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こんがらがった脳みそにロックンロールを歌おう

 そんな訳で、怒りの魔法陣制作がこの場面にて、全速力で走り出そうとしていた。


「大丈夫なんだろうか?」


 着々と額縁を用意しているトゥーイの姿を見て、商業用複合施設の関係者は不安を隠すことも無く疑問を口にしていた。


 関係者である彼が不安を抱くのは当然のことだった。

 なんと、トゥーイひとりの手によって観覧車サイズの魔法陣と同等の一品を、今、ここでこしらえようとしているのである。


 関係者が不安そうにしている。

 その左隣から、キンシという名前の魔法使いが彼をなぐさめるような意見を呈していた。


「不安に思うお気持ち、僕にはとってもよく、ようく、分かりますよ」


 まずは相手に同調をするような素振りを見せている。

 感情表現が上手く作動しているかどうか、それを確認することも無いまま、キンシは続けて彼に根拠を用意していた。


「ですが、不安に思うことなど何処にも存在していないのです! なぜならば」


 高らかに宣言をするように、あるいは素敵な歌詞をした合唱曲を歌い上げるように、キンシは関係者にトゥーイの姿を見ることを推奨していた。


「こちらの魔法使いは、魔法陣を制作することをなによりの得意技としているのです。運が良かったですね、今日の彼は筆をバリバリにノらせているそうですよ」


 謎に自慢げになりながら、キンシはトゥーイの方に目線を向けている。


 魔法使いの少女が見つめている。

 明るい緑色をした瞳の動きに誘導されるようにして、関係者もまたトゥーイの方に視線を向けている。


 青年を見ている、視線の数はその二組に限定されている訳ではなかった。


 魔法少女と関係者よりも少し離れたところ、そこでオーギという名の若い魔法使いがぼやいていた。


「魔法陣はテキトーに作れるとして、それで、向こうさんがちゃんと納得してくれるかどうかなんて分からんのにな……」


 現状にて考え得る不安要素を口に、言葉の上に発している。

 

 若い魔法使いが気掛かりを口にしている。

 彼の右隣あたりで、メイと言う名前の幼い体をした魔女が質問をしていた。


「私は、あの子がちゃんと魔法陣をつくれるのか、そっちが気になっているのだけれど……」


 オーギが視線を右に、メイの雪のな色をした髪色の頭頂部へと視線を落としている。


 視線を肌に、肌に生えている白くてフワフワとした羽毛に感じながら、メイはオーギへ気になる事項を問いかけている。


「あれだけの大きなものを、トゥひとりだけで作ることなんて、ほんとうにできるのかしら?」


 メイが考えようとした不安事項を、しかしてオーギはすぐに軽く否定していた。


「ああ、その辺に関しては別に、不安がる必要もねえよ」


 なんて事もなさそうに、実際オーギは「その辺」にさほど憂いを抱いている風ではなさそうだった。


「あの程度の魔法陣、トイ坊ならすぐに描けるだろうよ」


 先輩魔法使いが、珍しく全幅の信頼のようなものをよせている。


 事実、トゥーイはすでに据え置いたキャンバスへある程度の作業を描き終えているようだった。


「…………」


 唇をジッと閉じたまま、右の腕、指先で持ち寄った筆を携える。

 使用している筆記具は毛筆で、サラサラと形の良い毛先が紙の上を滑っている。


 画材、色を与えるための材料は残った魔法陣の要素と、そしてトゥーイの保有している魔力を合わせたものだった。


 指先に意識を巡らせれば、ほぼ自動で筆先に色が附属される。


 トゥーイは出来る限り手癖を出さぬようにしている。

 意識すること、留意すべきことといえば、せいぜいその位の事だけだった。


「すでに元の形を記憶していますからね」


 異様なまでに筆が早い青年の姿を見て、キンシが補足をするように説明をしている。


「あらかじめ用意された線を、なぞるようなもの、らしいです」


 自分に走り得ない感覚について、キンシはあくまでも予想の域を出ない表現だけをしている。


 だが、魔法少女の予想は関係者にとっては受け入れ難いものでしかなかった。


「それにしたって……」


 少女の解説に納得が出来ない、関係者はトゥーイの姿を凝視しながらポツりポツりと呟いている。


「早すぎる……、自動手記機構(オートマティック)でもない限り、あんな速度で結界用術式が描けるものなのか?」


 それはもしかしたら賞賛の意が込められていたのかもしれない。

 しかし、表情や声色からはどちらかというと恐怖、未知なる存在への畏れの要素の方が強く、分かりやすく見てとれた。


 関係者が感嘆や畏怖に身体をガタガタと震わせている。

 その間に、トゥーイはあっという間に紙の上へ魔法陣をひとつ描き終えていた。


 描き終えたものを、トゥーイはキャンバスからサッと取りだし、真っ直ぐ関係者の方へと見せてきている。


 再び近づいてきていた青年の陰に、関係者が反射的に身構えている。

 硬直する彼の様子と対照を描くように、トゥーイの動作はあくまでも、どこまでもリラックスをした物でしなかなかった。


「確認を」


「え?」


 トゥーイが首元の発声補助装置で音声を発している。

 関係者は、最初の瞬間には青年が何を自分に伝えようとしているのか、すぐに理解することが出来ないでいた。


 関係者が呆気にとられている、そこにトゥーイは重ねて確認行為をしていた。


「確認を求める」


 電子的な男性の音声が関係者の鼓膜を振動させた。

 段階を二回繰り返した、そこでようやく関係者は青年の求める事項を理解していた。


「ああ、えっと……そうだな……」


 差し出された一品、紙の一枚に描かれたそれを目で確認する。


「うん、うん……、完璧だ」


 それだけを言っている。

 それしか言えないでいるのは、関係者にとって魔法陣の完成度の高さが依然として信じ難いものでしかなかったからだった。


「どうして……、どうやったらこの短時間でここまでのものを……?」


 仕事柄魔法陣に多く触れている。

 だからこそ、より一層関係者は青年の技巧に何か、異質なものを見るかのよう視線を送らずにはいられないでいた。


 他人が驚いている。

 しかしながら当の本人であるトゥーイ自身は、相手がどの様な感情を抱いているのか、現時点においてあまり重要視していないようだった。


 ただひたすらに、とにかく作業の合否を知りたがっている。


「確認を」


 答えだけを早く求めている。

 トゥーイはこう言った待ち時間ですら煩わしいものでしかないと、そんな色合いを紫色の瞳に滲ませていた。


 ジッと見られている。

 関係者が、何故か慌てさせられている自身の状況を把握できないままに、求められた結果を相手に伝えていた。


「あ、ああ……これで大丈夫だ。何も、問題はない」


 それだけのことを聞いた。

 トゥーイはもうそれ以上は何を言うでもなく、無言の中で魔法陣を描いた絵をいずこかへと運んでいた。


「あ、トゥーイさん、待ってください」


 キンシが青年の後を追いかける。


 魔法少女の足音を背後に聞きながら、トゥーイは自らの手で描いた魔法陣を観覧車の手中に張り付けようとしていた。


 紙の一枚、そこに描かれたもの。

 それらの要素を、作成者であるトゥーイ本人の意識に基づいて使用する。


 そうすることで、魔法陣は結界としての役割を作動させる。

 

 そのはずだった。


 だが、期待すべき時間はまだ訪れてはいなかった。


「?」


 最初にキンシが、違和感の中でトゥーイに問いを投げかけている。


「どうしたんです? トゥーイさん。早く貼らないとせっかく描いたものが雨に流されてしまいますよ」


 魔力を使用して描いたものに、その様な自然現象における不安要素は必要ない。

 理解しているうえで、しかしながらキンシは追及をせずにはいられないでいる。


 そうしたくなるほどには、青年がここで動きを止めているのは少女にとっても違和感のある状態であった。


 魔法少女が、あるいはそれ以外のこの場面にいる者たちが、そろそろトゥーイの静態に確かな違和感を覚えようとした。


 そんな頃合い。

 

「…………!」


 トゥーイは突然、とくに前触れらしきものも無いままに、その体を観覧車の上方へと運ぼうとしていた。


 魔力によって重力を軽減する。

 おぼつかない足取りで、あまり上手とは呼べそうにない飛行をしている。


「トゥーイさん?!」


 青年の予想だにしていなかった行動に、キンシは当然のこととして驚愕を叫ぶように発していた。


「どこに……、どこに行こうとしているのです?」


 疑問を質問文に変換する。

 しかしながらその動作の中で、すでにキンシはトゥーイが向かおうとしている場所にある程度の目途を立てていた。


「そこに……、そこに何かがあるんですか」


 疑問を口にしようとして、しかしキンシはすでに自身の内層に確信めいたものを抱いている、感覚をどこか俯瞰するように自覚している。


 トゥーイは観覧車の上、回転する箱の数々の中で現在上方にあたる部分へと体を運ぼうとしているらしかった。


 頂点から数えて二つほど下。

 時計の針を逆方向に下り、二十二時と二十三時の中間に漂う。


 観覧車の乗車口の一つ。

 緩やかに回転する箱の一つに、トゥーイはその体を、爪先を運ぼうとしていた。


 上に向かおうとして、しかし上手く空を飛べないでいる。


 空中の中でもたついている。

 空を飛ぶのが苦手な青年を助けるようにして、キンシが彼の体を後ろからそっと押し上げていた。


「ほら、背中支えてあげますから、行きたい場所を教えてください」


 魔法少女に背中を支えてもらう。

 トゥーイの身体、虚空に漂う身体が少しの浮遊感を覚える。


 体の内側に風が吹きすさぶような、感覚はトゥーイにとってすでに見知ったものの一つだった。


 魔法少女の無重力に力を借りながら、トゥーイはようやく目的の場所、観覧車の一部にたどり着いていた。


 乗り降りの際に使用する足場に軽く足をかけ、トゥーイは箱の中身をジッと見る。


 人間を乗せるための箱。

 回転は、緊急時に備えて一時停止がなされている。


「…………」


 箱の中身を、トゥーイはその紫水晶(アメジスト)のような瞳で凝視していた。


「んん?」

 

 彼が見ている。

 その先をキンシも見る。


 そして、魔法少女は箱の中に潜んでいたそれに、眼鏡の奥の瞳を丸く見開いていた。

 

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

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