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眠りにつくまでの時間に自己嫌悪を織り終わる

 階下の少女、モアと姿も形も同じだった。

 ルーフが少女の事を考えていると、少女と同じ顔をしたモアが愉快そうに口元を上に曲げていた。


「あらあ? ルーフ君ったら、あたしが目の前にいるのに、べつの女の子のことを考えているなんて」


 茶化すようにしている。

 だがルーフの方は、とてもじゃないが彼女の冗談に付き合える余裕など持てそうになかった。


 何とかして言葉を考えようとした。

 だが、考え付いた全てが今のルーフにとっては無意味なものでしかなかった。


「お前は……」


 ルーフはモアのほうを見て、自らをモアと名乗る彼女の事をジッと視界に組み込もうとしていた。


「お前は、誰なんだ?」


 質問をする、そうすることでルーフは目の前の少女、存在しているはずの事象を再確認しようとしていた。


 誰、と問われた、モアはあごに人差し指をツンとくっ付けさせながら、考えを巡らせるような素振りを作っている。


「だれ、ときかれてもあたしは、あたしであって、あたし以外の何者でもない。としか言いようがないわね」


 答えになっていない論を広げている。

 それはモア本人にも充分自覚している事柄で、ルーフが追及の手を伸ばすよりも先に、彼女は早くに別の言い回しを唇に用意していた。


「ううん、わかってる、わかってるわ。聞きたいのは、知りたいのはそんな曖昧な話じゃないのよね?」


 確認をするように、モアはきょろりと明るい青の瞳をルーフの方に向けている。

 果たしてどれだけ少年の心情を把握していたのか、詳しいところ、正しい部分は少女しか知り得ないことだった。


 そして、その事項はルーフにも一応ながら適応されるものでもあった。


 モアが引き続き自分のことを話している。


「あたしはこの、ここに眠っているアゲハ・モアのコピー体。彼女の思考、意識、心……のようなものをコピーアンドペーストした物が、あたしのココ……──」


 言いながら、モアは両の指を自らの体に這わせている。

 ゆっくりとした指の動き、指紋が衣服の上から少女の体のラインをなぞっている。


 腰の辺りから始まって、そのまま肉体の側面に沿って進む、


 胸部に差し掛かろうとした所で、モアは両の指を胸の中心に移動させている。

 左右の乳房(にゅうぼう)、片手に包み込める程度の膨らみ、その中心にモアは指をしばしの間固定している。


「正確には、ハート、心、つまりは……意識のパターンを組み込んだ、本当の意味でただの模造品なのよ」


 そんなことを言いながらモアはルーフの方に、つまりは桜の樹木、()()にある空洞に体を寄せてきていた。


 モアは暗闇の中をのぞきこみ、樹木の空洞の中に満たされた水、その水底に眠る獣の姿をじっと見下ろしていた。


「本当の意識、オリジナルは間違いなく彼女自身にしか持ち合せない。ただひとつ、唯一なのよ」


 少女の青い、瑞々しい視線が見つめている。

 

 視線、点と線を追いかけるように、ルーフも再び獣の姿を見ていた。


 水の底に眠る、獣は見事な金色の体毛を有していた。

 白色の気配が若干強い、上質でなめらかなカスタードクリームのような色を持っている。


 全身を、長毛種の猫のような体毛に包んでいる。

 アンモナイトのような円を描きながら眠っている所は、さながら本当にイエネコのような気配さえ感じさせる。


 だが同時に、ルーフは眠る獣が自身にとって見知らぬ領域に属する生物、生命体? であることをすぐに把握していた。


 と言うのも、その獣はいくらか変わった要素を有していた。


 例えば尻尾、まるでラグドール種のような、あるいは野生のタヌキのそれとよく似て、豊かな毛を有している。

 それだけの要素なら、まだ現実にあり得る尻尾の一つと呼べた。


 だが、尻尾はありえるはずの長さをゆうに超えていた。

 もしも全長を計れるとした、体の長さよりもはるかにサイズを大きいものにしているだろう。


 そんな予想を作れるほどには、獣の尾は充分が過ぎるほどに要領をたっぷりとさせている。


 また、例えば爪は黒い色をしている。

 まるで毛筆を毛先から根元まで墨に浸したかのように、つややかな黒色が白くフワフワな指先に五本ずつ生えている。


 爪を見ていると、ついでに肉球も確認することが出来ていた。

 小さな餅を軽くつぶしたような、肉の小さな球も爪と同じ黒色に近しい色素を持っている。


 ここまで語られた部分でも、すでにいくらかは既存の生命体と異なる気配を含んでいる。


 とは言うものの、それらの要素を以てしてでも、その獣に含まれている違和感の実体と呼ぶには遠く及びそうになかった。


 見ようとしていない、ルーフは思考の途中で瞬間的な指摘を行っている。


 見ようとしていないのである。

 自分は、獣の顔をちゃんと見ていない。


「…………」


 ルーフは一度目を閉じて、意識的に作り上げた暗闇の中で一旦思考を無に帰そうとしている。

 眠る瞬間に訪れる空白、(まぶた)を閉じているだけで訪れる甘い熱。


 温度に名残惜しさを覚えながら、束の間の隙間にルーフは急ぎ認識を詰め込んでいた。


 見て、考える。

 そして思いついたものを、隣に立っている少女に聞こえるくらいの音量で言葉にしていた。


「くちばし……のようなものがあるな」


 ルーフが問いかけるような、そんな呟きをしている。

 それを耳に受け止めた、少年の右隣にたたずんでいるモアが返事を唇に用意している。


「ええ、もしも起きていたらこれで、お肉とかを啄ばんだり丸呑みにするのよ」


 「自分」の事を語っている。

 少女に、ルーフはさらなる指摘をしていた。


「それに、頭から生えているこれは……ツノ? なのか」


 少年が問いかけた、それに少女が答えている。


「そうね、もしも起きていたらこの角で敵や獲物を一突き……」


 そこまで、モアの説明を聞いたルーフはすでに少女から完全に獣の方へ、モアの本体とされる声明に強く意識を向けるようになっていた。


 少女の本体であると、事実だけを先に教えられた。


「もしかして、俺は今、ものすごくダマされているのか?」


 樹木の空洞から顔を離し、ルーフは最後に残された常識的観測を口にしていた。


 それが少年に出来うる常識的思考、「普通」の最後の抵抗だったのだろう。

 だが、抗いも虚しく少年の思考はすぐに別の声に否定をされていた。


「ダマすなんて、そんな面倒くさいことはしませんよ」


 そう言っているのはハリの声で、若い男の魔法使いはルーフから見て左側の後方から声を投げかけていた。


「わざわざ嘘をつくために、自分の大事なところをこんな輩に見せるとんちきを、よりにもよってこの古城の主がやるはずないじゃないですか」


 何を今更、当たり前のことを疑問に思っているのだろうかと。

 ハリは何か面倒なものを見るかのような目線を、車椅子の上に座る少年に差し向けていた。


 ハリはそのまま、黙っているルーフの代わりにこの状況の要素を言葉に変換している。


「モアさんは実はコピー人形で、実体はずっとこの古城でメインコンピューターのような役割を担っているんですよ。そういうことなんですよ」


 サックリと、渇いた咥内に塩味のきいたクラッカーをぶち込まれるが如く。

 そんな情報の数々を体に、意識に、心と思わしき部分に叩き付けられた。


「いやいやいやいや…………ッ」


 ようやく、今更ながらに、ルーフは事実の衝撃具合に驚けるようになっていた。


「ありえないって! 意味分かんねえよ?! はあああッ?!!」


 叫びが、あらんかぎりの絶叫が植物園を、空間を照らしている天井のガラスをビリリ、ビリリと振動させていた。



 ちょっとばかしの時間経過。


 

 モアがハリの手を借りながら、植物園の中心であるヘビイチゴの花園に簡易的な椅子とテーブルを用意しようとしている。


「この辺りですか?」


 左肩にガーデニングテーブルを、右の手にそれとセットになる椅子を二脚運ぼうとしている。


 ハリが持っている椅子と、同じようなものをモアは両手に一脚ほど抱えている。

 そうしていながら、少女は魔法使いに簡単な指示を言い渡していた。


「そうねえ、できればもっと桜の樹の近くにしておきたいわ」


 そんなやりとりを交わしながら、少女と魔法使いは植物園の中心に簡単なガーデニングセットのようなものを用意し終えていた。


「さて」


 準備を終えた、モアがルーフの方に視線を向けている。


「そろそろ、お口のそれを外してもよさそうね」


 そういいながら、モアは少年の方に……。


「んーッ! んムーッ!!」


 口を、緑色の葉や茎で構成された猿ぐつわに抑え込まれ、それを忌々しそうに噛みしめている。


 拘束を、特に恐れる素振りも無いままに、モアは指でそれを外そうとしていた。


「ああ、ダメよ、暴れないで」


 何故少年が拘束されているのかと言えば、それはただ単に彼がとてもうるさかったこと、ただそれだけのことに過ぎなかった。


 騒がしかった少年に対し、モアが室内にて指を一振りした。

 それだけで、少年の体は車椅子に縛り付けられてしまっていた。


「なんと言ってもここは、あたし達の結界、領域内そのものだもの」


 モアは、まずは胴体を縛っている縄を解こうとしている。

 少女の指が触れた端から、ルーフがどれほど暴れても解くことの出来なかった拘束が、いとも容易く結束力を失っていた。


 腕が解放された、自由を得た腕が痺れと共に熱を取り戻していた。


 モアは続けてルーフの頬に、口を封じ込めている猿ぐつわに触れている。

 少女の指の体温、そこがルーフの肌に接近する。


 あまり暖かさの無いそれが頬を、そこを拘束している縄の緊張をほぐしていった。


 縄が解かれ、ルーフの口元が解放される。


「ン……ぶはあ……ッ!」


 少女が撫でていく部分から拘束が解かれていく。


 全身を這い登る感覚が、ただ単に縄を解かれたが故の身体的な感覚にすぎないこと。

 決して少女が肌に触れる、吐息の気配を感じるほどに接近してきていることに、何かしらの肉体的な衝動を覚えている訳ではない。


 そのことを、ルーフは強く自分に言い聞かせようとしている。


「はあ…………」

 

 呼吸をするために。

 そして、何より肉に蔓延る熱を開放するために、ルーフは息を多めに吸い込んでいた。

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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