テンプレートじみた歌詞に酸性をぶっかける悪魔的思考
フッと炎が消えた。
それはトゥーイの持っている、観覧車の魔法陣を燃料にした灯火の姿であった。
濃厚で濃密、強烈なる存在感を燃料にしていた炎が消えた。
それまで道しるべのようにしていた要素が、唐突かつ一方的に消去された。
怪物は当然のことながら戸惑っているようであった。
「?? ??? ??? 日四肢hisiヒヒhひひうぃしひ師」
相変わらずその口元は拘束されたままとなっている。
苦しげに、空気漏れの様なものを体から漏出している。
さて、目下の目的を失ったか異物が、次に何を指針にして己が肉体を運ぶべきなのか。
思考能力があれば、まさに途方に暮れていた事だろう。
だが、怪物の方はもっと単純な理由の中で自らの肉を運んでいるにすぎなかった。
目立つ獲物が消えたのならば、別のものを探せばよいだけのこと。
できれば逃した最初の獲物よりも大きなものを見つけられればラッキー。
だが、そんな幸運を期待せずとも、多少サイズが小さくなったぐらいでは文句は言わない。
言うものか、同じ甘さを味わえる材料さえ手に入れば十分である。
小さかろうが、狭かろうが関係はない。甘みを覚える、獲物の存在だけを怪物は望んでいる。
探している。
しかしてあまり時間をかけることも無く、怪物は新たなる目標をその眼球に見つけ出していた。
怪物の、まるく湿った目がオーギの方を見ている。
怪物が見つめている。
その先で、オーギは自らの道具を、武器を握りしめている。
右手に握りしめられている。
それは大きな鎌の形を模している。
それは、実を結んだ麦を刈りとるのにとても丁度が良さそうな形状をしている。
三日月を半分に切り取ったような鋭さを持つ、刃の根元では青い炎が煌々と燃えていた。
元々は燭台の上にあるロウソクを溶かしていた。
青い魔法の炎は雨であろうと、いかなる湿り気に関係なく熱源の舌を空気に揺らめかせていた。
香り付きの、いわゆるアロマキャンドルを主体として構成されている。
武器からは、まさに当然の如くロウソクに込められていた香りがまんべんなく、絶え間なく発せられていた。
魔法を目的とした材料と方法を駆使し、魔法のために作成されたアロマキャンドル。
その香りは確かな存在感を主張していた。
しかしてさすがにランドマークである観覧車を消費して発せられる光源と比べればあまりにも、余りもな頼りなさしかなかった。
それも当然のことで、単純に材料の質や製作者の技量というものに差がありすぎていた。
だが、そう言った差分も今、この状況に関しては何ら関係性など無かった。
勝負、戦いが対象としているのはそんな話などではなかった。
もっと単純に、オーギは怪物が自分の元に気付くことを強く望んでいる。
そして、若い魔法使いの願いはしっかりと現実に実を結ぶこととなった。
怪物がこちらを、つまりはオーギが足をつけている建物の屋上に目線を向けている。
どうやら見つけたようだ。
見つけてくれた、感覚がオーギの全身に決定的な緊張感を、電流のような速さで駆け巡らせていた。
恐怖を大部分としていながら、しかして目に見えて分かりやすい結果を獲得できた喜びも、確かにそこに存在していた。
怪物が、観覧車の横を通り過ぎながら真っ直ぐオーギの元に接近してくる。
距離がどんどんと狭まってくる。
目測、感覚において、オーギは武器をさらに意識して構えていた。
右の片手だけに携えていたものを左でも握る。
両の腕で鎌を掴み、靴の裏で地面をじりじりと噛みしめる。
腰を低くして、用意できる分だけの重心と安定を全身に作り出そうとしている。
怪物がより一層距離を詰める。
すでに眼前に迫ってきていると表現しても差し支えないほどには距離は短い。
怪物はオーギの武器から発せられる薫香に強い興味を抱いているようだった。
関心が消えぬ内に、オーギは自らの武器に燃ゆる炎の燐光をさらに強めていた。
炎が青く強く燃えるほどに、匂いがさらに濃密なものへと変わっていく。
怪物が口を開こうとしていた。
匂いの正体、芳しき甘さの正体も知らぬまま、ただひたすらなまでに捕食のことだけを考えている。
思考の強さは人間ひとり、個人が抱くそれをはるかに超えている、ある種の群集心理に近しい凶暴さを有していた。
激しさは己の状況すらも忘れ去るほどであった。
怪物は捕食器官を封じている金具など存在していないかのように、皮が引き伸ばされるのも構うことなく口を開いていた。
ビリビリと敗れる音がする。
それは怪物の皮膚が引き裂かれる音、そして拘束している金具が無理やり延長されている証拠の音色でもあった。
今だ。
意識の深層に近しい所にて、短い命令文だけがオーギの体を空中へと誘っていた。
頼るべき地面の終わり。
そこは建造物の屋根の外、地面の無い虚空にオーギは足をかけていた。
落ちる、本当の意味で正しく世界に生きていたら、そうなって然るべきだった。
だがそうはならなかった。
何故ならオーギは、彼は魔法使いであるから。
なので、オーギは魔法を使いながら少しだけ空を飛んでいた。
ふわり、雨に濡れる空気をオーギの靴底が踏みしめる。
飛ぶと言うよりかは、それは跳んでいると表現した方がより正しいかもしれない。
一回だけ虚空を踏みしめた。
それだけで充分であった、怪物の口の真ん前までオーギはその身を接近させている。
充分に距離を詰めた、オーギは武器を握りしめて叫ぶ。
「おおおらああああッ!!」
怒号の様な、発せられたそれが空気を、雨水を振動させる。
振動と共に、魔法使いの腕から斬撃が生まれる。
横薙ぎにする、魔法によって作られた刃が硬いものに触れる。
断絶の音が連続した。
それは切り裂くというよりかは、まるで巨大なハンマーで鉄骨を何度も殴るかのような音をしていた。
ガンガン! ガン!
刃が硬い拘束を強引に引き裂いた、拮抗する強度の中で鎌の刃だけが人間の意識を持っている。
故に、強度の対決においては拘束具よりも魔法の鎌の方が勝っていた。
だからこそ、怪物はようやくそこで口を自由に動かすことに成功していたのである。
怪物が叫ぶ。
「きょ! ?! kyayaKきゃあ kayaa化や嗚呼きゃあきゃあ」
感情を読み取ることは出来そうにない。
だが、少なくとも衝撃と驚愕のそれに近しき状態である事は確実そうであった。
急に解放された口が、拘束されていた分だけの力みによって激しく開かれる。
口は、開けたとしてもやはり体のふとましさにしてみれば比較的小さいそれのように見える。
だが、その計測はあくまでも怪物の肉体を基本とした計り方でしかない。
怪物にとって小さいそれでも、人間ひとりにしてみれば充分が過ぎるほどに巨大なものだった。
それこそオーギの体一つぐらいならば、直立しているものを一気に丸呑みすることも容易いだろう。
そんな感じの口を目の前にしている、オーギは急ぎ退避行動をしようとしていた。
体を動かそうとしていた。
だがオーギは同時に、自分の能力ではここから逃げられないことを察していた。
あ、ヤバい。
そんな台詞、実際に口にした訳ではないにしても、まるで世間話のような気軽さで若い魔法使いは己の身の危険を客観している。
それしか、彼には出来なかった。
考えの全てが体を通り抜ける、それよりも先にオーギの体は怪物の口の中に飲み込まれてしまっていた。
メイが、状況を完全に理解するよりも先に悲鳴をあげている。
「ナグさんっ!」
ちょうどメイ自身も同じような経験をしていた。
フラッシュバックもそこそこに、魔女は先輩である魔法使いの無事を一刻も早く確認したがっていた。
爆発的に膨れ上がる不安。
そこに少しでも救いを与えるかのようにして、メイの左後ろからキンシの声音が届いていた。
「大丈夫、そんなにすぐに心は失われません。ほら、見てください」
重要とされる要項だけを短く伝えている。
メイがキンシの声がする方を振り向く。
そこには魔法使いの少女が、ジッと怪物の方に視線を固定させているのが見えた。
「魔法はまだ失われていないはずです。だから、それより前に終わらせてみせるのです」
そう宣言をしながら、キンシは槍を携えて怪物に向けて走り出していた。
雨の中を魔法少女の背中が駆けていく。
ブーツの靴底が地面を強く踏みしめる。
跳び上がり空を飛ぶ。
キンシは屋根の外、地面の無い所で空を飛びながら、唇は同じ魔法使いである青年の名前を呼んでいる。
「トゥーイさん!」
魔法少女に名を呼ばれた、青年もまた行動を起こしていた。
魔法使いたちが怪物を殺そうとしている。
その間に、メイの目線はとある場所に移動をしていた。
見ている場所、そこはオーギの鎌が転がり落ちていた。
怪物もさすがに刃ごと飲み込むことをしなかったのか。
それが意図的であるにしても、物体が存在している事象がメイに一つの確信を抱かせていた。
これから怪物の戦闘が始まろうとしているのに、どうしてそんなものを見つめているのか。
メイは理由を探そうとして、しかして探すまでもなく答えを自力で導き出していた。
「魔法が消えていない、っていうことは……」
考えた答えを明確に言葉にしようとした。
だが、その間に魔法使いたちは怪物への攻撃を開始していた。
「うう、滑ります!」
呻くようにして、状況を叫んでいるのはキンシの声であった。
少女は空を飛びながら怪物の側面、体表に足の裏を密着させていた。
まるでロッククライミングをするように、キンシは振り落とされないように体表にへばり付いている。
雨の激しさをこらえながら、キンシはブーツの底で怪物の体を踏みしめている。
へばり付いたそこ、怪物の体表を昆虫のように這い登る。
登り終えた、怪物の背面にてキンシは武器を強く握りしめた。
両の足を強く踏ん張る。
地団太を踏むようにして、キンシの履いているブーツの短いかかとが怪物の体表に震動を刻みつけている。
魔法によって基本的な性質を変化させた脚力は強力で、怪物の鱗を、瓦の様な一枚を砕くほどの力を有していた。
だが、たったそれだけでは怪物を殺すにはあまりにも、余りにもな無力なものでしかなかった。




