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連打する恋は打算的

 右目を見ている。

 モアが見ている、ルーフの一部分は一見した感じでは人間のそれと同じもののように見える。


「右眼窩の炎症は、だいぶマシになったみたいね」


 モアは身体の位置を変えずに、ガーデンテーブルに身を預けたままの格好で、ルーフの右目を観察している。

 いや、観察と言うよりかは、それは診察のような気配を持っていた。


 少年の身に起きている以上を把握するために、モアは彼の右側をジッと見つめている。

 見て、そして少女はしばらく彼の右目についての質問を展開させていた。


「最初……、この施設で覚醒をしたときには、藍色がもっと全体を占めていたような気がしたのだけれど」


 質問文のようなものを発しながら、モアは視線を少しだけ斜めに、過去を思い出すような素振りを作ってみせている。


 彼女が疑問に思っていることを、ルーフはしかしあまり合点を辿り着かせされないでいる。


 すると、少女と少年の中間に座っていた、ハリと言う名前の魔法使いがなんてことも無さそうに事態の解明を用意していた。


「そりゃあ、魔的な炎症とは言えども、その性質は普通の損傷や欠損となんら変わりはありません」


 ハリはすでに二杯めの紅茶を飲み終えており、ひとりで勝手に満足げな溜め息を吐きだしている。


 なんとも呑気なものである。

 と、ルーフは魔法使いに対して苛立ちのようなものを覚えそうになった。


 しかし感情が実体を得るよりも先に、ルーフは生まれかけた熱を無言の中で握りつぶしている。

 詮無(せんな)いのだ、仕様がないのだ、まぎれもなく言い訳である事柄をルーフは暗唱している。


 魔法使いにしてみれば、結局のところは他人の事情でしかない。

 であれば、他人事をするのも当然のことである。


 ルーフはそう思おうとした。


 思い込もうとした。

 しかして、少年の行動は早くに魔法使いの振る舞いにかき消されることとなる。


「でも、傷が治るべきであろう時期、時刻、時間はとうの昔に通り過ぎていますね」


「え……、そうなのか?」


 ルーフが驚いたようにしている、そうするとかき上げていた前髪が元の位置に下がってきていた。


 育ちかけの小枝のように揺れている、少年の毛先を見ながらハリが簡単な説明をしている。


「そうですとも。本当なら、古城の入院施設を退院した頃合いで、傷がきれいさっぱり完治しているべきなんですよ」


 ハリがそのように話している。

 黙っているルーフの近く、机を挟んだ向かい側でモアが笑みをこぼしているのが見えた。


「あー……そうだったわね、そういえば。それで、モティマ叔父さまが珍しい症例にすごく驚いていて……」


 過去を思い出すようにして、モアは「あの時の叔父さま、ビクビクして可愛らしかったわ……」と、ちょっとだけ楽しい思い出に浸っている。


 ひとしきり、勝手に美しい思い出を楽しんだ。

 三十秒ほど時間が経過した、短い経過のあとでモアはすぐに表情の雰囲気を変更している。


「とにかく、治癒するはずの傷がそのまま残っていること」


 モアがルーフの方を、特にためらいも無いままに右の人差し指で指し示している。

 指で差されているのにあまり不快感を感じないのは、おそらく彼女が注目している部分が少年自身ではなく、右眼窩に埋めこまれている器官だけに限定されているからだった。


 ルーフはまばたきをしながら、右と左にそれぞれ暗闇を味あわせている。

 涙で湿潤を発生させながら、染みるような痛みにルーフは眼球が思っていた以上に関相違していたことに気付かされている。


 再び目を開ける。

 ルーフは右と左でそれぞれ色が変わってしまった目で、少しだけクリアになった視界を見る。


 見て、ルーフは竜についての質問をしている。


「俺の、この目の傷が竜になることと関係があるのか?」


 問いかけられた。

 てっきりルーフは、モアが軽々しく同意を返してくるものだと、そう思い込んでいた。


 しかし、少年が期待した展開は今のところ少女に望めそうになかった。


「ううーん……、そうとも言いきれないのよね」


 珍しく言葉をにごしている。

 モアの様子を見て、ルーフは考えられるうちの想像を続けて言葉の上に用意している。


「無きにしも非ず、個人差があります、か?」


「ええ、そうね、そういうことになるわね」


 少年の発した予想に対してだけ、モアはほぼ同意に近しいものを返信している。


「怪獣になるっていうのは、言うなれば体を竜に変化させることと同様なのよ」


 さも当たり前のように語っている。

 だが、モアとルーフとの間にはこれでもかと言うほどに徹底的な不理解が蔓延っていた


 人間が竜になる?

 怪物……ではなくて、怪獣になることというのはつまり、体を竜と同じものにすることである。


 ここまで考えた所で、数多くある疑問点の内のいくつかを、ルーフは選ばなくてはならない必要性にかられていた。


 選んだいくつか、両の指の数で数えられる分の一粒をルーフは音声に発する。


「竜っていうのは、つまりはどのような状態なんだよ?」


 質問に対し、モアが答えている。


「どうにもならない感じね。怪獣化が最後まで進んだ、その果てにあるのが竜の姿なの」


 言いながら、モアは再三視線を桜の樹木の内部に向けている。


「竜になったら、そこまで症状が進行したら、簡単には元に戻れないことを覚悟する必要があるわね」


 そして、何度でも確認をするかのように、その青空のような瞳をルーフの方に差し向ける。


「だからルーフ君、いえ、カハヅ・ルーフ君、あなたが怪獣の個体に飲み込まれた……、一体化した。その後で今みたいに、そこまで人間としての個体と意識、つまりは心を保っていられる。この状況はとても貴重で、そして奇妙な事例なのよ」


 長々と語ってはいるものの、要するに珍しい、異常で変であるということになるのだろう。


 決してプラスではないのだろう。

 だが、たとえどのようなマイナスであったとしても、ルーフは自分の状況を知れた、この状況に安心のようなものを抱いていた。


 右目に触れかけていた指を、しかして実際に触れ合せることはせずに空中で停止させている。


 少年のそんな指の動きを見た、モアは続けて彼の情報を本人に伝える用意をしていた。


「でも、実を言うと、あたしとしてはあなたの右目よりも、そのさらに上にあるモノに興味があるわね」


 ここで言われている「上」とは、なにも心理的な立場の事を指しているという訳ではない。

 そのことを、ルーフは虚空に漂わせていた右の指先にて把握していた。


 右の手をそのまま上に、頬や鼻先、まぶたを通り過ぎた部分、額の辺りに届かせている。


 前髪を、今度は意識の内でたくし上げている。

 前髪の質量が指に、雪の一粒ほどにかすかな感覚をもたらしている。


 髪の毛に隠されていた。

 額、眉毛の内側からそのまま数センチ、数十ミリほど上に上昇した部分。


 額、その中心にそれ、奇妙な形をした痣はあった。


 痣は、今のところは青みがかった黒色をしている。

 瑠璃(ラピスラズリ)のように、濃厚な青色はちょうど少年の右目の瞳に刻まれている色と同じ気配を持っていた。


 痣を見た、モアが小さなうなずきを二回ほど繰り返している。


「その痣……いいえ、傷痕について。勝手ながらあなたが入院していた間に色々と、本当にいろいろと検査させてもらったわ」


 なにか、とてもよろしくない秘密に触れてしまったかのようにしている。

 しかし、ルーフのモアのそんな様子を上手い具合に理解できないでいた。


「別に、その辺に関しては何も問題ないんだが……?」


 少女が、珍しく申し訳なさそうにしている。

 態度に対し、ルーフが疑問を抱いている。


 戸惑っている少年をよそに、モアは引き続き露わになっている痣に注目をしている。


 藍色の痣、それは縦長のひし形、その両サイドに目のような図形をそれぞれ付属させたような枠を描いている。

 枠の内側には、同じく人間の目のような文様が彫りこまれている。


 藍色の密集、それはまさに本物の瑠璃(ラピスラズリ)と見紛うような質感を持っていた。


 モアが、少年の痣について語っている。


「こちらで診断した結果、あなたのその痣は「呪い」のそれと類似した魔力反応が確認できたの」


「呪い?」


 とは、何であったか。


 ルーフが考えようとした、その所でハリが不意に話題へ介入をしてきていた。


「ボクの左側にあるものと、同じようなものがあなたにもあるってことですよ、ルーフ君」


 ハリはそういいながら、指で左の頬をつんつんと指し示している。

 魔法使いの右頬、そこには鉱物のような質感を有した組織、文様が肌に、肉体に刻み込まれている。


 呪いと同じものが刻まれている。

 そう教えられた、しかしてルーフは割かし冷静でいられている自身を感覚に受け入れいていた。


「そうなのか」


 少年が呟いた。

 それに対し、モアが合いの手のようなものを入れている。


「そうなのよ、大変よね」


 何がどの様に大変なのだろうか。

 ルーフが、どうにも上手い具合に把握しきれないでいる。


 ほんの少しの間だけ、空間に沈黙が流れた。


 次に話を再開させた頃には、ルーフはすでに前髪の位置を元に戻していた。


 モアが唇を開いている。


「っと、ちょっと話が長くなっちゃったわね」


 ちょっとどころの話ではないような気がしたが、しかしルーフはその辺について、あえて追求をすることはしなかった。


 と言うのも、それだけの言葉でまだ会話が終幕を迎えていないことを、ルーフはわざわざ言葉で確認するまでもなく、それとなく把握をしていたからであった。


 モアが、唇で本格的に言葉を再開するよりも先に、一瞬だけ空へと視線を向けている。


 行為は一瞬の出来事だった。

 そうでありながら、少女に注目を捧げていたルーフには十分の意味を有していた。


 ルーフも、少女に導かれるようにして上を、植物園の天井を構成しているガラス板、その向こう側に視線を向けている。


 見上げた先、そこには当然のことのように雨雲が広がっている。


 端から端まで、雨の雫に濡れている。

 しかして、その空は地上で見上げるものとは大きく気配を異ならせていた。


 灰色の切れ間、かすかに乳白色の気配を帯びている。

 そこは、雲の切れ間だった。

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