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 具体的にどこがどう異なっているのか。

 ルーフはもしも他のだれかに具体的な解説、説明を求められたとして、上手く答える自信も根拠も用意できそうになかった。


 ただ、その空間は今まで少年が通過してきた古城の風景とは大きく異なっていること、それだけは確かな事実だった。


 白色が空間を圧迫している。

 

 雪に包まれている?

 ルーフはそう考えようとして、しかしすぐに自らの思考を否定していた。


 なっているのではない、元々がこういう場所だったのだと、そう考えている。


 下層までは灰色に濁り、古ぼけていた石材の壁やら床。

 それが今、目の前に広がっている空間では見事なまでに磨かれた、乳白色の滑らかさをまざまざと見せつけている。


 加工された大理石のようなもの、それが全体の空間を果てるまで支配している。


 そして地面の白さは床をはなれた、目の前の視界すらも染め上げていた。

 大量の霧、によく似た要素が空間を満たしている。


 水蒸気によって作られている、ルーフはすぐに「水」という魔力要素で作り上げられた虚像を背後に思い出していた。


 空間の中で、ルーフは車椅子の車輪をさらに前へと動かそうとした。

 だが、実際に少年が動くよりも前に、彼の体は後方の魔法使いによって制止させられていた。


「あまり、下手に好き勝手に、動いてはいけませんよルーフ君」


 魔法使い、ハリという名前の彼がルーフに忠告のようなものを伝えている。


「下手をすると、一気に床が抜けて下までズドン、に、なっちゃいますから」


「そんな馬鹿な……」


 ルーフはそう言いかけて、前提として考えようとした常識観点をも否定する必要性に駆られていた。


 そうなのである、とまずはハリの注意を受け入れる必要性があるのだと、意識的に考える。


 実際に、ハリの腕によって車椅子を運ばれている現状においても、ルーフは自らの足元が酷く不安定であることを自覚し始めていた。


「なんか、うすい靄みたいなものが見える」


 足元から目線をそらせば、目の前には朝の山を包む霧の塊らしきものが見えたりもした。


「俺、もしかするとこれからあの世みたいなところに連れてかれるんじゃないか?」


 ルーフとしては冗談めかしていってみた、数少ないジョークのつもりだった。

 だが、どうにも少年以外の彼らはあくまでも真剣な様子を崩そうとしなかった。


 彼らの内の一人で、この古城、空間の持ち主であるモアが微笑みながらルーフに語りかけている。


「当たらずとも、遠からずね。ここから先は、大部分が魔的な要素で構成されているから、ちょっとでも意識を失うと下層に戻される仕組みになってるの」


「……トンデモな設計技術を、ずいぶんとあっさり解説するんだな」


 この際あまり深くは追及しないことにして、ルーフはまずもって目的のための手順を確認しようとしていた。


「それで、そんな迷宮でどうやって、お前らが目的にしている部屋にたどり着こうってんだよ?」


 ルーフの質問に、モアがなんて事も無さそうに受け答えをしている。


「それは、魔術師さんや魔法使いの力を借りて、城を本体にルートの検索を……」


 言いかけた所で、しかしてモアの方でも具体的な説明を難しいものにしていると、少女自身が早くに見当をつけていたらしい。


「えっと、要するにこれを使えばいいのよ」


 諦めたかのように、モアはパッと声の雰囲気を変えて右手を少し上にかざしている。


「?」


 ルーフはその動きを、まぎれもなく最初から最後まで目で確認している。

 そのつもりだった。


 だからこそほんの一瞬、瞬きほどの油断を許した、その間に少女の手元に謎の道具が握りしめられている。

 光景が、まずルーフには信じられそうになかった。


「それは……!」


 驚愕を口にしかけた。

 しかしその前にルーフは、少女の手に握りしめられている物品への理解を至らせていた。


「鉱物ランプ……?! 何でまた」


 中身に発光能力のある鉱物を詰める、この世界においてはいささかアナログ趣味な人工灯。

 道具の詳細がルーフの頭の中にひらめいている。


 物の正体は理解できたとしても、しかしながら検索できた情報が目の前の事象の答えたりうることは無さそうだった。


 問題なのはそれをどこから取り出したのか、についてである。


 非常用の電灯(ライト)とあまり変わりの無い程度の大きさがある。

 とても少女の衣服には隠しようのない、それこそ魔術か何かでも使わない限りは隠しようもない。


 そんな灯りを、モアは迷うことも無くハリの方に手渡していた。


「ナナセ、これを……」


 ルーフが戸惑っているなかで、モアは灯りをハリに預けている。

 わざわざファミリーネームを丁寧に呼びながら、まるで何か重要な任務を言い渡すかのようにしている。


 ハリは少女の表情を見て、返事を唇に発していた。


「任せてください」


 それだけを少女に伝え、ハリは平坦とした様子で灯りを受け取っていた。

 

 少女から手渡されたそれは、とても古そうな鉱物ランプだった。

 ガラス管のなかに発光能力のある魔力鉱物を込める、この世界において、過去に日用品として使用されていた人工灯の一つだった。


 電力が普及した今では、すでにヴィンテージ品としての見かたがなされている。

 実際に、ハリの手の中にあるそれはすでに古ぼけている。


 長らく使用されていなかった証拠として、中身の魔力鉱物は色褪せ、光の気配を喪失させてしまっている。


「あかり、切れてるな」


 ルーフが、見たままの感想を口にしている。

 それに対し、ハリの方でもなんて事も無いように左腕を、ランプを軽く前に突き出していた。


「ええ。ですが、こうすれば……」


 言葉を発しながら、ハリは呼吸を少しする。

 体にかすかな熱がともされる、生まれた温かさを周辺の霧が溶かし込んでいた。


 魔力を使う、するとランプに光が発生していた。


 またしばらく歩こうとしている。


 時間が残されていることを確認した、ルーフはコマを進めるような感覚で少女に質問をしていた。


「この場所、……いや、あの虚像からずっと、ここは結界の中なんだな」


 質問文のような音程を作ろうとした所で、ルーフは自身がすでに考え付いた内容に確信を抱いていることに気付かされている。


 少年が確かめようとしている。

 内容に対し、モアは簡単な返答だけをまず用意していた。


「そうね、そういことになるわ」


 まるで理解が早くて助かっているように、モアはこの空間についての説明を、あくまでも補足的に行っていた。


「最終的な目的地、彼女の部屋にたどり着けるのは魔力を有した人間だけなの」


 言いながら、途中でモアは後ろの方を軽く振り向いている。


「使用期限が切れた鉱物ランプを、人為的に明るくすることの出来る人間、……でもなければまずこの空間を進むことはできないのよ」


 青空のような瞳は一人の男を、ハリの姿を反射させている。


 少女の視線に誘導されるようにして、ルーフも車椅子の車輪を回しながらハリの方を見上げている。


 見上げた先ではハリが、左の片手にランプを携えている姿が確認できた。


 うすい靄のようなものの中で、ハリの持っているランプがオレンジ色の光を放っているのが見える。


 ランプを片手に、ハリは少しだけ不満げな素振りを作っていた。


「これ、ちょっと疲れるので面倒なんですよね」


 表現した言葉。

 それがただ単に肉体的な負担ではなく、ランプの明かりをともしていることに関係している事をルーフはすぐに理解していた。


 つまりは、ランプの中身に込められているモノ、使用期限はとうの昔に切れた魔力鉱物に新たな力を、魔力を注入すること。

 それについて、ハリはいかにも魔力を持っている人間らしい文句を口先に用意しているのであった。


 文句をいっているハリに、モアがすこし困ったようにしていた。


「しょうがないわ。だって、その灯りが照らしている部分しか進めないんだもの」


 少女がそう説明している。

 それは単に先行きを灯りで照らさなくてはならないと言うよりも、それよりかはもっと単純な問題を主体にしているようだった。


 灯りによって照らされている部分。

 そこがようやく霧のような曖昧さを失い、せいぜい石材のような実体を得ているのである。


 ルーフは、どちらとも問わずに感覚についてのコメントを求めた。


「これ、もしも灯りを持たずに歩いたら、本当に下に落とされるのか?」


 まさかと思いながらも、自分の身体が彼らの歩行速度に追いつかなくなる、想像と不安を抱かずにはいられないでいた。


 少年の杞憂を、打ち消していたのはハリの声だった。


「いいえ、さすがにそこまでトンデモなトラップは今のご時世、検閲に引っかかってしまいます」


 否定をしている。

 だがその言い方では、まるで規制がかかる前までは是としていたことを言葉の外側で認めているようなものではないだろうか。


 ルーフが想像を至らせていると、モアが不意に足を止めている気配が聞き取れていた。


「今日はこのあたりね」


 あかりに照らされた霧の中で、モアは一つの壁の前で立ち止まっている。


 壁、とそう思いそうになったのは誤りで、よく見るとそれは段差の細かな階段。


 モアの言葉を聞いたハリが、疲労感のようなものを唇に呟いていた。


「やれやれ、やっとですか。今回はずいぶんと時間がかかりましたね」


 魔法使いが文句を言っているのに対し、モアがにこやかな返事だけを発している。


「初めてのお客さんが来るからね、あの子も、きっと緊張しているんじゃないかしら」


 少女はそんな事を語っている。


 あの子とは、はたして誰のことを指しているのだろう?


ルーフは気になり、みたびの質問文を彼らに投げ掛けようとした。


だが、少年が実際に言葉を発することは、ここでは起きなかった。


なぜなら、少年の言葉の上に覆い被さるようにして、少女が彼らに話しかけていたからだった。


「いらっしゃいませ」


それは、モアの声ではなかった。

別の少女であると、何故だかルーフは考えようとしている。


しかし、少年の予想は必ずしも全てが正解していたとは言えそうになかった。


何故なら、その少女もまた別の少女、つまりはモアと同じような顔をしていたからだった。

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