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かつての哲学者を参考にしようか

 少年がひとりで必死にイメージを噛み殺している。

 だが彼のそんな試みも虚しく、ルーフという名前の少年の周りでは次々と過去の事象についての話題が花を開かせようとしていた。


 モアという名の少女が、たった今事実を思い出したかのような、そんな声明るさを発している。


「そういえば、あの時の潜入捜査はなかなかにスリリングで、ずっとドキドキしっぱなしだったわね」


 過去にルーフを拉致監禁した、その実行犯であるモア本人が他人事のような台詞をぬかしている。


「そうですね」


 少女の明るい口調に合いの手を入れるようにして、彼女と同じく拉致の実行犯だったハリが遠い昔のことを思い出すような素振りを作っている。


「あの時は、ボクもはつの大仕事にドキドキしていました」


 男と少女が感慨深そうに話を合わせている。


 微妙な空気が流れるなかで、ルーフは場面の穏やかさに何とかして逆らおうとしていた。


「達成感を味わっているとこ悪いが、一応てめえらが起こした拉致監禁の被害者がここに居るんだぜ?」


 探るような口調になっているのは、ルーフ自身が彼らの起こした事件にあまり重要度を抱いていない事も関係していた。


 確かに、彼らの手によって強引に連れ去られた事実は存在している。

 とは言うものの、そこにルーフ自身が受けた損害は大して重要度を含んでなどいなかった。


 ルーフにしてみれば、自分の身体が刻まれたり焼かれたりするよりも重要なことがあった。


「よくも、俺の大事な妹を殴ってくれやがったぜコンチクショウが」


 今更とは理解しているつもりでも、それでもルーフは許すべきではない事柄を改めて再確認せずにはいられないでいる。


「俺はまだ、お前らを許したわけじゃない……」


 主張を表現しかけた所で、ルーフはふと、周辺の環境に意識を至らせている。


「……っていうか、そろそろホントにどこに向かおうとしているのか教えてくれないか?」


 会話を中途半端に止める。

 そうしないと、たとえルーフであったとしても状況に強い不安を覚えずにはいられないでいた。


 ルーフが質問している、視界の先で前方を歩いていたハリが問いに答えていた。


「上に向かっているんですよ、ルーフ君」


 至極当然のこと、当たり前でしかない単語だけをハリは繋げている。

 魔法使いの姿は古城の中にあり、しかしてその部分は機械的な構造をほとんど感じられない場所にあった。


「なんだか、知らんあいだにずいぶんと様変わりしたような気が…………」


 沈黙を含みながら、ルーフは周辺に視線を巡らせている。


 そこは相変わらず古城の内側であった。

 だが、下の階層と大きく異なった雰囲気を持っている。


「エレベーターも、エスカレーターも無さそうだな」


 ルーフがそう表現している。

 少年が表現を可能とする現代的な技術力の気配、要素がせいぜいその位しか思いつかなかった。


 というのも、先ほどに使用していた奥行きのあるエレベーターと同じものが、現在存在している階には見受けられそうになかったからだった。


 機械の無い空間。

 岩で作られた壁や床、天井や柱などが延々と続く。


 ルーフは車椅子の上からそれらの要素を見ながら、城の何処かに植えられている植物の葉が風にこすれあう音色を耳に受け止めている。


「すごい、レトロな空間だな」


 機械類がほとんど存在していない空間に、ルーフが静かな驚きを覚えている。


 まるで古代の遺跡のような、そんな気配を感じさせると同時に、人間の新鮮な様子を色濃く匂わせている。


 空間の中で、ハリはルーフと同じように木々のざわめきへ耳を済ませているようだった。

 ある程度の音色を耳に受け止めた、ハリの黒猫のような聴覚器官がルーフの方に向けられている。


「ここよりさらに上層にて、古城がこの場所、この土地……灰笛(はいふえ)に存在してる理由を見ることが出来ますよ」


 そんな予告をしながら、ハリは左の指で眼鏡の位置を軽く整えている。

 楕円形のレンズの奥、翡翠のような色をした瞳が古城に降り注ぐ薄い日光を反射しているのが見えた。


「期待していてください、きっと、ワクワクするような驚きが待っていますよ」


「……期待は、とりあえずしておくよ」


 背後のハンドルからモアの操縦が離れた。

 自由を少しだけ取り戻した、ルーフは自らが体重を預けている車椅子の車輪を操作している。


「それにしても、上と下でこんなにも雰囲気が変わるとはな……」


 ルーフは考えたことを、ようやく言葉に変換するようにしている。


 少年が車椅子で移動をする。

 車輪のゴムが床の石材を噛みしめる、摩擦の音が空間に付属されていた。


 進みながら、ルーフは少しの間だけ視線を外に向けている。

 柱の向こうには地面は続いていない、そのかわりにテラスのようなこしらえが空から降る雨水を受け止めている。


 確かに、とルーフは建物の造形を見た感想を新たに脳内へ書き加えている。


 安全のための柵も、ガラス板の一枚も用意されていない。

 風や雨が吹くのに任せている、硬い床の空間は客人、あるいは利用者などの外部の人間のために用意された空間とは呼べそうになかった。


 こうしてキチンとした理性さえあれば、床の外に不用意に向かう事など無い。


 だがどうだろう?

 自分のように、意識だけでは自由に体を動かすこともままならないような人間に、この空間は優しさと安全が不足しすぎていた。


 例えばもしも、車輪が暴走して勝手に滑っていったら、その先に地面ではなく虚空だけが広がっていたとしたら?

 もしもそうなったら、ルーフには何も抗う術を用意することは出来ない。


 ただ落ちるだけだった。


 だから、そんな早々が出来てしまえる、この空間は現在の人間には相応しいとは言えそうになかった。


 そんな空間をハリは、ルーフとは違う魔法使いの男はなんて事も無さそうに歩いていた。

 歩きながら、曲がり角まで進んだところで一旦足を止めている。


「ところで、ルーフ君」


 魔法使いの履いているブーツ、ダークブラウンの皮素材は少しだけ湿り気を帯びている。

 雨の気配を踏みしめながら、ハリは古城にてルーフに質問をしている。


「君は、この城がもともとどのような目的をもって建てられたか、詳細をご存知でしょうか?」


 質問をされた。

 ルーフは深く考えるよりも先に、用意できる分だけの回答をすぐに返していた。


「いや、知らねえな。っていうか、むしろ何で俺がそれを知っていると思えるんだよ」


 逆に追及をしたくなる。

 だが魔法使いは、ハリはルーフの疑問に答えを返すことをしなかった。


 魔法使いが言葉を発するよりも先に、モアがルーフの前に身体をひらめかせていた。


「ここは昔、病院だったのよ」


「病院」


 モアがそう話している、ルーフは単語をインコのように繰り返している。

 そして、今度はさして時間を必要としないうちに考えるべき要項に意識を至らせていた。


「病院は、下の階にあるものだろ?」


 ルーフの記憶の中には自身が入院生活を送っていた、あの全体的に白っぽい、清潔感があり余っている空間がイメージされていた。


 しかし、どうやらルーフが考えているものと、モアの抱くそれらは同様とは呼べそうになかった。


 モアがルーフの意見を穏やかに、平らかに否定している。


「確かに、下の階もキチンとした病院よ。だけど、これから向かうところはそことは違う雰囲気を持っている」


「回りくどいな、もっと分かりやすい言い方をしてくれよ」


 言い渋っている訳ではなく、どうやら少女は本当に言葉を溜めているにすぎないらしい。

 まるでクイズショーの司会者のよう真似をしている、ルーフは彼女に少しの苛立ちを覚えそうになっていた。


 焦りを覚えているのは、これから未知の領域が待ち構えていること、そこに進むしかない状況に自身が立たされていることに起因している。


 ルーフは己の感情をある程度把握していながら、しかして冷静さを選ぼうとはしていない。


 苛立ちを活動の原動力にしている。

 そんな少年に、モアがようやく古城の秘密、この灰笛(はいふえ)という名の地方都市の秘密を言葉で教えていた。


「ここは昔、たった一人の女の人を助けるために作られた、本当の意味でのお城でしかなかったの」


 教えられた事実はハッキリしているとは言えそうになく、まだ追及の余地は大量に残っている。

 もしかするとわざと、質問できる余分を残してくれたのだろうか。


 ルーフはある種期待めいたものを抱きながら、早速会話文の応対を行おうとしている。


 だが、ルーフが実際に行動をするよりも先に、ゴウウン……、ゴウウン……、と古城のとある部分で何かが作動している音色が空間を振動させていた。


「な、何だ? 何の音だ?!」


 ルーフは驚きながら、しかして視線はすでにある程度の目途をつけていた。


 少なくとも外側ではない。

 ルーフは古城の内側、ちょうどハリが曲がろうとしていた角の奥へと目を向けている。


 ルーフの、少年の琥珀色をした瞳が見つめている。


 そこには古城の内部が広がっている。

 石材で造られた、薄暗い廊下。


 視界に認められる分の奥には、洞穴のような空洞が広がっている。


 どうやら何かの乗り降り口のようである。

 と、ルーフがすぐに理解できたのは、まさにちょうど空洞の上方から何かが降りてくる気配が響いてきていたからであった。


 ガランガラン、ガランガラン、硬く大きい金属が擦れあう音色が響き渡っている。


 見れば、穴の中には太くて大きい鎖が上下に滑り落ちているのが見えていた。


 鎖は何かを運んでいるようで、ジャラジャラとした連続がやがてルーフ等がいる穴に、とある物を運び終えていた。


 降りてきた、それは巨大な檻のような造形をしている。

 

 檻、あるいは鳥籠のようなもの。

 人間を、詰めに詰めれば十人以上は運べてしまえそうな、それほどの大きさと頑丈さを持っていそうだった。


 金属の塊の内部、そこには一人の人物がこの階まで足を運ぶために、箱を作動させているようだった。


 そして、箱の内部にいる人物は、とりあえずのところこの場所に居る若者たち、全てが知っている顔でもあった。


「あら?」


 モアが彼の名前を呼ぶ。

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