我々は斜陽を追いかけ続けるさだめなり
オーギから語られた内容は、メイにはにわかに信じがたいことであった。
まずもって、魔法使いを嫌う理由を彼女は持ち合せなかったため、そう言った意見が存在していること自体が驚きの一つでもあった。
オーギが、魔法使いである彼が語っているのは、怪物を殺して生活費を稼ぐ人物、その職業に就いている人間のことを指しているのだろう。
まずそのことを理解しながら、メイはオーギの目線を追いかけるようにしている。
彼の、濃い麦茶のような色を持つ瞳が見つめている先。
そこでは彼の後輩であり、そしてメイにとっては同居人にあたる魔法使いたちが作業に勤しんでいるのが見えた。
「そっち、切り取るので支えてくださーい……」
遠くの残響のように、キンシという名前の魔法使いの少女がトゥーイという名の青年に指示を出している。
彼らは今空中に固定した檻の中で、たった今殺したばかりの怪物の解体作業に取り組んでいた。
緊張の面持ちながら、その表情には一種の爽やかさと達成感を感じさせる。
抱く感情はメイにも理解できる。
都市を、人々の生活に危険が及ぶ存在、人間の肉や魔力……その他の生命エネルギーを喰らう怪物の危険をこの場所から排除したのである。
達成感を抱くことは、それなりに当然のことでもあった。
しかし、同時にメイは魔法使いたちが抱く爽快感に疑問を、疑いの様なものを抱いていた。
殺すことによろこびを覚える、魔法使いの心理的傾向に疑いを抱く。
感覚を、メイはただの錯覚として受け流せないでいる。
メイのそんな戸惑いを見透かしたかのように、オーギのゆったりとした語り口が彼女の聴覚器官を振動させていた。
「どう取り繕ったって、おれ等のやっていることは一つの生命、命を無理やり終わらせること。殺すことを専門にしている。だから……」
先輩である魔法使いが言いかけたことを、今度はメイが先んじて唇に発している。
「だから、みんなこわがる。そういうことなの……」
追及をするような口調になりかけて、メイは相手が万全の状態でないことを先に思い出している。
中途半端になった語気を奥歯で噛みしめながら、存在しないはずの苦みが彼女の舌をサラリと染める。
「そんなの……。それじゃあ、あまりにも勝手すぎるわ」
言葉を発した。
途中の時点でメイは自身の内になにか硬く、熱いものがせりあがってくるのを内側に感じ取っていた。
「そんなことかんがえるくらいなら、勝手に……すきなだけ食べられちゃえばいいのに」
言った後で、メイは反射的に自身の唇をパッと手で抑え込んでいた。
まさか自分が、ほぼ独り言に近しいとはいえ、このように強気な台詞を吐くとは。
メイは自分自身の様子に強く戸惑いを覚えていた。
だが、彼女の様子を見ていたオーギはいたって冷静な素振りだけを見せていた。
それはもしかすると、ただ単に体に体力が残されていなかった故の、脱力した状態にすぎなかったのかもしれない。
だが、メイにはどうにも彼が自分の感情の揺れ動き、その全てを見透かされているような気がして、どうしようもなく心が落ち着かないでいた。
メイが静かに動揺をしている。
それを視界の上に認めながら、オーギは身体の殆どを地面に預けたままの格好でぽつり、ぽつりと魔法使いについての、ちょっとしたウワサ話を続けていた。
「血で穢れた仕事する者に天国は門を開こうとはしない。なんて、そんなことを言うどっかの組織もいたっけな」
オーギは少し昔の事を思い出しながら、濃い麦茶の色をした瞳を此処ではない何処かに差し向けている。
「今こそだいぶマシにはなったが、おれ等の世代からちょっと上の時は、そりゃあもう、大変なこともたくさんあったらしいからな」
例えば魔法使いが所属している事務所なんかに、根拠もなにもクソも無い張り紙を大量に張られたりなど。
オーギから語られることは、やはりメイにはどうにもどこか別の世界の出来事のようにしか思えなかった。
「といっても、おれも実際に体験したわけじゃなくて、その、あれだ……」
メイの表情を見て、オーギは彼女を必要以上に怯えさせてしまった事に反省を抱いている。
「おれの、おれが事務所で世話になる前の先代方が、そんな風な体験をした。その話を酒の肴に聞いたって、そんだけのことだ」
取り繕う様に、言い訳をするかのようにしてオーギは話題の関連性に距離感を作ろうとしている。
だが、すでにメイは語られた内容に強い共感性、リンクをその身に結び付けてしまっていた。
「自分がよごれたくないからって、他のだれかに助けてもらったことをじかくしないなんて……」
メイは知らず知らずのうちに、自身の指を赤くにじむほどに握りしめている。
赤色を吸い込んだハンカチが指の中で、いよいよ元の形状を忘れていしまうほどに圧縮されていた。
「そんなこと、恥知らずだわ」
なんの脚色もせずに、直截的な罵倒を舌の上に発している。
オーギはそんな魔女の姿、表情、唇の動きを視界の上に認めながら、瞳の中に小さな驚きをきらめかせていた。
「意外だな」
メイがいよいよ手の中のハンカチを、鋭く伸びた白い爪で破いてしまいそうになっている。
それよりも先に、オーギは彼女に会話を交わそうとしていた。
「なあ、魔女っていうのはそうやって、呪いじみた言葉を考えたりするのが得意だったりするのか?」
問いかけられた。
メイが指の力を抜いて、その紅色をした瞳をオーギの方に向けている。
視線を移動させた。
そこではオーギが皮肉めいた、自虐に耽るような笑顔を浮かべているのが見てとれた。
「こんなもんやって」
オーギは溜め息を吐きだすついでに、話題を強引に終わらせようとしているらしかった。
「知らないもの、気に入らないものをテメエの物差しで勝手に計って、決めつけようとする。誰だって、何だってそうだ。そうしなきゃ、安心を作れやしないからな」
オーギはそう言いながら、今度は観覧車の主柱を辿るようにして体を起こしている。
「文句なら誰でも、どんな奴だろうと、人間である限りは好きなだけ言うことが出来る」
柱に身体を預けつつ、殆どひとりの力だけでオーギは両の足で地面の上に身体を取り戻していた。
「何はともあれ、まずは簡単に体力回復、HP回復だ」
「え、えいち、ぴー?」
今度こそまるで存ぜぬ単語の登場に戸惑うメイへ、オーギはお構いなしといった様子で彼女に重ねて要求をしていた。
「とりあえず、おれの薬箱から薬、取ってきてくれへんか?」
「え、ええ……、わかったわ」
とにもかくにも、とりあえずは病人の要望には応えるべきであると。
そう自分に言い聞かせながら、メイは曖昧な気持ちのままでオーギの要求を聞き入れていた。
薬箱は少し離れた場所に、まるで忘れ去られたかのように雨に濡れたままとなっていた。
箱そのものがオーギにとっての魔法の道具であり武器でもあるため、決して忘れ去られていたということは無いのだろうが。
「さーて、エナジードリンクでもキメようぜー」
まるで鼻歌でも歌うかのような声音で、オーギは薬箱の中から一本のガラス瓶を取り出していた。
「?」
メイは手元に鎌を、つい先ほどまでオーギが使用していた物を回収した、あまり重さの無いヒトふりを抱えたままで彼の手元に注目をしている。
「それはなあに?」
首をかしげながら、メイはオーギの手の中にある小瓶をジッと注目している。
それはとても小さな小瓶であった。
大きさはオーギの人差し指よりも小さく、メイの手の平でもすっぽりと覆い隠せてしまうほどのサイズしかない。
小瓶はただのガラスの筒というわけではなく、瓶そのものがまるで一つの作品、ある種芸術的な価値をほのめかす作りがなされていた。
メイは記憶、あるいは意識のうちに生まれた感覚のなかで、小瓶にふさわしいとされる例えを声に発していた。
「香水瓶……みたいね」
メイがそう表現をした。
オーギはそれに、軽い驚きだけを口にしていた。
「当たらずとも遠からず、だな」
それだけの言葉を発したあとに、オーギはなんの躊躇いもないまま香水瓶? の中身を一気にあおっていた。
ごくごく、ごくり。
小さな器に込められていた、あまり多さのない液体がオーギの喉元、そのさらに奥の消化器官へ受け入れられていた。
「わっ……?」
メイはてっきり先輩魔法使いが、香水を飲み干したものだと、そう思い込みそうになった。
しかしあまり慌てることもなく、魔女はすぐに小瓶の中身が香水ではないことに理解を至らせていた。
香水でなければなんであるか?
メイは考えようとして、しかしうまく合致する単語を見つけられないでいる。
少しだけ戸惑っているメイに、オーギがいたずらっぽく笑いかけていた。
「非常用の携帯魔力補完液。つまりは、「水」を凝縮した水薬だな」
簡単な説明の中で、オーギは魔力を凝縮した液体の最後の一滴を飲み干している。
「商品名っぽく言うならエナジードリンク、俗っぽい言い方なら魔剤、がちょうどいい感じやろうな」
ほとんどを飲み終えた後に、オーギは先ほどまでとは打って変わって溌剌とした様子でメイの方を見ている。
なるほど元気を取り戻すために魔力……、魔法使い的な言い方をするとして「水」と呼ばれる物質。
それを凝縮したものを体に取り込んだ、という訳になるのだろうか。
メイは考えようとして、しかしオーギの爛々とした瞳の輝きの前に狼狽えずにはいられないでいた。
オーギは深く、湿り気の多い溜め息を口から大量に吐きだした。
その後に、小瓶の内側へ満足げな笑みを向けている。
「こんな事もあろうかと、こういうちょっとしたピンチの時に備えて、あちこちから拝借したものを鍋で煮込んでおいたかいがあったってもんだ」
若干興奮気味のように見える。
実際に、オーギの体は急速な魔力の補助によって酩酊感を覚えているようであった。
お酒のようなものなのかしら、と、メイはそう考えようとしていた。
考えて、なぜか彼女の脳内に一つの明確なイメージが作り出されていた。
それは男性の姿、故郷で暮らしていた祖父とよく似た影を持っていた。
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