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今日のファッションに、今日もこだわる異形のものたち

 その少女とモアは、それはもう、とてもよく似ていた。


「えっと…………?」


 状況を飲み込めないでいる、ルーフがぽっかりと口を開けている。


 驚いている少年をよそに、少女の一人であるモアが彼女ににこにこと笑いかけていた。


「おはよう、ファースト。お仕事ごくろうさま」


 モアに話しかけられている。

 彼女とまるきり同じ顔をしている、少女のひとりが受け答えをしていた。


「おはようと言うよりはもう、すでに、そろそろこんばんはに近づいてきているわよ、三番目」


 果たしてコミュニケーションと呼ぶに値するか、どうかも怪しい。

 ささやかなやり取りを、モアによく似ている、似すぎている少女は、壁の近くにたたずみながら行っていた。


 軽い、簡単な会話を行った。

 後はとりたてて用事もないと、モアは続けて事務的な頼みごとを彼女に求めている。


「じゃあ、今日は二名……じゃなくて、三名を上まで案内するように、彼女に伝えておいてくれるかしら?」


「ええ、分かったわ、三番目の妹さん」


「…………。三番目の、妹?」


 少女たちがやり取りを終えている頃合い。

 その時点でようやくルーフは目の前の事象、ありえるはずの無い光景に驚きを覚えるようになっていた。


「なんで、なんで?! どうして、同じ顔が二つもあるんだよ」


 疑問を言うつもりで、どこか叱責のような激しさを帯びている。

 声色の激しさ、揺れ動きをルーフは喉元でどこか他人事のように俯瞰(ふかん)している。


 そうでもしなければ冷静さを保てそうになかった。

 そうしてまで作り上げたそれが、たとえ偽物であったとしても関係は無かった。


 なんでもいいから、目の前に二つ、そろって同じ姿かたちをしている少女の存在に理由を見出さなくてはならなかった。


「双子、なのか……?!」


 少女たちの顔、姿を震える人差し指でさし示しながら、ルーフは奥歯までもが振動しそうになっているのを脳裏で感じ取っていた。


 少女の内の一人、霧の中の壁で待っていた方がルーフの姿、挙動を見て眉をひそめていた。


「あら、やだわこの人、いきなり他人を見て驚いたと思ったら、指をさして一方的な勘違いをしてる」


 モアとそっくりな少女はあからさまに気分を害した様子で、ルーフに対する不快感を言葉の上へ丁寧に用意している。


「彼が……本当に? あたしたちの救いになる可能性がある個体、に、なるのかしら? 本当なのかしら」


 じっくりと言葉を選びながら、少女は目の前にいる車椅子に座った少年に疑いの目線を向けている。


 明るい青色、青空のような瞳が疑いによって曇っている。

 少女の疑りを見た、モアが同じ瞳の色の中に懸命な言い訳の色をにじませていた。


「たしかに、見た目は頼りないけれど……。でも、こう見えても彼は水底から帰還した個体なのよ」


 まるで励ますようにしている。

 モアは自分と同じ顔、背格好、髪の毛と皮膚の色を持った少女にルーフについてを教えている。


 少女の方が、やはりモアと同じ顔で「まさか! こんなヒョロヒョロのガキが?」的な驚きに青い目を丸く見開いている。


 驚きをこちら側に向けている。

 しかしながら、ルーフの方こそ彼女らには多大なる驚愕を抱かずにはいられないでいた。


「お前らは…………いったい」


 ルーフが、ついには彼女らの正体に追及の手を伸ばそうとした。

 だが、少年が実際に疑問を彼女らに突き立てるよりも先に、彼の背後からハリの声が静かに伸びてきていた。


「驚いたかもしれませんが、なに、理由はいずれ……この壁を越えたお城のてっぺんで全部わかりますよ」


 提案のようなものをした後で、ハリは言葉の最後尾に「たぶん、です」といかにも頼りなさげな言葉をくっつけている。


 魔法使いがルーフに伝えた、全部とはどの辺をどのように対象としているのだろうか。

 むしろ、より一層謎が深まったにすぎないことを、ルーフは誰とも問わずに訴えかけようとした。


 だが、やはり少年の言葉は実際の空間に影響を及ぼすことは無かった。


 ルーフが口を開こうとした、まるでそのタイミングを見計らったかのように足元へ一枚の魔法陣が発現していたのである。


「うわ?!」


 ルーフが反射的に驚いている。

 狼狽える少年に、少女が淡々と解説をしていた。


「上昇用の、運搬に特化した魔法陣です。本来は城に認可された人間だけを対象としていますが……、今回はどうやら特例に次ぐ特例が生じているようね」


 少女はモアと同じような音程で、しかし言葉遣いやリズムにはある程度の個性を持たせながら、視線をついと上に差し向けている。


 青い瞳が見上げている、そこにはもうすでに魔力によって作られた霧の壁は消滅されていた。


 その代わりに、霧の向こうに隠されていた本来の光景が広がりを見せている。

 鈍色の曇り空からは雨が降り続け、雨粒が建造物の一つを濡らし続けていた。


 限りなく白に近しい灰色の壁。

 一本の塔のように見える、そこがこの古城の頂点に位置する建造物であるらしかった。


「では、上昇します」


 モアに似た少女が言葉を発する。

 少女に向けて、モアが簡単な言葉を向けている。


「人間の他に道具も含まれるから、ちょっと面倒かもしれないけど」


 そういいながら、モアは車椅子に座っている少年の方を見ている。

 少女の青色をした瞳と、ルーフの琥珀のような虹彩が少しの間だけぶつかりあった。


 音も感覚も存在していない衝突。

 そのさなかでルーフは、ここでようやく少女が自分の身体の不具合について不都合を覚えている、事実に対して静かに驚きのようなものを覚えていた。


 少年一人の驚愕をよそに、魔法陣が本格的な実体を得たと同時に上昇をしていた。


 脳天を大きな板で直線に押し付けられたかのような、重みが体の芯に鈍い振動を与えている。

 重力の動きが少しだけ体に負担をかけた、その次の瞬間には彼らの体は魔法陣によって上に運ばれていた。


 やがて壁が終わりを迎え、彼らの目の前に白く大きな扉が現れていた。

 扉の大きさはこの鉄の国(灰笛を含むこの物語の舞台である国のこと)における成人男性の身長をゆうに超えている。


 ましてや、車椅子に身を預けているルーフにとっては、その扉はさながら氷山を目の前にしたかのような威圧感を有していた。


「あ」


 石の白さと雨水の音色だけが支配をする、静謐なる空間にハリののんびりとした声音が唐突に侵入してきていた。


「ランプ、彼女に預けそびれてしまいました」


 見れば、確かにハリはその左手に魔力鉱物のランプを携えたままとなっている。

 光はすでに消えている、ということはここから先は魔力の有無は関係ないのだろう。


 そう考えようとした所で、しかしながらルーフはまた考えを自己の内で改めようとしている。


 深く考える必要も無く、ここまで来たらもう、すでに案内など必要ないのかもしれない。


 少年と同じようなことを、モアは大体において考えているらしかった。


「わざわざ戻るのもアレだし、もうこのまま持っていっちゃいましょう」


「了解しました」


 モアとの簡単なやり取りの後に、ハリはランプを片手に携えたままで扉の前に立つ。


 白い氷の塊のようなそこに手を添えている。

 すると、扉の全体に四角形や円形、あるいは直線によって構成された幾何学的な模様が明滅をしていた。


 どうやら氷のように無機質かつ蛋白に見えていたそれには、よく見ると細やかな彫刻がほどこされていたらしい。


 溝のそれぞれに光がまんべんなく満たされた、次の瞬間には扉が外界を受け入れるように、こちら側に戸を開けているのが確認できた。


 重たいものが床の上に引きずられる、低い唸り声のような音色が空間を満たした。


 ある程度までの空白が出来上がると、モアはそこに左足を踏み入れていた。


「では、参りましょうか」


 もう片方の足を入れる、それより前に少女が少年を扉の内側に誘っていた。

 


 誘いを受け入れた。

 ルーフはまず目の前に広がる緑色の数々に強く意識を奪われていた。


「何だここ……?」


 疑問を口にしかけた所で、しかして少年はすでに光景にある程度の目途を立てている。


「植物園みたいだな」


 そこまさに植物、木々を主体にした空間であった。

 

 細い道、それこそまさにルーフと車椅子一台分ぐらい、後は男女が連れ添って二人歩ける程度の幅しかない道。


 それ以外はすべて土と植物、樹木が空間をところせましと支配していた。


 ハリが、頭上に触れる木々の枝を指でやり過ごしている。


「いつもながら、ほとんど森みたいですね、ここは」


 ハリの頭部、黒猫のような聴覚器官が枝先と触れ合い、互いに跳ねるように動いている。


 モアは狭い道を、パンプスの裏をコツコツと鳴らしながら前へと進み、ルーフをさらに奥へと誘おうとしている。


「あともう少し、本当にあと少しだから、ね」


 まるで幼い子供に言いかけるようにしている。

 ルーフがそれに羞恥心を抱くより以上に、好奇心を強く働かせていた。


 やがて、部屋の奥に彼らはついに到達していた。


 そこには、大きな桜の木が一本生えていた。

 大きな、それは大きな桜の樹木だった。


 樹齢に関して、ルーフはあまり詳しいことは言えそうにない。

 浅い知識であることを前提として、そうだとしてもゆうに百年以上の月日をルーフは樹皮から感じ取っていた。


 それに、その樹木に関してはもっと別に注目すべき事柄が視界に現れていた。


「花が咲いている、こんな時期なのに……」


 季節は、記憶が確かならばすでに春を通り過ぎているはずだった。

 それに、仮に今が春のど真ん中であったとしても、灰笛(はいふえ)という常に雨天が蔓延っている土地と、目の前の満開の桜はどうにもミスマッチな気配を抱かせていた。


 ルーフが感じている違和感に、モアが右側の視界で彼に説明をしている。


「この木の花は基本的にずっと咲いているの」


 少女の言葉に虚偽の気配は感じられそうにない。

 であればこそ、ルーフは教えられた事実に疑問を抱かずにはいられないでいた。


「そんな馬鹿な、それじゃあ……」


 いいかけた言葉を、やはりモアは先んじて受け止めていた。


「ええ、だから、この木は自然には生きられない、ここでしか生きられない」


 語っている途中で、モアは足をさらに前へ、桜の木の近くへと進ませている。


「そして、それは「彼女」にも共通している」

ご覧になってくださり、ありがとうございます!

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