権利的問題で研いだ刃物でお腹を滅多刺しにしよう
怪物に近しく、しかしてそれとは決定的に異なっている。
怪獣になりかけている誰かが、大量のプランクトンに覆われながら、何故か観覧車の一室に身を隠していた。
どうしてそんなことになっているのか。
理由を考えようとした端から、思考の内に組み込まれているわずかな冷静さが即座な判断を下していた。
若い魔法使いらが、扉の外側で思い悩んでいる。
そこに、商業複合施設の関係者の声が伸びてきていた。
「そこで何をしている?」
やはり行動に違和感を覚えているような台詞を用意しながら、関係者もまた空を飛んでこちらに近づいてきている。
さすがに魔法使いのように身一つで飛行をする訳ではなく、関係者は付属の飛行用機材で彼らの元に近づいてきていた。
足の短い竹馬を二本横並びにさせて、その頂点に左右それぞれのプロペラが回転をする。
魔力鉱物を燃料にして、関係者は機械を使いながら魔法柄たちのいる方に近づいてきていた。
パタタ、パタタ、とプロペラが激しく回っている。
オーギはその回転にメイの翼が巻き込まれないよう注意を向けながら、現状に含まれている問題点を簡素に伝えていた。
話を聞いた、関係者はまず疑いの色をキンシ、そしてトゥーイに向けていた。
「その話、ほんとうなの?」
思わず子供のような口ぶりになってしまっている。
関係者は空を飛ぶ機材の上に身体を預けながら、とりあえず魔法使いの青年を疑っている。
「だとしたら、何でそんなところに怪獣になった人が隠れているんだよ」
疑問を口にしている。
もっともらしい意見を耳にした、トゥーイが反論を用意しようとした。
だが青年が電子的な音声を発するよりも先に、関係者が次の疑問を口していた。
「それで、気になるなら早く扉を開ければいいじゃないの」
あっさりと扉の開放を許諾した。
オーギが驚き、キンシが爽快な返答をしている。
同じ魔法使いでもそれぞれに全く異なる反応を示している。
しかして彼らの様子に関係なく、関係者は緊急の際に扉を開けるための手順を教えてくれていた。
「うちの観覧車は機械的な安全装置の他に、魔力鉱物を駆使した簡単な封印術式を使っているんだよ」
だからこそ、扉は開かなかったと言わんばかりにしている。
その事実を教えてもらった、トゥーイは早速解除のためにスマートフォンを稼働させていた。
どうして魔法陣の解除にスマホを使うのか、メイが青年の行動を不思議に思っていた。
だがメイが実際に疑問を口にするよりも先に、トゥーイは扉に触れる手に意識を巡らせている。
「……ッ」
深く短く呼吸を吐いた。
トゥーイの手元にて、扉がついに解放されていた。
開かれる。
金具が擦れあい、ぶつかり合う音が周辺を振動させた。
滞っていた内部が、突然侵入してきた外界の空気に掻き乱されている。
開いた瞬間に、おそらくオーギが「あ、」と言葉を発したような気がした。
せめて何か予備動作のようなものがあれば、こちらでも身構えることぐらいは出来たはずだった。
だが時すでに遅し、トゥーイの腕は閉じられていた扉を完全に開放してしまっていた。
瞬間、中身に密集していたプランクトンの群れが外界に脱出を図ろうとしていた。
その量はすさまじいもので、ある程度予測は出来ていたとしても、実際に目で見て肌で感じるのは言葉に言い表し難い不快感を呼び覚ましていた。
「ん、きゃああ?!」
メイが、わずかに悲鳴を押し殺そうとこころみて、しかして上手くできないまま驚異に喉元を高く振動させている。
幼い魔女が驚くのも当然で、扉を開けた途端、間髪入れずに中身に籠っていた大量のプランクトンが、一気に外界へと脱出していたからであった。
一粒、一体だけでは僅かな影響力しかないはずの、まるい飴玉のような腹部を持った羽虫たち。
それらが大群という質量を持ちながら、扉の外側へ一斉に移動している。
羽音と羽音が重なり合い、それらの群れはさながら一個の巨大な生物のごとき存在感を放っていた。
ワッサー! ワサワサ……!
肌にぶつかるプランクトン、小さな羽がキンシの肌をくすぐった。
深いかそうでないかと、問われれば間違いなく前者を選びたくなる。
それ程にプランクトンの群れは、扉の外側から覗いて見たとき以上の密集を起こしていた。
プツプツと肌にぶつかる、プランクトンの衝突は砂塵のごとき不快感を周辺にもたらした。
「うわあ?!」
関係者が叫んでいる。
声に、オーギが予測できた領域に呆れを覚えていた。
「やっぱりこうなるよな!」
言いながら、オーギなどが大量のプランクトンたちに対応をしようとしている。
厄介事がすでに起きている、しかしながらその最中にて別の行動に身体を移行している人の影が二つほどあった。
一つはトゥーイで、青年は顔面のあらゆる部分に羽虫が衝突していることもいとわずに、ただひたすらその足を観覧車の内部、奥底に進ませようとしてた。
そして、そんな青年の背中を追いかけるようにして、キンシという魔法使いの少女が彼に声をかけている。
「どうです、見つか……っぷ!」
青年に問いかけている途中で、キンシは開いた口の間にプランクトンが侵入してきているのを内膜に感じていた。
飲み込まないように、ぷっ!と激しめにそれを吐きだした。
少女が吐きだした息の勢いに乗せて、小さな黄桃色の粒がころんと観覧車の内部に転げ落ちていた。
中身のプランクトン達がある程度外界に脱出した。
それなりに視界がクリアになった、少なくとも扉が閉じられてた時の密集よりかは幾らかマシになった。
だいぶスッキリした観覧車の内部にて、トゥーイはそれの姿を見つけ出していた。
姿勢を低くして、まだ大量のプランクトンが残っている場所に向けて身を屈めている。
大きな背中が丸まっている、キンシが彼の背後から首を伸ばし、聴覚器官を前に向ける。
そうしていながら、キンシの眼にもその姿を見ていた。
それは、大きな鉱物のひと塊のようなものだった。
小型のモーターバイクほどの大きさがある、それが縦長の状態で観覧車の内壁に密着している。
おおきさ、サイズ感的にとても外部から運び入れられたとは思えそうにない。
塊は観覧車の内部に突如発生したか、あるいは生まれた瞬間からこの大きさになるまでずっと此処に存在し続けたかのような雰囲気さえ感じさせる。
色は鮮やかな赤色をしていて、まるで鮮度の高い血液のような艶やかさがあった。
見覚えのある質感や色あいに、キンシは考え付いた言葉を口にしている。
「魔力鉱物……それも、怪物の心臓にとてもよく似ていますね」
どうしてこんな所に心臓が落ちているのだろうか?
まさか、まだどこかに生きている怪物の姿があるのだろうか。
キンシはとっさに危機感を覚え、はねるような速度で周辺に視線を巡らせている。
右目で見て、左眼窩に埋めこまれている赤い宝石の義眼で感覚を検索する。
しばらく時間をかけても、しかしながら危機した事態は確認できそうになかった。
怪物は、どうやらもうこの辺りには現れていないようである。
であれば、この心臓のように赤い鉱物の塊は何であろうか?
疑問符が頭の中を強く、多く圧迫している。
質問文を作るよりも、キンシはまずもって行動を起こすことを選んでいた。
「割ってみますか?」
言いながら、キンシの左手にはすでに魔法の槍が握りしめられている。
魔法少女の提案を耳に受け止めた、トゥーイが無言の中で首だけを上下に振っていた。
「では」
青年の許しを得た。
だがそれ以上にキンシは、あくまでも自分自身の意思に基づいているに過ぎない。
槍の刃物を心臓……、そう呼ばれる魔力鉱物、かつては怪物の生命を循環させていた器官の名残に鋭さを突き立てた。
箱の中身にあった心臓はあまり硬さがなく、せいぜい琥珀程度の強度しかない。
軽くて柔らかい、ツルリとした表面へキンシの槍の先が沈み込まれていた。
何回かコツコツと叩いた後に、キンシはあまり時間をかけることなく鉱物の劈開口を左目に見つけ出していた。
「ここですね……」
ようやく刃物を内部に沈み込ませることに成功した。
キンシが一人確信を唇に呟いている。
「…………」
その様子をトゥーイは無表情、特に何の感情も見受けられない素の表情で眺めていた。
魔法少女が作業に集中している。
その背後にて、観覧車の内部にメイがようやく足を踏み入れていた。
「もう! 羽虫さんをおいはらうのにてんやわんや、だったわ」
苛立ちの気配を若干残しつつも、メイの身体にはすでに一つの作業を終えた達成感がにじみ出ていた。
「関係者のひとがもう、私たちにひたすら文句ばかりいってきて……。……って」
語ろうとした内容を口の中に飲み込み、メイは魔法使いらが行っている作業に気付き始めている。
「あら、それって……もしかしてハートの宝石?」
まだそれなりにプランクトンがたかっている、魔力鉱物の塊を見たメイが驚いたかのような声を発している。
「まさか、さっきのオーギさんのように、そのなかにだれかが閉じこめられているの?」
考えられる予想をおおよそすべて言葉にしている。
魔女からの追及に、しかしキンシは明確な解答を口で用意しなかった。
あくまでも作業に集中している。
まるでそれらの行為の先に待ち構えているものこそが、現状、目の前に転がっている問題を全て解決すると、そう信じきっているかのような集中力であった。
メイがなおもキンシに話しかけようとした、だがオーギが彼女の右肩にそっと手を置いて動きを静かに抑え込んでいる。
「これは……、なんだか人間臭いフンイキがあるな……」
「え……?」
オーギが呟いた内容にメイが訝しげな視線を向けている。
魔女が見ていない場所、そして魔法使いがジッと見続けている所。
そこでは魔法少女が、道具を使って鉱物の中に隠されいるものを発掘しようとしていた。
やがて、決定的な破壊音が鳴り響いた。
キンシは明けた隙間に指を、腕をねじ込ませる。
そうして、掴んだものを赤色の宝石から引きずり出していた。
出されたものを、見た魔法使いたちがしばらく沈黙の中で見ている。
やがて口を開いていたのは幼い魔女の、メイの声だった。
「なにかしら……? 自転車のようにみえるけど……」
メイがそう表現している。
それに、キンシが小さな否定文を返していた。
「いえ、これはモーターバイク、そのもの……と呼べますね」
キンシがそう表現している。
魔法少女の例え話に、今は誰も異論を唱えられないでいた。
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