毎秒、刻々と死に方に散歩をしている
縫合されているというよりかは、まるでコンクリートの塊を固定されているかのような頑強さがあった。
一応はすでに、怪物はその全体を傷口かを排出させようとしている。
怪物の全体、その前身はおおよそ丸みを帯びたフォルムをしていた。
完全なる球体を、大きな手でこねるように潰したらあんな感じの造形になるのではないか。
丸っこい胴体の先端に、一応人間における顔の部分にあたる組織は用意されていた。
動体ばかりが大きく、捕食器官の在る顔面部分は身体の割合に対してかなり小さい。
幼虫のそれと、似てなくもない。
キンシはそう考えながら、しかしそれ以上に怪物の身を包んでいる違和感に強く注目をしていた。
「食べるための口が、ああひどい……あんなに固く閉じられてしまっています」
できるだけ状況をそのまま、見たままに表現しようとしている。
そうすることによって、キンシは目の前の現象に少しでも納得を附属させようとしているらしかった。
魔法少女の戸惑いを左隣に、メイと言う名前の魔女も怪物の違和感について考えようとしている。
「たしかに、お口が鉄のひもでとじられちゃっているわね」
魔女がそう形容している。
怪物の捕食器官、体の割には小さい底はかなり強い縫合がなされている。
閉じられているそこを見て、メイは何故かトゥーイの姿を頭の中に強くイメージしていた。
「まるで、トゥの……」
メイがすべてを言い終えるよりも先に、彼女の目線はトゥーイの体を探し求めていた。
たいした時間も手順も必要とせずに、魔女はすぐに視界の内へ青年の姿を認めている。
そこには彼の横顔があり、また、たまたま丁度がよく右頬がよく見える位置関係に立っている。
トゥーイの、青年の右の頬。
そこには大きな傷跡があり、赤々としたそれはホッチキスの留め具の様なもので雑に縫い止められている。
まるで電車が走る線路の様なしつらえで縫い合わされている。
青年の顔面に、唇の右から口の避けた女妖怪のように広がりを見せている。
縫い傷、それと同じような縫合が怪物の口にほどこされていた。
口を閉じられてしまっている。
怪物は空間に空けられた傷口から体を這い出しつつ、閉じた口の隙間から呼吸のようなものをこぼしている。
「siii---siii si----si」
それは言葉というよりも、いよいよ本当の意味で生理的かつ生物に基本的な機能としての呼吸音でしかなかった。
苦しげにも聞こえる。
音に抱く感情は、魔法使いであってもそれぞれに毛色を異ならせていた。
いくつかある思考の中で、キンシはこう考える。
「あのままでは苦しそうです」
考えを口に、実際の音声にしながらキンシは己の行動の指針を自発的に制作している。
「とにかく、あの口の留め具を外してさしあげなければなりません」
魔法使いの少女がそう提案している。
それに賛同をしていたのは、少女と同じ魔法使いであるオーギの喉元であった。
「そうだな、やり方うんぬんは後で考えるとして……、当面の目的はそれになるな」
若い魔法使いたちが互いの意見に同意を示している。
言葉を必要としない程度には、彼らは自らのすべき行動をすでに把握し終えている。
魔法使いにしてみればたったそれだけのやりとりで充分だった。
しかしながら魔女が、メイがすぐに納得できるかどうかはまた別の問題でしかなかった。
「ふたりとも、ちょっとまって!」
少しだけ大きめの声で呼び止めている。
メイの呼び声に魔法使いたちが振り返る。
キンシが幼い体の魔女に視線を向けていた。
「どうしたんです? メイさん。急がないとお相手が逃げてしまいますよ」
割かし直接的な表現の中で、魔法少女は無駄口を叩かぬことを表明している。
確かな拒絶の意向を感じがら、それでもメイは自身の内層に芽吹く疑問点に、急ぎケリをつける必要性にかられていた。
「怪物さんのお口を開放するって、それだと、よけいに食べられやすくなっちゃうじゃない」
メイとしては魔法使いの身を案じているつもりであった。
事実として、魔女が不安に思う事項は魔法使いらにとっても意に留めるべき内容であったらしい。
魔女の問いかけに、オーギが返答をすぐさま用意している。
「確かにな、口を開放したらもしかしたら相手はおれ等を食べるかもしれないな」
オーギの予想に、キンシが合いの手を入れるように唇を開いている。
「ありがとうをしながら頭を下げられることは、まずもってありえないですね……」
笑顔の中で冗談を言おうとして、しかしてキンシはすぐに口元へ真顔を決め込んでいる。
「いや、しかしながら、万が一にでも相手側からそのような意向が見えた場合には……?」
「ねえよ、億が一ににでもねえよ」
後輩魔法使いの下らない妄想に、オーギは呆れるようなツッコミだけを添えている。
軽く睨むような視線を後輩のキンシにジロリと向けた。
その後にオーギはまばたきをひとつ、平静そうな表情の中で再びメイに否定文を送っていた。
「食べられる危険性に関しては、たぶんアンタが不安がるよう増えるだろうな」
まず最初に起こり得る事象に同意を示しておく。
その上で、オーギはあくまでも自身の行動を変更しないという否定の意をメイに主張していた。
「だけど、そうしなければおれ達はただあいつを、怪物を駆除するだけの人間になる」
オーギは、若い魔法使いは主張を静かに続けている。
「殺すだけじゃダメなんだ。殺すに至る過程を、命を秤にかけて戦うという意味を、おれ達魔法使いは怪物に捧げなくてはならい。それが……」
言い終わる途中の中で、オーギは視線を再び怪物のいる場所へと向けている。
「魔法使いの役割なんだ。怪物は人間を食べるためにここに来る、その目的、魂に少しでも癒しを作らなくちゃならないんだ」
理由を言っている。
しかし、メイには魔法使いの理屈がまるで理解できそうになかった。
そこまでやる必要性が、魔女には理解できそうになかった。
彼女が不可解さに悩みを抱こうとしている、そこにキンシが簡単な言い方だけを用意していた。
「怪物の方々にとっては、戦うことこそが僕らにとってのリラックス……、りらくぜーしょん、になるんです」
相変わらず理屈は意味不明ではあるものの、しかしオーギのそれよりかは分かりやすい表現を使っている。
魔法少女の言い方にメイは意外さを覚えていた。
そしてオーギもまた、後輩がここまで的確な表現をしようできている、現実に少なからず驚愕めいたものを抱いているらしかった。
「魂に溜まっているよごれ、疲れやねじれの様なものを整えて。重たい肉体から解放する。それが、魔法使いと怪物が互いにたたかう時に取り交わす対価なんです。ですので」
そこまで言い終えた後で、キンシは先輩と同じように怪物の方にビシッと気合を込めた視線を向けていた。
「ですので、ですので、ですから。魔法使いである僕は、怪物さんの魂に少しでも癒しを与えるために、前人全霊を以てして全力に、喰らいあいの戦いに身を投じるのです。以上です」
語り終えた、キンシは早速戦闘の場面に向かおうとしていた。
「そうだな」
後輩がそう言っている。
言葉に対して、オーギが静かな同意だけを示していた。
「戦い、喰らいあい、生命の削り合いをしようか」
呟くように、鼻歌でも歌うかのような気軽さで、オーギはメイに事項を確認していた。
「できれば手伝ってほしいだが、認可できるか?」
問いかけられた、メイはもうすでに疑問に追及はしなかった。
「ええ、もちろんよ」
戦う理由以上に、メイは戦いそのものに強い関心を抱き始めている。
怪物が殺されようとしている状況によろこびを覚えている、メイはそれを自覚していた。
少なくとも、魔法使いに死の危険がある事にはまだ怯えを抱いている。
感覚だけをよすがに、メイは戦闘の場面へと足を運ぼうとしていた。
建物から少し外に出た、途端に雨の激しさが魔法使いたちの体を強く圧迫しようとしていた。
「雨が強くなってきましたね」
体に感じている感覚をそのままの言葉にしながら、キンシは身につけている上着のフードを被りなおしている。
キンシの持つ聴覚器官、子猫のような形状のそれに合わせた隙間が縫われている。
耳と三角形の空洞のポジションを整えながら、キンシは自分の身体に大量の湿気が取り込まれるのを肌で感じ取っていた。
濡れる体、雨の強さは外界に存在するすべてを濡らしていた。
地面のアスファルトを濡らし、ビルのコンクリートを濡らす。
そして怪物のいる場所、空間のひずみから体をこぼしている怪物の肉体を雨水で濡らしていた。
主に地上で暮らしている人間にとっては、自分の身体を大量の水分が覆われている状態は決して良い状況とは呼べそうになかった。
この世界の人間にとって悪いこと、それは怪物にとっては得てして善の傾向に属されるらしい。
雨に濡れる、びしょびしょになった肉体が怪物の意識に段々と強い活力を与えていた。
怪物の様子を見上げながら、メイが観覧車乗り場の辺りで呟きをこぼしている。
「なんだかさっきよりも、すごく元気がよさそうになっているわね」
静かに呟くそれとは異なっている。
メイは他者に自分の意見がきちんと届くように、雨音に自らの声が掻き消されないように声を意識的に張り上げる必要性があった。
魔女が表現している内容に、キンシが返答の様な同意を呈していた。
「水分がたくさんあれば、怪物もお肌が乾燥しないんでしょうね。泳ぎやすくなるんだと思います」
まるで魚のそれに対するかのような言い方をしている。
しかして事実、怪物の様子や風体は陸上生物よりかは、どちらかというと水中に暮らす生物の様な造形をしている。
ということ、怪物に対する要素にメイが新たな認識を獲得している。
魔女が感嘆めいた感情でそれを見上げている。
彼女の視界の左側にて、同じく観覧車の乗り降り口にて、魔法使いらが相談事をしていた。
「どうします?」
キンシが問いかけた内容にオーギが返事をしている。
「どうするかは、ここじゃあお前が一番よく分かってるだろ?」
いいながら、オーギが後輩である魔法少女の方に視線をチラリと向けている。




