経験がないものでも簡単に扱えるからな」


 ご丁寧二重の名称を口にしている。

 エミルは、ルーフの背後の辺りで銃の使いかたを簡単に説明していた。


「とりあえず、まずは安全装置を自分の手で解除するんだ」


 説明というよりかは、行動を誘導するためのもの、命令文に近しい気配を漂わせている。


「ええ……」


 と、戸惑ってはみたものの、しかして断る理由も見つけられないままで、ルーフは受動的に銃へと触れている。


 安全装置の場所は、ボルトのような部分の根元にあった。

 自分の身体に一倍近い金属、そこの先端に回転するネジのような小さな器具が備え付けられている。


 ネジのような、と表現してみたが、実際にその銃はボルトの部分をネジの要領で封印しているようだった。


 ネジは、他の金属と違って明るい銀色をしている。

 見ようによっては灰色にも見えなくはない、昼間の曇天のような色をしている。


 金属に、ルーフは指先を触れさせる。


 自分の意志で触れた、決定は間違いなく少年の意志によって行われていた。

 故に、金属の封印は彼に情報の伝達を行っていた。


「……ッ?!」


 途端に、雷鳴のような輝きがルーフの脳内に瞬いた。


 確認事項が頭の中でひらめいている。

 自分がこの武器を手にする理由を問われた。


 堪えきれなくなり、ルーフは咄嗟に指を安全装置から離している。


「うぐ……ッ、うう」


 現実には銃を少しだけ遠くにしている、それだけの動作にすぎなかった。

 だが、エミルはルーフの様子を見て呆れたような声を発していた。


「おいおい、ずいぶんと早いな。もうちょっと気合い入れてくれよ」


「そんなこと、言われても……」


 体を全く動かしていないのに、動悸と息切れはフルマラソン完走よろしくの激しさを有している。

 

 疲労感の正体を知るために、ルーフは車椅子の上で首の向きを後ろに向けていた。


「なんか、金属に触れた途端に誰かに、怒られたような……」


 本来ありえるはずの無い事象を語るようにしている。

 だが、ルーフの動揺とは裏腹にエミルは平坦な様子だけを見せていた。


「とりあえず、最初の一回は自力で頑張ってくれ。その位は我慢しないと、何も始まらないからな」


 そのままストレートに根性論を語っている。

 魔術師からの提案に、ルーフが困惑しきっている。


 その間。

 モアとハリの方でも、決してスムーズとは言えそうにないやり取りが行われていた。


「ボクらに、おとりになってほしいと?」


 ハリが、モアからの提案を口の中で繰り返すようにしている。

 魔法使いは少しだけ考えた後に、少女の作戦についての疑問点を言葉に主張していた。


「ボクは、そういった行為はやぶさかではありませんが。しかし……」


 魔法使いは少女の視線から目を逸らすようにして、近くにいる人間ではない形のものを見ている。


「いくらなんでも、()()()()を、いきなり生贄に差し出すのは無理があるんじゃありません?」


 ハリは、少女の近くに立っている、人間以外のものになった人物を見ていた。


冥人(みょうにん)、いえ、ここではあえて怪獣と呼ばせていただきますか」


 言葉遣いだけを直している。

 ハリは、その程度で現状が解決できないことを暗に主張しているようでもあった。


「怪獣になってしまった個体をおとりにして、プランクトンを一か所に集めようってんですから。どんな無茶苦茶な作戦なんですかね、まったく」

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