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膝の上に眠る毛玉、君の求めるものはこの世界には無いのだろう

 鱗の一枚を破壊した程度では、怪物の命を殺すことなど不可能に等しかった。

 それはキンシにも充分理解していることで、だからこそ魔法使いの少女は左手に持った武器を強く、強く握りしめていた。


 槍のような武器、それを腕の中で回転させて穂先を下側に固定する。

 銀色の金属、万年筆の筆先に似た形状の刃が怪物の体表に向けて真っ直ぐ固定されている。


 キンシは息を深く吸い込み、吐きだす。

 その動作と共に、腕の中にある槍の先端を怪物の肉に突き立てていた。


 穂先はキンシの腕力、魔力等々の要素をはらみながら組織を次々と破壊する。

 瓦の様な厚みと硬さを持つ鱗を一枚破壊する。

 鱗の下に隠されている皮膚の伸縮性を突き破り、さらに下に秘められていた瑞々しい組織を切り裂く。


 肉が抉られ、血管が断絶される。

 ぐじゅじゅ、湿り気のある音色が雨音に吸い込まれる。


 せめて骨まで沈めたい。

 そうすることでようやく攻撃の意味を持つと、キンシはそう考えていた。


 期待していたのかもしれない。

 だが魔法少女の攻撃は、残念なことに怪物の現実に何一つとして影響を与えてはいなかったらしい。


 痛覚がまるで感じられない、という訳ではないにしても、決定的な一撃には遥かに遠く及ばなかった。

 怪物は、体表に邪魔な羽虫でもまとわり付いているかのようにして、不快感を鳴き声に発している。


「uuuuu うううう ウ u 」


 かすかな不快感を排除するために、怪物は身体を大きく揺らしていた。


 体表に足を密着させているキンシは、激しく揺れ動く足元に大きくバランスを崩されそうになっている。


「う、ぐぐう……っ」


 振り落とされそうになるのを必死に堪えながら、キンシは刺し込んだ槍の柄へとっさにすがりついていた。


 グルングルンと怪物が体を空中で縦横無尽に動かそうとしている。

 キンシは怪物の肉に刺し込んだ槍を頼りに、しばらくの間だけ振動を辛抱していた。


 せめぎ合い、しかしその均衡は長くは続かなかった。


「あ」


 キンシが驚いたような声を発している。


 手元に開放感が訪れていた。

 それは、肉に刺し込んでいた槍の穂先が隙間から外された事に起因していた。


 楔のようにしていたはずの、槍の穂先がついには振動の大きさ、あるいはキンシの体から発せられる重力や引力に耐えきれなくなっていた。


 穂先の鋭い金属があまりにも容易く肉から乖離(かいり)している。

 離れ離れになった金属と肉の間に、ほんの一瞬だけ赤色の体液が名残惜しそうに赤池糸の様な筋を描いていた。


 一瞬の連続性が、時間の経過と共にいともたやすく途切れた。


 キンシは自分の身体途端に頼るべき重力を失ったことにに気付かされていた。

 魔法によって怪物の体に密着させていたブーツの靴底が、雨水と少しの体液によって滑り落ちていく。


 落ちる感覚を全身にて味わいながら、キンシはせめてもう一突き攻撃できていれば、と後悔を抱こうとした。


 しかし、抱きかけた感情をキンシはおのずから否定している。

 仮に想定した攻撃がすべて、自分の思うがままに成功していたとしたら?


 それで怪物を殺すことは出来ただろうか? 

 考えようとした。


 否、考えるまでもなく、答えは明確なNOを魔法使いの少女の思考に刻みつけていた。


 足りない、あまりにも足りなさすぎている。

 怪物を殺すための手段としては、現時点で考えられる全てがあまりにも足りない、頼りなかった。


 もっと決定的な一撃を食らわさないといけない。

 それだけが明確な答えであり、しかしながらその解へと辿り着くための手段、方法をキンシはまだ見つけられないでいる。


 考える余裕すらも与えぬ内に、キンシの体は槍ごと怪物の体表から振り落とされていた。


 重力が全身を覆い尽くす。

 下に、下に落ちようとしている。


 急いで魔法を、魔力による仕組みを発動させなくては。

 そうしなければ、この身はすぐにアスファルトに叩き付けられて、後には新鮮なミンチが残るだろう。


 明確な死のイメージを考える。

 そうすることでキンシはことさら強く左手の槍、槍のような形をした魔法の武器に意識を巡らせようとした。


 先輩であるオーギとは異なり、キンシは一応ながら空を飛ぶ魔法を得意としていた。

 ただ単に飛ぶこととは少し異なり、重力をいくらか削り取る魔法を使おうとしている。


 もしもこのまま落ち続けたとして、最低でも挽き肉にはならずに済まされる程度には重力を削り取った。


 このまま、出来ることなら空のひとつやふたつ飛んでみせるべきか?

 そうすれば、怪物との戦闘に有利になり得るか。


 考えようとした、キンシが願望と己の技量で背比べをしている。


 しかし、今回のにおいて魔法使いの少女の思考はあまり意味を為さなかった。


 なぜならば、魔法少女が魔法を使うよりも先に、彼女の体は他の人物によって空の中を浮かばされていたからであった。


 魔法少女の体を空のなかで持ち上げている、幼女の姿をした人物が声を発している。


「うんん……っ! おもたい……っ」


 うめくこうな声を喉元にしぼり出しながら、幼女が空中にてキンシの体を支えている。


「メイさん……」


 キンシは思わず咄嗟に幼女の、幼女の姿をした魔女の名前を叫んでいた。

 名前を呼ばれた、しかしメイの方はとてもその声に返事をする余裕を持てないでいる。


 翼が上下に激しく動いている、羽ばたきの音色が彼女らの周辺に響いていた。


 それはメイの持つ翼、肉体の一部、春日(かすか)という名の鳥人が得意としてる魔力によって生成された翼にから発せられる音色であった。


 雪のように白く輝く翼を使いながら、メイはすぐに空の上で体のバランスを整えている。

 幼女ひとりの力で少女の体重を支えている、それはひとえに少女が魔法で重力を削り取っているからであった。


 ある程度まで軽くなった、キンシの体を運びながらメイが彼女に問いかけている。


「いったん、はなれましょう!」


 質問文というよりかは確認事項に近しい、あるいは要求の様な気配も感じさせる。


 メイとしては、とりあえずキンシだけでも安全な場所に移動してほしかったというのが本音なのだろう。


 幼い魔女はおびえている。

 その理由は明白で、つい先ほど先輩魔法使いが目の前にいる怪物に捕食されていたからであった。


 食べられてしまった、現場を見たメイが恐怖を覚えるのは当然のことだった。

 まずもって、魔女自身が怪物に捕食された経験を持っていることもある。


 だが、それ以上にメイは怪物が他者を襲っている場面に強い不快感、恐怖に繋がる感覚を抱いていた。


 怪物という、ある種の神聖ささえ持っている存在が、よりにもよって人間の肉を喰らう浅ましさを発揮する。

 その姿が、様子が、メイにはどうにも受け入れ難い事実であった。


 幼い魔女が怪物に対して嫌悪感を覚えている。

 その体の下で、キンシは魔女の体にすがりつくようにして怪物を見すえていた。


 魔法少女と魔女が見つめている。

 その先で、怪物は鳴き声の様なものを口から発していた。


「sisyassa 2222dddadadddddaaaa車さy車者」


 野良猫の威嚇の様な、空気が激しく発射される鋭い音色が空間へと響き渡る。

 それは怪物の鳴き声であり、耳障りな音響にキンシの聴覚器官がペタリと倒れる。


 獲物を喰らった、怪物はすでに目的を達成しているはずだった。


 にもかかわらずここに残留しているのは、この場所に魔力の気配が大量に残されているからであった。


 一つはトゥーイの手の中にある、観覧車に付属されていた巨大な魔法陣、それを燃料にした炎。

 そしてもう一つ燃えているのは、オーギの持つロウソクの炎であった。


 二つの魔力反応、そのどれもが怪物をこの場所に留めておくために使用されているものだった。


 そして、彼らの工夫もかいもあって、怪物は今のところはここに留まることを選んでいるらしかった。


「離れるわけにはいきません」


 怪物が留まっている。

 その様子を見続けた、キンシが固い声色でメイの提案を拒否している。


「急いで手段を使わなければ、たとえオーギさんであっても存在に危険が及んでしまいます」


 独特の言い回しを使っていながら、しかしてメイはキンシが一刻も早く先輩を救いたがっている。

 そのことだけを理解できた。


 それだけでも分かれば、メイも行動を起こすのに十分な意味を見出すことが出来ていた。


「わかったわ」


 キンシの意見に、メイは短い同意を返している。

 そして次に行うべき行動を、幼い魔女は魔法少女に問いかけていた。


「それで、もういちど怪物さんのもとにいくつもりね?」


 予想を口にしていた、キンシが彼女の言葉に同意をする。


「はい、お願いします」


 直接的に表現をすることも無く、キンシは再び怪物の体表に接近する、意思表明をメイに伝えていた。


 魔法少女からの要求に、メイはさすがにこころよい同意を示すことは出来ないでいる。


 だが真っ向から拒否が出来ないでいる。

 なぜなら、怪物を殺さない限りはその肉体に取り込まれた先輩魔法使いを救出することは不可能に近しかったらだった。


 メイが翼で空気を撫でる。

 滑空をするようにして、幼い魔女は魔法少女の体を怪物のとりあえずは建物のところに運ぶことにしていた。


 建物、観覧車が設計されてある複合施設。

 その屋根の上にブーツの底を着けながら、キンシが引き続きメイに主張をしていた。


「僕一人の手でできるだけ、可能な限り肉を削って中身を……オーギさんを助け出さなくてはならいんですよ」


 キンシの主張に、やはりメイは素直な同意を返せないでいる。


「でも、そのやり方だとよけいに時間がかかっちゃうとおもうわ……」


 反論をしながら、しかしてメイは現状を解決できる案や行動を用意できない、自身の至らなさに歯痒さを覚えている。


 彼女たちが答えを、解を見つけられないでいる。

 すると、そこへトゥーイの影が彼女たちの元に近づいてきていた。


「提案をする」


 青年が電子的な男性の声を首元から発しながら、少女と幼女にいくつかのアイディアを伝えようとしていた。


「トゥーイさん?」


 キンシが子猫の様な聴覚器官を、青年の声に耳を傾けるためにピコリと小さく起こしている。

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