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いつだって劣等感を味が亡くなるまで噛み続けいる

 それは紛れもなく怪物を誘導するための、ただそれだけのための炎、光の源であった。


 怪物をできるだけ、でき得るだけ自分の意向にそった動作をさせるためのもの。


 怪物の身体、主に捕食器官の辺りを拘束している忌々しき道具を排除するために、トゥーイという名前の青年の魔法使いは、手元に誘導の炎を掲げていた。


 魔法陣を燃料にして、トゥーイの脳が発する魔的な意識を火種とし、鮮やかな青色の炎を空間に発生させていた。


 目が覚めるような青色。

 百年の眠り、三千世界の烏を皆殺しにしそうなほどに、炎は燐光のごとき青色を世界に主張している。


「…………」


 トゥーイが言葉を使うことをせずに、無言の中で腕の先端、青い炎が輝く右手を少しだけ下に降ろしている。


 青年の動きに合わせるかのようにして、炎の存在がさらに増幅されたように見える。


 見える、と青年の近くに立っていたキンシはそう表現しそうになった。

 だが少女は、すぐに自らの考えを半分ほど否定している。


 見える、その様に、などではなかった。

 実際に、炎は青年の指の中でサイズを大きくしていたのである。


 トゥーイの意識を炎に伝えるための器具、青年が普段魔法の道具に使っている鎖。

 今は炎の発生源の役割をしている、鎖の端が大きさを変化させていた。


 大きくさせている。

 それも当然のことながら持ち主である魔法使い、トゥーイの意向によるものであると、キンシは深く思考を稼働させる必要も無いままに察していた。


 さして時間を有することもせずに、鎖の端はランタンほどのサイズ感を獲得していた。


 発生源の範囲が広がると同時に、炎の青さも現実に存在感を増している。


 いよいよ青年本人の指、皮膚、肉や骨さえも燃やしてしまうのではないだろうか?

 キンシが不安を覚えそうになった。


 しかし、魔法少女の不安はとりあえずのところ、現実に発現させれることは無かった。


 何故ならば、青年ひとりの肉が焦げるよりも恐ろしいもの、人を喰らう怪物がその炎の存在に気付いていたからであった。


 怪物がこちらを見ている。

 見て、声の様なものを発しようとしていた・


「!!! ? 四肢四肢四肢し」


 声を、何かしらの音声の様なものをあげたかったのだろう。

 しかしそれすらも出来なかった、理由はその口を金属の拘束具で抑え込まれているからであった。


 口を閉じられている、捕食器官を封じ込まれている。

 怪物は、たった今その事実に発覚を至らせたかのように、その肉体のほとんどを使用しながら苦しみを表現しているようだった。


 苦しがっている、口元の理由を排除する。

 それが怪物ないし魔法使いたちにとっての目下、目指すべき目的であった。


 目をしばたかせながら、オーギがトゥーイに向けて命令の様なものを発している。


「こっちに気付いたな、なるだけ動きやすい所までの誘導、頼んだ」


 後輩である青年に指示を出しながら、若い魔法使いはほんの一瞬だけ気配を研ぎ澄ませる。

 風の方角、風圧がどの方向から訪れるかを確かめる。


「できれば、気付かれにくい風上がいいな。……それも頼めるか?」


 命令に次ぐ要求。

 しかしトゥーイの方はなんら戸惑う素振りも見せずに、コクリ、と顎を上下に動す同意だけを先輩魔法使いに伝えていた。


 後輩である青年が要求への同意を示した。


 それを確認した、オーギがさらに自身の準備を進めようとしていた。


「よし、トイ坊が相手をしてくれとる間に、おれ達もイイ感じの場所まで移動するで」


 オーギは青年以外の後輩、つまりはキンシとメイにそう言った指示を出している。


 イイ感じの場所とは?

 メイはすぐに疑問を抱いたが、しかしすぐに風上という概念を思いだし、それに該当する地点に向かうのだという想像をめぐらせていた。


 考えているなかで、メイはすでに風上の方角を体に感じ取っていた。


 彼女の属す種族、人体に鳥類の特徴を宿したものが特有する羽毛。

 体の皮膚から生えている、間違いなく肉体の一部である羽根の数々。

 白くてフワフワ、もふもふとした器官が風の出どころを素早く検索していた。


「こちらが、ちょうど風がふいているトコロになるわ」


 メイがそう提案をした。

 オーギはすぐに魔女の言葉を受け入れ、考えるよりも先にその方角へと体を動かそうとしていた。


 観覧車乗り場から移動する、その先は立ち入り禁止区域であった。

 通常の、普通な乗客ならばまず用件を抱かないであろう、そこは建物の外壁と呼ぶべき空間でしかなかった。


 屋上とも言えなくはない、建造物の外側は当然のことながら雨に濡れていた。


「滑らないよう、気ィつけろよ」


 豪雨の中でなかば滝のようになっている壁に足をつけながら、オーギは後輩である彼女らに軽く忠告をしている。


 仮に転倒をしたとしても、その程度で深刻なダメージを追うような「普通」であれば、そもそも怪物などに対応できるはずもないのだが。

 しかし、オーギは注意をせずにはいられないでいた。


 というのも、実を言えば彼もこれから自身が取りかかるべき行為に強い緊張感を抱いているらしかった。


「ナグさん、キンチョウしているわね……」


 先輩魔法使いの様子を見ていた、メイがなにげなくキンシにそうささやきかけている。

 幼い体の魔女が抱いた印象に、キンシは一応根拠と思わしき理由を彼女に伝えていた。


「そうですとも、オーギさんはいつだって怪物に怯えているのですよ。だって……──」


 言いかけた話。

 しかしキンシはこのような場所ですることでもないと、自らの理性と共に発しかけた言葉を否定している。


「……だからこそ、彼はここで魔法使いとして生きていけるのです。それは尊敬すべきこと、参考にするに値する行為です」


 飲み込んだ話の代わりに当たり障りのない話題を。

 しかして心からの嘘という訳でもない、きちんと本音が混ざっている会話で誤魔化そうとしていた。


 魔法少女のうやむやをメイが聴覚器官に認めていた。


 魔女が口を開こうとした。

 だが、それよりも先にオーギが手元への準備を進めていた。


 オーギは魔法薬を大量に仕込んでいる薬箱、ここから一本の金属の棒のようなものを取り出していた。


 棒は手に握りしめられるほどの幅で、オーギの身長よりも幾らか長さが多い。

 ……とても薬箱にまるごと収めきれるようなサイズ感でないことは、この際あまり追求しないことにするとして。


 ともあれ、その金属の棒の先端をオーギは上に向けている。

 先端、そこには持ち手と同じような黒い色をした小皿の様なものが備え付けられていた。


 小さな皿、そこには一本のロウソクが立たされていた。

 直立しているロウソク。傾けても倒れないところを見ると、皿の中心には針のような留め具が伸ばされていることが想像できた。


「なにかしら、あれ……?」


 メイが再びキンシの方に、今度はいくらか声の調子をハッキリとさせて質問をしている。


 問われた内容に、キンシの方も今度こそ明確な回答を用意していた。


「あれはですね、燭台です」


 まずは簡単に、単純に道具の正体を意味する言葉を唇の先に用意している。

 そして次にキンシはすぐさま目的を、知っている内容を、まだ知らない相手に教えていた。


「あの先端にある香り付きのろうそくで、オーギさんは多分、なにかをするのでしょう」


 言葉だけではあいまいすぎて、まるで理解が追い付きそうにない。

 にもかかわらず、メイは魔法少女の言葉に速やかな納得を結び付けられていた。


 理由としては語ることも無いほどに単純で、ちょうど目の前に供述された行為が実践されているからであった。


「……」


 呼吸が繰り返されている。

 オーギは手の中にある燭台を少し前に傾けている。


 皮膚に冷たさが、血液の熱と触れ合う。

 空気が少しだけ流れる。


 あまり時間を必要としないうちに、燭台に刺しこまれたロウソクに火が灯っていた。

 オレンジジュースのような色をしている、蝋を燃料に先端へと炎が光る。


 燃える舌の色、それはやはり鮮やかな青色をしていた。

 青い炎は、およそロウソクに許される熱の量をはるかに超えながら、燃料である蝋を次々と溶かしている。


 溶けた蝋は呪力に従って下へと落ちる。

 と、そう思いそうになった。


 しかしそうはならなかった。

 どういう訳か、蝋は滴り落ちずに空中にその流動体を固定させていたのである。


 理由や理屈、意味などは大体において魔法が関係している。

 オーギは当然のことのように魔法を使いながら、溶けたロウソクであっという間に巨大な刃をその場にこしらえていた。


「まあ!」


 メイが驚き、キンシが感嘆を口にする。


「さすが、いつも手早い技です」


 そう表現している。

 オーギの手元には金属の燭台と、そして蝋で作られた巨大な鎌の様な武器が作成されていた。


 鎌は大きく、ちょうど草刈りをするのにとても便利そうな形状と鋭さを持っている。

 およそ人間や生き物の肉に向けるべきではない、三日月のような曲線の美しさを持つ刃。


 それを、オーギは軽々と持ち上げている。


 右の片手で刃を持つ。

 炎は燃え続けている。


 青い火が蝋をさらに溶かし、甘く濃厚な香りが雨風にあおられるがままに風下へと届けられる。


「おいでなせ……、おいでなせ……」


 オーギは怪物が自分の方に訪れることを、成功することを言葉の中で丁寧に祈っている。

 表情は当然のことながら強い緊張感に満ち満ちている。


 喜びはあまり感じられそうにない。

 当然のことだろう、人を喰らう怪物を呼ぼうとしているのだから。


 オーギが魔法使いとしての役割以上に、人間として基本的な恐怖に怯えている。


 怖がっている。

 感情を抱きながら、攻撃のための巨大な鎌を怪物のために用意していた。


 恐怖する魔法使いの元に、トゥーイの鎖が閃光のように真っ直ぐ伸ばされてきていた。

 見れば、直線状に伸びる鎖を伝いながら、トゥーイがオーギのいる場所まで素早く移動してきている。


 金属が擦れ合う音と共に、怪物の肉体も目的の場所へと誘導されていた。

 巨大な魔法陣を燃やして灯した炎、それを道しるべに怪物はひれを雄大に揺らしながら魔法使いたちの元へと接近している。


 ある程度の距離をこえた所で、トゥーイが手元の炎を消していた。

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