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悲鳴をあげながらピンポイントで致命的なダメージを少しずつ与えよう

 モアが、少女が現れた男の名前を呼んでいる。


「モティマさん!」


 彼女にしては珍しく、感情を大きく動かした様子を見せている。


 モティマと名前を呼ばれた、魔術師の男性は少女の声に眉間へ軽くしわを寄せていた。


 かすかな感情表現、それは一瞬の出来事であった。

 それこそ、彼がこの場に現れてからずっと注視していたルーフの眼球でもなければ、彼の表情の変化に気付くことは出来なかっただろう。


 モティマと名前を呼ばれた、彼は見月(みづき)というネズミの特徴を宿した人種特有の、まるい皮膚の色をした耳をピクリ、と動かしていた。


 モアが靴の音色を奏でながら、モティマの方に歩み寄っている。


「あれ、あれれ? 確か、下の階でお仕事をしていたんじゃ……?」


 モアが首を傾けて、彼がここに居る理由を質問文にしていた。

 少女が問いかけている内容は、ちょうどルーフの方でも気になっている部分ではあった。


「確かに……、今さっきまでそとで怪物の対応をしていたんじゃないか?」


 ルーフは質問を作ろうとして、しかし発した言葉の時点ですでに確信と確定を相手に、モティマに抱いていることを心の隅で認めていた。


 少年と少女に問いかけられた。

 モティマが、特になんてことも無さそうにしながら、用意できる事象だけを彼女らに伝えている。


「それは、まあ、城の外壁を使わせてもらったんだがな」


 モティマという名の魔術師は、そのダークブラウンをした瞳をつい、と横に流している。


 視線を誘導されるようにして、ルーフは古城の廊下、その先に伸びている空間を目で見ている。


「ああ、なるほど…………」


 床の無い、頼るべき重力の無い空間を見て、ルーフは長めの沈黙の合間に納得を作り上げている。

 空を飛んできたのだろう、すぐに想像と理解が意識の上にたどり着いていた。


 なんと言ってもモティマは、彼は魔術師なのである。

 魔法陣であれ何であれ、様々な方法で空を飛ぶ方法を持ち合せている。


 ルーフが、若干不慣れな所作で理解、のようなものを作り上げている。


 そんな少年をよそに、モティマの方はそんな事よりもといった様子で、モアの方に視線を意識的に固定させていた。


「君の方こそ、どうしてわざわざこんな所を歩いているんだ?」


 モティマが最初の一文を皮切りに、次々と、矢をつがえるよりも早くに少女への確認行為をしている。


「直接更新をするつもりなのか? まさか……そうしなければならない程の不具合が、ボディに発症したのか? だとしたら、なおさら一人だけじゃ危険だ。自分も早く作業を切り上げるから……──」


 呼吸の隙間も許すことなく、たった一拍でも惜しいものとするかのように、モティマの質問文がモアの体、聴覚の力を止めどなく振動させている。


 とても返答をするような余裕はなさそうにみえる。

 しかしモアはあえて相手に合わせることをせずに、あくまでもマイペースの中でモティマからの質問事項を片づけていた。


「ご心配には及びませんわ、叔父さま。今回は、そちらの方のためにこの場所の機構を紹介したかっただけなの」


 モアが話しを開始した。

 途端にモティマはそれまでの弁舌を停止させ、まるで夜の森林のような静けさで少女の言葉、声を発すると同時に揺れる彼女の柔らかな金髪に注目を捧げていた。


 モティマが見ている、その先でモアはその明るい青色をした瞳をルーフの方に向けている。


「近年稀にみる、なんて言ったらちょっと安っぽいけれど。……でも、出来ることなら早いうちにあたしたちの陣に組み込んでおくのは、決して悪い話じゃないとおもうの」


 何ごとかの計画じみた話をしている。

 その間にも、モアは目線をルーフのいる方に固定している。


 少女が車椅子に座っている、右足のほとんどを欠落させた少年の姿を見ている。


 見られている、ルーフの琥珀の色をした瞳が少女の姿を捉えていた。


 視線を一直線にかわしている、点と線の目に見えぬ繋がりが少しの間だけ繋がれた。


 目を合わせている。

 しかしてそこに信頼関係だとか、執着心などの人間めいた感情の熱はあまり含まれてはいない。


 相手がそこに存在していること。

 道を歩いていて、アスファルトの割れ目から黄色い小さな花が咲いている、その事実を認めた、その程度の感覚しかない。


 それはただの認識で、確認以外の何ものでもなかった。

 ましてや関心や興味、好奇心は限りなく希薄なものでしなかった。


 やがて、少女の方の注目がモティマの声によってさえぎられた。


「まあ、……貴女に不具合がなにも無いとしたら、自分からは特になにを言うことも無いな」


 そういいながらモティマは古城の下層に向かうため、ルーフ等が通り過ぎていった道を辿ろうとしている。


 その様子、魔術師の後ろ姿をモアと、そしてハリという名前の魔法使いが見送ろうとしている。


 去りゆく彼の、背中に声を投げかけていたのはルーフの声だった。


「あの!」


 呼び止められた、声を背中に真っ直ぐ受け止めた。

 モティマのネズミのように小さく薄い円形をした聴覚器官がピクリ、と反応をしている。


 その場で静かに足踏み、振り返ってモティマは少年の方を見る。


「何かな?」


 まずは呼び止められた理由を問いかけている。

 彼の視線が自分の方を見ている、ルーフは相手が目を逸らさぬ内に質問文を作り上げないといけない、謎の焦燥感に喉の筋肉を硬直させていた。


「えっと、エミル……アゲハさんは、まだ仕事の途中なんか、ですか?」


 敬語を忘れかけて、ルーフは慌てて雑な補足をくっつけている。

 少年の問いに対して、モティマの方はすぐに解等を用意することはしなかった。


「自分も、一応アゲハの人間なんだけどな」


「え、ああ……そうですよね、すいません」


 もっともらしい指摘にルーフがすかさず謝罪を、大して中身もこもっていない言葉で間違いを誤っている。


 モティマは自分がアゲハという一族の一員であることを、どうやら先に少年に伝えておきたがっているようだった。


「何にしても、君が何を主体とするかはこの先にあるものが深く関係してくるんだろうな」


 そんなことを言いながら、モティマは立ち去りかけた所で足を止める。


「あと、エミル君はまだ仕事中で、今日のところは遅くなりそうだから先に君だけで家に帰ってくれ。とのことだ」


 事情を教えられた。

 ルーフが状況を飲み込むよりも先に、彼の後ろへモアの体がひらめくように移動をしていた。


「なんだ、せっかくなら叔父さまにルーフ君の調子を診察してほしかったのに」


 モアが残念そうにしているのを背後に、モティマは背中を向けたままで右の腕、手のひらを軽く上にあげて「さようなら」のジェスチャーを作ってみせていた。


 ルーフが右手を小さく上げて、相手に気付かれることの無い返答をしている。


 さて、魔術師が去った。

 少年と少女、そして約一名の魔法使いは彼のたどった道を引き続き進むことにしている。


 ルーフが再三の、この一日の中で何度目かもわからぬ問いを口ずさんでいる。


「この、エレベーター? をのぼったら何があるんだ?」


 道はほぼ一直線にしか許されていない。

 古ぼけた灰色の石材によって構成された、古代の遺跡のような廊下。


 実際、所々年月による摩耗や欠損などが見受けられる。

 耐震強度的にも頼りなさすぎる、風雨をしのぐ壁としての役割すらも怪しい。


 そんな廊下の奥に、さらに不安を助長させるかのような暗闇、空洞がぽっかりと口を空けて待っている。


 口には歯も舌もない、在るのは巨大な人間用の鳥籠、もとい人の体を上に下に運ぶ謎の機構であった。


「ずいぶんと原始的なエレベーターだな」


 仕組み的には井戸の桶と何ら変わりは無いように思われる。

 ルーフ自身本物の井戸を見たことも、使ったことも無いが、とりあえず映画や漫画アニメ等々で見知ったそれと、目の前にあるそれはそれなりに類似していた。


「いたって基本的な魔術式を使用した、移動用(ケージ)よ」


 道具の説明をしながら、モアは何のためらいもなく籠に足をかけている。


 彼女の履いている、かすかに鋭いヒールが鳥籠の底面に触れ合い、ぶつかり合った音色がコツン……と暗闇に響いた。


「これで、取りあえず近くまで登っておきましょう」


 モアがルーフの使っている車椅子のハンドルから手を離し、一人だけの身体でエレベーターの箱に入り込んでいる。


 金属の格子が縦長に伸びる、檻のような箱がモアの体重を受け止めて軽く揺れる。


「じゃあ、ボクらも乗りましょうか」


 そう言っているのはハリの声だった。

 若い魔法使いはルーフの後方に身体を移動させながら、とりたてて了承を得ることもせずにその体を箱の中に連行しようとしていた。


 さて、車輪が発進する。

 だが、ルーフはそれよりも先に、基本的に気にすべき事項に見舞われていた。


「落ちる、落ちるって!」


 箱と穴の空白に車輪が挟まりかけている。

 がたつく推進力を煩わしく思った、ハリがなんて事も無さそうに車椅子を持ち上げていた。


「こうすれば、ほら楽ちん」


 ほとんど片腕だけの力、左腕だけでハリはルーフの体を車椅子ごと運んでいた。


「相変わらず、すごい怪力だな」


 ダイナミックな移動にはすでに慣れきってしまっている。

 ルーフはどこか呆れ果てた様子でハリの、魔法使いである彼の腕力に簡単な感嘆を送っていた。


 ルーフの言葉を賞賛のようなものとして受け取ったらしい、ハリが妙に張り切った様子で左の腕をグッと前に、少年がいる方向に小さく突き出している。


「ええ、そうですとも。ボクの体を構成している「呪い」が、ボクの体に通常では得られないであろう腕力を付加させてくれているのです」


 自慢げにしている。

 ルーフは籠の中、箱の中で魔法使いの様子を見上げている。


 少なくともこの人間は、現時点に得られる情報では「呪い」を是としていること。

 そのことを認識した。


 少年の耳に、モアの声が響いてきていた、


「この階をのぼって、あともう少し歩いたら家のコンピューターがあるから」


「ふうん……」


 ルーフは軽く同意をしようとして、しかしすぐに言葉の中の違和感に気付かされている。


「ん、え? コンピューター?」

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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