子供たちの異常な激情、植物男子はいかにして余計な一言を言おうとしたのか。その理由は知りません
愛の歌、
一旦の間をおいて、まず最初にキンシが話し始める。
「まあまあまあ、まあ、とにもかくにもまずは落ち着いてくださいよ仮面君。こんなこと僕からいうのもアレですが、今更そんなことをプリプリと怒ったってどうしようもないと思いませんか」
「うるせえよ、ンなこと俺だって十分わかってるわ。だけどお前だけには言われたくねえよ、このインチキ手品師」
「手品師っ……? そんな、君はなんて酷いことをぬかしやがるんですか仮面君。いくらなんでも魔法使いにそんな呼び名はナイでしょうよ」
「知らねえよ、魔法なんて大体が手品みたいなもんだろ。もっとも俺がやられたのは種も仕掛けもない怪物体内脱出ショーだったけどな。あっはっは!」
「………」
「………何だよ急に黙りやがって」
「……怪物体内脱出ショーか、仮面君は面白いこと言いますね、あはは」
「面白くねえよ! 今の何が一体笑えるんだ、ウケる要素なんて微塵もありゃしねえよ!」
どうにもこうにも、いまいち緊迫感に掛ける言葉の応酬が、キンシと向き合っているルーフに暴力的な活力をみなぎらせた。
「ふざけんなよこの野郎」
この世界において百万回以上は口にされたであろう、ありきたりな言葉を煽り文句にして子供がもう片方の子供に掴みかかる。
「あわわわ……!」
その様子を店長殿は口の中に固唾を溜めこみつつ観察していた。
怪物が生きるのを継続していた時とはまた別の、嫌な緊張感がその場に漂い始める。
襟ぐりを鷲掴みにされて少し苦しそうにしているキンシがにこやかさを崩すことなく、こりる様子もなくルーフへ弁明を重ねる。
「何にしても結果的には良かったじゃありませんか。良かったことにしましょうよ、こうして皆さん無事に命が助かったんですから。万々歳、オールオーケー、そうじゃありませんか、そういうことにしておきましょうよ」
つらつらと言い訳を連ねるキンシは、大げさな挙動で両手をルーフにぶつからないよう小さく振り上げる。
「ほら、生きていることに万歳しましょう。ばんざーい」
無理やり作られた笑顔、引きつった唇の間から覗く前歯が、自らが背負っている過失からの逃避を浅ましく主張している。
そんな魔法使いの態度に少年は一部同意を示したくなるものの、しかしそれでも自らの怒りを抑えきれずに瞳の中の炎をより一層色濃くする。
「ああン?」
これ以上の言葉など必要がないとでも宣言しているような、激烈に熱い視線にキンシはいよいよたじろぐ。
「いや、あの、そのですね。ですから──」
問答無用で自分へ直球に向けられる怒りに、そろそろキンシはひんやりとした怯えを感じ始めていた。
そこでようやく男性は決意をする。
重たい、異様なまでに重たい足を懸命に引きずって、
「ちょいちょい、そこのお若い人たち、これ以上はよさないか」
少年が魔法使いの体を掴んだまま、瞼を細めたままじろりと話しかけてきた男性の方を、この店の店長である男性の方を見やる。
ヒエオラと言う名の男性はおずおずと、しかし大人らしい悠々さを懸命に作り上げてこの無意味な争いを止めようと試みる。
「えーっと? ルーフ君、だっけ? 君もそろそろ落ち着いたらどうかな、確かにキンシ君の作戦はお世辞にも褒められたものではないけれど。それでもそのお陰で君の妹さんが助けられたんだから」
一度決意を決めると割と次々と勇気が生まれてきてしまうもので、
「大体さ、助けてもらっておいていきなり怒るってのもナイと思うね。うん、ナイナイ」
或いは連続する異常なストレスに影響されてか、ヒエオラ店長はこの場において言う必要のない言葉まで繰り出してしまう。
「それもこれも君が、大事な妹さんのことをマトモに守れなかった──」
言葉を言語にして、音声にした瞬間に店長には、
嗚呼しまった、これは余計な一言だった。
と理解できた。
しかしもう遅かった。
「うるせえ、黙ってろ! クソ野郎!」
怒りによってそれなりに我を失いかけていたルーフが、恐れるものなど何もないというふうに、片手で雑にヒエオラをどすんと押しのける。
「あ痛」
成人男性の木々子であるヒエオラが、耳の花をわずかにしぼませる。
少年の力はごくごく弱いもので、それこそヒエオラ店長殿はほんの少しだけ体を後ろに揺らした、
ただそれだけのことで、どうでもいいはずのことで、
だったのだが、それで済むはずだったのだが。
しかし、魔法使いにとっては信じ難い、受け入れ難い、許容し難い、
許されざる罪が目の前で起こっていた。
「っ?」
たった今自分より年上の男性を押しのけた、暴力的な意思で触れた手。
ルーフはその手に強い圧迫感を覚える。
「──………──……」
そこにはルーフの腕を掴む、骨を肉ごと圧縮せんが勢いで圧迫している魔法使いの指があった。
瞬間の内、まだ神経が痛みを察知するより先にルーフは腕を掴んでいる人間の顔を見る。
ぎりりぎりりと、指の先、腕の先、
そこにはキンシの顔がある。
あまり厚みのない唇は血の気が少なく、微かに開かれた隙間から不明瞭な音を漏らしている。
「……──……───」
音は殆ど呼吸に近いもので、まるで言葉の体を成していない。
しかし確実にキンシの意識は自分に向けられていると、ルーフは確信していた。
唇の上、静かに空気を排出している鼻腔の間、灰色の布で作られた目隠しにしか見えない形状の奇妙なゴーグル。
その奥に潜められているであろう両の眼窩が真っ直ぐ、ついさっきまでのルーフと負けず劣らず、あるいはそれ以上の激しさでルーフのことを見ている。
本来ならば視認できるはずのない視線、だがルーフはそこに決定的な感情を見出すことが出来ていた。
何故そんなことが出来たのか、それはその感情が現在の時分にとってとても慣れ親しんだものだか──
と、考えたところでルーフの思考は一時停止した。
何故なら彼は魔法使いに、何の言葉もかけられぬままに右の頬を激烈に、強烈に、鮮烈に、
そして盛大に殴打されたからだ。
誰も知りません。




