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バラバラになった幽霊と植物園

「着いたわ!」


 モアが高らかに、なにかとても素晴らしいことに遭遇したかのように宣言をしている。

 目的地にたどり着いたことをルーフに伝えながら、モアは傘を持ちながら彼の前へ踊るように身をひらめかせている。


「ここまでくれば、後はもうだいじょーぶ。あたしなんかは、目を閉じていたってお部屋にたどり着くことが出来るわ!」


 妙にテンションの高い様子で、モアは傘を右の片手にクルクルと回している。


 少女が、この石と木の根っこで構成された謎の古城の持ち主である彼女がそう主張している。

 であれば、一応客人としての関係性にいるルーフは少女の言葉を信頼するより他は無いように思われる。


「着いたって…………」


 できるだけ、でき得る限りは想定した行動を起こすための努力をしようとした。

 だが、今のルーフに眼前の状況を理解する柔軟さは持ち合わせてなどいなかった。


「なにも無いじゃねえか?」


 指摘をしようとして、ルーフはほぼ自然に問いかけるような口ぶりを作ってしまっている。

 実際に、現時点においてルーフは疑問を、疑いを抱かずにはいられないでいた。


 事実、少年は目の前の光景に何の特別性も見いだせないでいる。

 というのも、そこにはただの空間しか見受けられそうになかったらだ。


 工事現場、といえばあまりにも強引なこじつけになってしまいそうだった。

 そこは立ち入り禁止の金網が張られている、どこにでもありそうは普通の空間のように見える。


 網目の向こうには確かに立ち入るのに不必要そうな、人の気配を希薄にした空間ばかりが広がりを見せている。


「行き止まり、だよな」


 ルーフは車輪を少し前に回して、立ち入り禁止の金網にそっと指を触れさせている。


「?」


 一瞬だけ温かさを感じた、ような気がした。


 しかし感覚はすぐに雨粒によって無意識のうちに誤魔化されてしまっている。

 気のせいだったのだろうか? ルーフはそう考えようとした。


 冷たい金網に指を軽くひっかける。

 ルーフは指の位置をそのままながら、後方に立っているであろうハリとモアに質問をしようとした。


「やっぱり、なにも無い……」


 作りかけた沈黙。

 だが静かさが現実に形を得るよりも先に、ルーフの指をモアの手がまたしても包み込もうとしていた。


「お前……また……!」


 突然のスキンシップに、ルーフは二度目といえども依然として慣れぬ反応を示そうとした。


 だが、モアの方はルーフの動揺にかまわずに、それよりも重要な余裕に基づいて指の圧力を強めていた。


「ちょっとだけ、離れていて」


 それだけの事を、モアは唇をルーフの耳元に寄せながら囁きかけている。


 吐息の気配、温かさはあってもあまり湿度は感じられそうにない。

 空気の気配を感じ取っていた。


 ルーフの耳に小さな炎のような熱が灯ろうとしていた、

 それと同時に、モアは後方に立っているハリに頼みごとを発していた。


「ナナセ、よろしく」


 言葉の雰囲気こそ柔らかく、まるで頼みごとをするかのような立場を感じさせる。

 とはいえ、言葉遣いこそ柔らかな気配を含んでいるとしても、それは確実に少女が魔法使いに下す命令でもあった。


「はい、分かりましたお嬢さん」


 少女に命令された、ハリは内容をすぐに体において実行していた。


 何をするつもりなのだろうか?

 また何か、とんでもなく珍奇な行為でもするのだろうか。


 ルーフは期待した、だが待ち望んだものとは裏腹に、ハリ自体の行為はいたって単純なものでしなかった。


 何故なら、彼はあくまでも触っているだけに過ぎなかったからだった。

 金網、立ち入り禁止のために人工的に作られ、用意された金網に触れている。


 そこまでならば、一応ルーフにもでき得る普通の行為と呼べた。


 もしもそこで、ハリが魔法の刀で金網ごと切り裂いていたとしたら、それはそれでまたルーフの期待通りになるのかもしれなかった。


 ということは、要するに、ハリは何の道具も使わなかったことになる。


 道具という行為、手段もなにも必要なかった。


 ただハリは金網に手を触れさせ、そして金属の壁が彼の指を柔らかそうに飲み込んでいたにすぎなかった。


「え?」


 目の前に起きている事象を整理するために、ルーフの無意識は即座に行為の状態を観察していた。


 見て、やはり最初に目撃したすべてが目の前の現実、その大部分であることを思い知らされている。

 金網は、本来あるべきだった結束力を失い、さながら絹豆腐のごとき柔らかさでハリの指を表面に受け入れている。


 面を意識した、ハリが内部に手首を沈み込ませようとした。

 その頃合いで、ルーフはまた新たな事実に気づき始めている。


 ハリの、魔法使いの指を飲み込んでいるのは金網ではなく、金網を含んだ空間全体のようだった。


 つまりは、金網より向こう側の世界、空間が全て実体をハリの腕によって揺らめかせていた。


 どういうことなのだろうか。

 考えるよりも先に、しかしてルーフは思うがままの意見を言葉として呟いていた。


「空間ごとの結界……。偽物、虚像、偽物(フェイク)か!」


 単語のそれぞれを弾丸のように、再装填を繰り返すように発している。


 ルーフとしてはただ思考を整理するための行為でしかなかった。

 だが、モアは少年の言葉を聞いて驚いたような反応を示さずにはいられないようだった。


「まあ……! 見ただけで分かるなんて、さすがね!」


 これは、褒められているのだろうか?

 そう仮定したとしても、しかしながらルーフの意識は少女の言葉に主体性を置けないでいる。


 そんな事よりも、もうすでにハリの腕の大部分が虚像の空間に飲み込まれている、光景に強い驚きを抱いていた。


 魔法使いの体が飲み込まれていく。

 そこにモアがルーフに向けてひとつ、提案をしていた。


「じゃあ、あたしたちも入ろっか」


「え、いや……まってくれ!」


 ハンドルを握られた、ルーフは自身の動揺など構うことなく虚像に体を押し付けられようとしていた。


 金網、のように見えていたはずのそこに爪先が触れる。

 硬さ、金属の質感、音色をルーフは遅れ気味に期待した。


 だが意図的に抱いた願望など虚しく、金網のように見えていた、そう信じきっていた底はすでに別の質感を現実に表明していた。


 柔らかいものが体に押し付けられる。

 少しだけ息が苦しくなって、ルーフはたまらずまぶたを閉じそうになった。


 だが、暗闇に身を預けようとした反射行動を、ルーフの内に潜む意識が否定している。

 目を閉じるべきではない、虚像、魔術によって構成された防衛機能を見なくてはならない。


 観察しなくてはならない、そう望んでいるのはルーフに含まれている好奇心の声だった。


 ある種の暴力的な強烈さの中で、ルーフのまぶたは好奇心によって強引に開かれている。


 見ている、そこでは虚像のちょうど断面部分にあたるそれらを見ることが出来ていた。

 肌全体、瞼の薄い皮一枚、まつ毛に何か細やかな粒がぶつかるのをルーフは感じ取っている。


 それは水蒸気のような感触だった。

 触れた瞬間から、肌が感じ得る感覚よりも小さく溶けてしまいそうなもの。


 これは何だろうと、ルーフは考えようとした。

 だが考えるよりも先に、触れているものが水のようなもの、「水」がこの虚像を作り上げていたこと無意識に近しい部分で理解していた。


「水」、水滴のような物質で構成された虚像の壁を越えた。


 その先には、先ほどまでとは打って変わって、どこか異様なまでの空間が広がりを見せていた。


「ここは……?」


 壁の向こう側にあるそこは、それまでの遺跡のような古城とはあからさまに異なった空間だった。

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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