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あらわれた春の気配に怯える有象無象と魔法使い

 トゥーイからの作戦を聞かされた。

 キンシはまずもって青年に対する感心を強めていた。


「なるほど」


 考えるまでもなく、キンシはすでにトゥーイからの提案を受け入れる準備が出来ているようだった。


「なるほど! 僕はぜひともその作戦に参加をしますよ! 頑張りましょう!」


 興奮気味になりながら、キンシはトゥーイに抱きつきたくなるような衝動を必死に堪えている。


 テンションが上がりに上がろうとしている。

 魔法使いたちのやりとり。しかしながらそれを眺めていた、メイと言う名前の魔女は提案を素直に受け入れられないでいた。


「ちょ、ちょっとまって……っ」


 勝手に話が進もうとしている。

 話題の中心に自身が組されている、その事実自体がメイにはどうにも許容できる範囲を超えているようだった。


「ほんきなの? そんな、アブなすぎるわ……」


 青年から伝えられた。

 正しくはトゥーイが唯一使うことの出来る言語能力を、キンシが同時翻訳した。


 その内容を聞いた、メイは作戦の無謀さをどうにかして魔法使いたちに伝えようとしていた。

 言葉を以てして、でき得る限り丁寧な拒否の意を彼らに主張しようとした。


 しかし生まれかけた言葉は全てメイ自身の手によって、実体を得るよりも先にひとつずつ見えぬ手で握りつぶされていた。


 余計なことを考えている場合ではないのである。

 一刻も早く、できる限りの速さの中で、怪物の腹からオーギを摘出しなければならないのである。


 明白な理由の後はもう、考える事など無かった。

 意味を考えるよりも先に、魔法使いらと魔女のひとりは行動に移していた。


 さて、魔法使いたちが作戦を練っている間に、怪物は何をしていたかというと……。


「4444 4444 うる 縷々ルル縷縷」


 寝息の様な、いびきに似た呼吸音を繰り返していた。

 様子は穏やかものであり、その理由としてはすでに腹の中に獲物を、人間の肉をひとつ丸ごと摂取しているからであった。


 人間で言うところの、具材たっぷりのミネストローネを一派飲み干した程度、になるのだろうか。

 満腹感とはいかずとも、それなりにの満足感は達成できていた。


 そんな怪物の、目の前を白い影が接近していた。


「??? ??? ???」


 それは白い魔法の翼を生やしている、メイの姿であった。


「こっちよ、そう、こっち」


 メイは翼をはためかせながら、怪物の視界の範囲で何かを相手に見せつけている。


「これをみなさい……」


 緊張に張りつめた声。

 声音の背後に彼女の白い翼がはためく音が連続する。


 小さな体が空を飛んでいる。

 本来ならば、空腹に切羽詰っている通常の状態でもない限りは、怪物にとってメイの体は獲物としての優先度はかなり低かった。


 ある程度の満腹感で、ちょっとしたデザートをさらに続けて好み、摂取するかそうでないか。

 個人差の問題で、怪物は本来後者を選ぶ予定であったのだろう。


 にもかかわらず、怪物はどうしてその幼女から目を離さなかったのか。

 もしかすると幼女本人、メイを食べたがったのも理由に含まれるのかもしれない。


 だが、それ以外に圧倒的な要素を無視するわけにはいかなかった。


 メイが細い腕を、羽毛に包まれたふわふわの腕を天高く掲げた。


「これをみなさい!」


 叫ぶように、高らかに要求をしている。

 彼女の右腕、その先端には青い炎が輝いていた。


 それはトゥーイの鎖から発せられているもので、いまはランタンほどに拡大されている。

 それは、まぎれもなく観覧車に組み込まれていた魔法陣を材料に燃ゆる炎に間違いなさそうであった。


 炎が燃えている。

 燃料の消費によって、巨大魔法陣に含まれていた要素が二酸化炭素の排出よろしく、周辺の空気へ魔的なる要素を振りまいている。


 においは濃密なもので、メイの鼻腔にもそれなりに反応できるほどの強烈さがあった。

 海に吹く風の様な、塩と水中生物の死骸が溶けあったかのような、そんなにおいがメイの鼻腔をかすかに刺激する。


 人間でも感知できてしまうにおいの強さは、当然怪物にはあまりにも判りやすい目標になっていた。


 目の色を変える、という表現が適用されるかどうかは分からない。

 しかしメイは確かに怪物がそれまでの緩慢とした、曖昧な態度から様子を変えたことに気付かされていた。


 それもそのはずだった。

 腹にまだ余裕がある内に超絶なまでに美味な香りが目の前を横切れば、少なくとも怪物のような貪欲さを持つ生き物ならば、関心の一つや二つに何の違和感があるだろうか。


 ともあれ、怪物は目の前に示されたかぐわしき香りに誘われて、メイの姿を追いかけるために彼女の翼の後を追いかけようとしていた。


 怪物のひれが動き、空気と雨水が激しくかき乱される。


 怪物の肉体を誘導するようにして、メイは翼を大きくはためかせた。

 体表に空気をたくさん含ませ、メイは翼を上に、上に上昇させる。


 羽ばたきが繰り返されるごとにメイの身体、そして腕の中にある青い炎が空のさらに上へと移動していた。


 幼い魔女の姿、白い影を追いかけるようにして怪物がひれを、全身を上に移動させようとしていた。


 体がちょうど斜めになりかけた所で、怪物の下半身の丸みに何かがまとわりついていた。

 強い遠心力を発揮させながら、金属の音色を奏でつつ怪物の体に巻き付いている。


 それはトゥーイの鎖であり、そしてメイが携えている炎のもう片方の端でもあった。


 魔法によって可能な限り延長されている、少なくともトゥーイ本人の魔力と意識が続くうちは延長され続けている。


 鎖の片端が怪物の体をぐるぐると取り巻き、すぐに巻き付くような状態となっている。

 密着を確認した、トゥーイは右腕を伸ばして端の器具を自らの体の方に呼び寄せている。


 持ち主の意向に従い、鎖の端が青年の手元へと戻ってきている。

 ただ向かっているだけではなく、トゥーイは出来る限りメイの方に無駄な引力が働かないよう、工夫して鎖を延長する必要性に駆られていた。


 若干巻き付いている部分に緊張が走ったものの、概ね怪物には気づかれない程度には、鎖の片端が無事にトゥーイの手元へと戻されていた。


 まるで運動会のゴールテープを握る保護者のように、メイとトゥーイはそれぞれに鎖の端を手の中に携えている。


 鎖の延長の中心において、知らず知らずのうちに身体をその連続体に囚われている。

 しかし怪物はその事実など知らずに、仮に知っていたとしてもなにも問題がない、関係なし、お構いなしに上昇をし続けるだけであった。


 鎖をその身に巻きつけた、怪物が上に昇ってきているのを目で確認した。


 見て、メイはさらに翼を上に運ぼうとする。

 その手に怪物の狙う炎を携えながら、メイはさらに天へと高く飛んでいた。


 飛んで、雨粒が彼女の頬を濡らす。


 ある程度の高さ、鎖の延長がちょうど直線状になるぐらいに距離を伸ばした。


 その頃合いで、メイは翼による上昇を一旦停止していた。

 怪物が接近してきている、下からマグマのような質量を以てメイめがけて上昇をしている。


 近付いてくる肉体の存在感に圧倒されないように、そして別の「理由」のために、メイは空を飛びながら一旦まぶたを硬く閉じる。


 暗闇の中で、なにも見えぬ恐怖だけが彼女の意識を支配しようとした。

 暗黒に囚われるよりも先に、メイは全身全霊を以てして叫び声をあげていた。


「いまよっ!!」


 声が実際に誰かに届いたかどうかは、実際にはあまり関係など無かった。

 誰かに向けた言葉というよりかは、メイは他でもない自分自身に向けて合図を送っているにすぎなかった。


 叫び声と同時に、自らが発した響き中でメイは右腕を天高く掲げる。


 鎖の連続が幽かに冷たい音色を奏でる。

 閉じたまぶたの中、暗闇の中でメイは音色に確信を抱く。


 そして手の中にある光、青い炎に強い意識を、心の存在を訴えかけた。


 やり方は簡単で、トゥーイに事前に教えてもらったとおりに、心の内に命ぜられるがままにメイは炎の存在を強く意識していた。


 それだけで、青い炎は彼女の手の中でさらに光を、熱の舌をより一層肉厚にしていた。


 爆発の一歩手前、それほどに光の存在感が増幅されていた。


 光の強さと共ににおいがさらに強まる。

 この場面において、炎が発せ下度の時間よりも強く、多くの燃料を消費している。


 さながらキャンプファイヤー、あるいは灯台のごとき存在感を放っている。

 怪物が息を飲み込んで、光の存在に驚いているのがメイの聴覚器官に届けられていた。


「?!?!?!?!?!?!?!?!」


 驚いている、それは喜びというよりも不快感に属した変化であった。

 

 だが、メイはまだ意識を止めようとはしなかった。

 もっと、もっと心に強い炎の存在を考えようとする。


 恒星……、太陽の赤い輝きよりも強く。


 強く!


 考えようとした、途端にメイの思考に一滴の決定的な要素が垂らされていた。

 ぽちゃん、もしもイメージに具体的な質量が含まれていたとしたら、そんな音色を奏でていたに違いない。


「え?」


 疑問の声音が実際に音声、声音になったかどうか、それはメイにも分からなかった。

 ただひとつ、ひとつだけ、唯一かつ絶対的な想像。


 それは少年の姿をしていた。

 赤みがかった癖毛に、小生意気そうで、常に周囲の人間に怯えてしょうがない。


 それはメイの兄で、そして彼女がこの世界で誰よりも、なによりも愛して仕方がない。

 男の姿だった。

 

 イメージが駆け抜ける。


 それは電流のような衝撃。

 甘く爽やかな、春の香りを全身に吸い込んだ後に背伸びをひとつしたかのようなよろこびをメイに、女の肉体に与えていた。


 心に熱が生まれる。

 それが彼女の意識、魔的な要素に決定的な意味をもたらした。


 手にしている人物の心、そこに含まれるイメージの質量に反応して、青い炎が轟々と燃え始めていた。


 それはすでに爆発の域すらも越えている。

 マグマの噴射、あるいは太陽を眼球で直視するよりも遥かに、光の存在感は他を寄せ付けぬ強烈さを生み出していた。


 メイはまぶたを閉じていたために、自らが生み出した力の作用に弄ばれずに済んだ。


 だが、その場合は魔女だけに限定されていた。

 つまりは、怪物の方に安全は適用されていなかったことになる。

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