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見たことも無いのに宇宙を信じられる理由を求めよ

 まさしく巨大な魔法陣、そのものであった。


 トゥーイが投げだちいさな魔法陣の残滓に反応して、観覧車に組み込まれている巨大な術式が表に、人の目に分かりやすい所まで引きずり出されたのである。


 見上げているキンシが、光の美しさに感嘆符をこぼしている。


「うわあ……!」


 見つめる先。

 そこでは観覧車の側面に光り輝く、魔法陣の実体そのものがある。


 光はさながら、かつての夜の花街を彩る放電管、ネオン・ランプのような美しさと怪しさを持っている。

 確かな質量のある光の明滅、しかしてそれはネオンのように科学的根拠のある光源とはまた種類の異なる気配を有していた。


 いたって無規則なものでしかない、

 自由自在と言えば聞こえがいいが、どちらかというと自由奔放なまでに光を現実に表現している。


 格子窓のように規則正しいラインを並べたと思えば、次に瞬きをする頃にはカリグラフィーをまんべんなくちりばめたかのような模様を描き出している。


 大量の文字が、観覧車という円形の内側へ目的に沿った形として並べられている。

 それは確かに、この世界における魔法陣の様式と大体同様……。


 というよりかは、トゥーイが作りだしたそれをそのまま、神がかりレベルまでに拡大延長させまくったら、きっとこんな感じになるだろう。


 そんな、魔法陣が観覧車に組み込まれていたのであった。


「……はあ……」


 ひとしきり感想を、感動と共に雨天の激流のごとくその身へ流し込んだ。

 感動にブルルと打ち震えるキンシの耳に、オーギの怒号らしきものが響いてきていた。


「なあぁーにを! しとんのじゃいッ! このたわけが」


 灰笛(はいふえ)独特の罵倒言葉を使用しながら、オーギはトゥーイに向けて叱責を叩き付けていた。


「人様んトコロの魔法陣を、しかも、こんだけ大規模なもんにもしも傷でもつけたら……ッ、テメエのクビどころかウチの事務所ごと爆発四散しまくりパーティーだわ!」


 やはりオーギは、若い魔法使いは青年の行動にかなりの動揺をきたしているらしい。


 それも当然のはずで、描く量が青年と観覧車の魔法陣では圧倒的に手間暇に差がありすぎていた。

 技量うんぬんの話は別として、単純にサイズがとても個人の手に収まりきれぬほどの規模を有している。


 先輩魔法使いと青年のアンバランスな喧騒を横目に、キンシがメイに向けてそっと囁きかけている。


「……あれ、もしも壊しちゃったら損害賠償、どうなるんでしょうね?」


 簡単な質問をしている。

 キンシの左頬を、依然として光度の気配を強く残している巨大魔法陣が色鮮やかに染めていた。


 ちょうど魔法少女の左頬に刻まれている呪い。

 いまは黒水晶のような質感になっているそこが、魔法陣の光を反射してほのかに色付いている。


 光と反射、吸収の様子を左斜め上に認めつつ、メイと言う名前の幼い体を持つ魔女が簡単な予想を口にしている。


「んん……、魔法陣にかんしては、私も……あまりよく知らないのだけれど……」


 とくに包み隠すような事実もないと、メイは分からないことをただ素直に言葉へと変換していた。


 少女と幼女がヒソヒソと囁きあっている。

 そこへひとしきり青年に怒号を吐きだし終えたオーギが、早くも瞳に多くの疲労感を滲ませながら会話に介入をしてきていた。


「さっきも叫んだかもしれけど……、ウチの事務所が爆発するどころの騒ぎじゃ、あらへんって」


 勘定に任せて発した言葉に、後になってある程度取り戻した冷静さの中で再分析している。

 そこに羞恥心はあまり感じられそうにない、ただ予測できてしまえる事実に怯えているようにも見てとれる。


 先輩魔法使いがその様に、あからさまに怯えているのを見た。

 キンシはそこで、新たに合点を行く要素に実感を得ていた。


「なるほど。それだけの規模のものをよく分からない、僕らのように曖昧な魔法使いに任せたくない。だから、オーギさんの話も長くなったのですね」


 キンシの語ることをもっと要約するとして。

 貴重かつ重要、大事な魔法陣をそんじょそこらのテキトーな魔法使いどもに預けることをしたくはない。


 単純に考えれば、できる限り難しい事情を無視した上で、結局のところは一番簡単な理由が最大の原因と成り得る。


 キンシが新たな事実に感銘のようなものを覚えている。

 それをよそに、オーギは大体において同意と思わしき態度を後輩である少女に見せていた、


「何はともあれ、もうすでに許可は充分しぼり取ったんだ」


 自身が体験した嫌な出来事を忘却するついでに、オーギは急ぎ本来の目的を実行しようとしていた。


「おれ達は、おれ達に出来る分の仕事をしようぜ」


 そう宣言した。

 しかしながら、今後の展望のこととなると、実を言えば先輩魔法使いにもあまりあずかり知らぬことであった。


 オーギはそのことを充分に自覚しながら、視線を後輩であるキンシの方に向けていた。


「んで、メモに書かれていた内容だと、この後のことはどうすりゃいいんだっけか?」


 本当の意味で忘却をしたというよりかは、オーギは一応の再確認をするつもりとして、キンシに今日渡された指示の内容を質問していた。


 先輩魔法使いに問いかけられた、キンシがメモの内容を空読みするようにしている。


「えっと、ここでなにか分かりやすいことをして、そうしていたらもしかすると、どこかから結果が移動してきてくれるそうです」


 おおよそメモ書き通りの内容を言ったに過ぎない。

 だが、あらためて再確認した内容のアバウトさ具合に、オーギを含めた数人が絶望じみた落胆を再確認させられていた。


「分かりやすいことって……、何なんやろうな」


 オーギが問いかけていることに、キンシは素直な返事だけをしていた。


「さあ、なにをすれば良いのでしょうか?」


 キンシが不可解さに、頭部に生えている子猫のような聴覚器官をペコリと下に垂らしている。


 後輩である少女が不安そうにしている。

 それを視界の隅で認めつつ、オーギはため息交じりに観覧車を見上げていた。


「まあ、おれがもしもヤツらだとしたら、こんだけ派手に光りまくっている魔法陣があれば、それこそ夜中のコンビニにたむろするように……──」


 オーギがすべてを言い終えるよりも先に、どうやら彼の予想は現実に発現をしていしまっているようだった。


 先輩魔法使いが何気なく観覧車の方に近づこうとした、その足をトゥーイの右腕が制止している。


 同時に、観覧車の近くで何かが割れるような音が響き渡っていた。


 バリバリ、バリン。

 瞬間的な激しさは雷鳴と匹敵する力強さがあり、だが継続する音響はあまり感じられないところに、自然現象とは異なる規模の狭苦しさを感じさせる。


 音の正体を誰よりも先に把握したのはオーギであった。

 理解した上で、若い魔法使いは驚愕を口にせずにはいられないでいた。


「は? うそだろ……どうして」


 言いかけた言葉を、たまたまのタイミングで受け継ぐようにしていたのは、キンシの叫び声であった。


「怪物です!」


 それだけの事実。

 怪物がこの場所に発現したという事柄。


 知り得る情報はそれで満ち足りたと言わんばかりに、キンシは左腕を包む長袖を激しくまくり上げていた。


「みなさん、戦闘準備を」


 魔法少女がそう言っている。

 皆は、少女に言われるまでもなく、その現象を目にした途端に戦闘の意識をそれぞれ肉体に駆け巡らせていた。


 若い魔法使いらが見上げている。

 そこには観覧車があり、そしてその向こう側、丁度円形の右斜め上の部分。


 空間の辺りに、怪物がこの世界に発現するための裂傷のような(ゲート)が開かれんとしていた。


 それは鋭く切り込まれた筋のようなものに始まり、内側から盛り上がる物体に押し出されるようにして空間の損傷具合が広がり続けている。


 ビリビリと布を破るようにしている、裂かれた空間の中から内側に秘められていたもの、怪物の正体が現実に発現しようとしていた。


 キンシは強く意識を働かせながら、目をよく凝らして傷口から現れた怪物の姿を見ている。


 よく見て、そして現状分かる事柄を言葉にしていた。


「なんだか、丸っこくて変わった形をしてますね?」


 相手は怪物であるのだから、この世界の常識ある生物の基準が当てはめられることの方が少ない。

 そう自覚していながら、しかしてキンシはどうにも怪物の姿違和感を覚えずにはいられないでいた。


 何故なのだろうか?

 キンシは違和感の理由を考えようとした。


 魔法少女が答えを得るよりも先に、オーギが先んじて明確な解答を口元に発していた。


「口がない、縫われているのか……?」


 彼がそう表現しているとおりに、その怪物には本来あるべき捕食器官が確認できなかった。


「どういうことだ……?」


 信じられないものを見るようにして、オーギは魔法道具を用意する間に思考を懸命に稼働させようとしている。


 若い魔法使いの動揺を、メイが隣に立っているキンシにその旨を問いかけていた。


「口がないのって、そんなにおどろくことなのかしら」


 疑問を口にした、問いかけを耳に受け止めたキンシの体がメイの方に少しだけ近寄っている。


「ええ、そうなんです、これはゆゆしき事態なのです」


 とても重大な事件が起きたかのようにしている。

 事実、この場所に怪物が現れていること自体重大な場面となるはずだった。


 しかも、その上に個体に異常が起きているという面においては、魔法使いにとって充分に異常な状態であるらしかった。


「怪物は人間を食べるためにこの世界に現れるのです。なのに、食べるために必要な口が何ものかによって閉ざされている、縫いふさがれている。これは、許される行為ではありません」


 そう主張している。

 信じていることを声に、言葉にしている。


 メイは魔法少女の主張に、訴えかけている内容とはまた種類の異なる事項に理解の指を伸ばそうとしていた。


「なにものかによる……。あの縫われたお口が、だれかさんのせいだと、キンシちゃんはそう思うの?」


 言いながら、メイは右の指先と動作を合わせるように目線を怪物の方に再び差し向けている。


 彼女らが、魔法使いと魔女が見上げている。

 そこでは口と思わしき部分の残骸を、巨大な金属の糸の様なもので縫い止められている。


 そんな怪物の姿が確認できた。

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