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明日にちょっとだけ期待したい魔法使い

 にわかには信じがたい話ではあった。

 少なくともメイにしてみれば、魔法使いについてを否定的に考える思考の方こそが、どうにも信じられないものでしかなかった。


「魔法使いさんをきらったとして、……それで、なにかいいことがあるのかしら」


 少し離れた所でオーギが、施設内にある観覧車の現場監督と話をつけようとしている。


 その間に、後輩である魔法使いはいましばらくの待ちぼうけに身をあずけている。

 その中で、メイが左隣に立っている魔法使いの少女から教えられた事実に、考えるがままの疑問を口にしていたのであった。


「だって、怪物さんをおいはらうには、あなたたちみたいな魔法使いのちからを借りなくちゃいけないのよ?」


 質問の体をとろうとして、逆に相手を説得するかのような雰囲気を帯び始めている。

 そのことにメイが気付くよりも先に、そんな魔女の左隣にたたずんでいる魔法少女、キンシがこの場合に用意できる分だけの事実を伝えていた。


「だからこそ、なんですよ。お嬢さん、これは特に難しい話でも、なんでもないんです」


 言い含めるようにしている。

 事実、魔女は本人にも気づかぬ内に現実のひとつ、物事の在り方に不満を抱いているのはそれなりに明白であった。


 何故か言い訳をするかのような気持ちになりながら、キンシはメイに事実を続けて話していた。


「怪物を恐れるとして、それを倒す能力を持った人に恐怖心を抱くことに、特別違和感を抱く必要性なんて無いでしょう。と、僕は思います」


 難しい話題の時は、極力個人の感想であることを含ませる必要がある。

 可能な限り、全体性を削減しなければトラブルが余計に広まる、火の粉を自分が浴びる目に遭う。


 と、そう教えてもらったのは、誰の声だったか。


 キンシが思い出そうとした所で、オーギがいつの間にから彼女らの話題に入り込んできていた。


「よーするに、見えるトコロだけキレーにしとけばオッケー。って、そう言う根端なんだろ、そうなんだろ?」


 問いかけるような口ぶりを作っていながら、しかしてオーギは今は誰の意見も求めていない素振りを体全体で表している。


 苛立ちは行動の中で解消するつもりらしい。

 これからの予定で思う存分に払うとして、今のところは彼は我慢の領域に甘んじている格好を作ってるようだった。


「結局みんな、自分の目が届く分だけ安全があれば、それで十分なんだよ」


 そう言いながらオーギは目線をつい、と上に向けている。


「それでも……まさかこんなに分かりやすいところに用意するような、そんな珍奇な方法を選ぶとは、予想外だったやけどな……」


 苛立ちを奥歯の辺りで噛みしめながら、オーギが感慨深そうに呟いている。


 先輩魔法使いの様子に、キンシが不振がるような視線を送っていた。


「先輩? オーギ先輩、どうかしたんですか」


 ジッと視線を上に固定している。

 先輩魔法使いの眼の向きを追いかけるようにして、キンシもまた自身の視線を上に移動させている。


 そこには巨大な建造物が一つ、それはこの複合施設のランドマークである観覧車がある、乗り降りをするための空洞が開けている場所だった。


 観覧車、この建物にたどり着く前からまちの風景の一つとして認識していた。


 施設、人間を楽しませるために回転をする、それ自体がただ一つの目的のために稼働させられている気概群、と表現することの出来る。


 円形の鉄の塊、キンシはそれを見上げる。

 下から順を追うように上へと視点を移動させる。


 雨足はいつのまにやら、その速度をより一層激しいものにしていた。

 まるで巨人が自分用のバケツを一杯うっかり零してしまったかのような、水の激しさは人間すらも液体に溶かしてしまいそうな気配を有している。


 雨水にかすむ視界。

 水しぶきがあがり、撥ねた水滴が空気中に霞のようなものを描いている。


 白くかすむ視界をやり過ごしながら、キンシは視点をさらに上へと運ばせている。

 観覧車の上を見上げる、眼球の稼働区域を超えた先をもっと見ようとした。


 その所で。


「!」


 キンシの左目に強い痛みが走っていた。

 まるでハンコ注射を無理やり叩き付けられたかのような、幾つもの硬い刺激がキンシの左目、そこに残された視神経を圧迫していた。


「キンシちゃん?」


 いきなり呻くように身を曲げた、少女の様子をメイが不安げに見上げている。

 魔女からの心配に、キンシが己の無事を主張するための言葉を発していた。


「大丈夫です……」


 言葉でこそ平然を装っているものの、しかして様子はどこからどう見ても異常性の方が割合を多く占めていた。


 痛みの正体をすぐに把握する必要がある。

 必要性に駆られたキンシは、痛覚を噛み潰すようにして奥歯をギリギリと食いしばった。


 顎に緊張が走る、肌に粘度の高い汗が浮かぼうとしている。


 体液がしずくを作ろうとした、それよりも先にキンシは痛みの正体にある程度の目途を断たせていた。


「もしかして……」


 左目を自らの手でそっと抑えるようにしながら、キンシは右目だけでもう一度観覧車を見上げている。


 後輩である魔法使いが視線を向ける。

 動作を確認した、オーギが少女の言葉よりも先に事実の一つを口に出していた。


「考えているとおりだよ、キー坊よ。この土地一角を保護しているのは、あの観覧車だ」


 そう言いながら、若い魔法使いたちはそろって視線を上に、緩やかに回転をしている観覧車の姿を見上げていた。


 もうすでに、語るべきことは全て終わってしまったかのようにしている。


 だが、それだけではあまりにも説明が不足していた。

 状況を理解できていないメイはもちろんのこと、事実を間違いなく体験しているはずのキンシですら、たった今知った事柄を受け止めきれないでいるようだった。


「観覧車が結界そのものって、どういうことなんですか?」


 キンシが質問している。

 内容を全て聞く以前に、オーギの中ではすでに答えが決まりきっているようだった。


「そのままの意味だよ。あの回転する娯楽用の巨大な輪っかが、そのまま魔法陣に転用されていてだな……」


 オーギが語る所に寄れば、どうやらこの区画を保護している結界を観覧車にそのまま組み込んでいる、とのとのこと。


「確かにオドロキだよなー」


 オーギが、いつのまにやら苛立ちも忘れ切った様子で、ただひたすらに純粋な驚愕を言葉に変換していた。


「ウワサにゃあ聞いとったが、ここいらの結界の強力さの理由がこんなにも分かりやすく転がっていたなんて、考えようとしてもなかなか考えられんよってからに」


 口調こそリラックスしているが、オーギの濃い麦茶のような色をした瞳には隠し切れない、ごまかし様もないほどの緊迫感が満ち満ちていた。


 オーギがさらに語る。


「観覧車の円形の内側に、丸ごと魔法陣を組み込んでいるんだから、そりゃあ下手な奴に監理させたくはないわな。ちょっとでも崩れただけで、どエラい損失間違いなしの一直線だっての」


 これはなかなかに難しい案件を任されてしまったと、オーギは今更ながらに案件への不満を苦々しく滲ませていた。


 先輩魔法使いが合点の行く素振りで、感慨深そうにうなずきを静かに繰り返している。

 彼の様子を見て、キンシもまた理解を作り上げようとした。


「なるほど……、……?」


 しかしながら、考えれば考えるほどにキンシの思考はこんがらがるばかりであった。


「? どういうことなのでしょう。分かりますか、ねえお嬢さん」


 キンシが助け舟を求めるようにして、右隣に立っている幼い魔女に質問をしていた。

 問いかけられながら、しかして魔女は少女の望む答えを用意することなどできなかった。


「私も……よくわからないわ」


 魔法使いの思考を予想しようとして、しかし言葉の内だけでは明確なイメージを結び付けられないでいた。


 不可解さに苛まれている。

 彼女たちに助け舟を渡すようにして、トゥーイが一歩ほど前に進んでいた。


「…………」


 無言の中、トゥーイは右手に提げていた鎖の先端を少しだけ前に突き出している。

 魔法のために使う道具、そこにはちょうど魔法陣を検索すために使用するための、青年自身の手によって作成された魔法陣の残滓がかすかに漂っていた。


 すでに発見をし終えた、青年お手製の魔法陣は役目を終えた静けさの中で大部分を空気へと溶かそうとしていた。


 残った黒色を、さてトゥーイはどうするつもりなのか。


 キンシが疑問に思いながら、青年が雨の降りしきる外へと速やかに体を移動させている、その背中を視線だけで追いかけていた。


「トゥーイさん?」


 実際に行動を起こす以前に、もしかするとキンシは早くも嫌な予感を察知していたのかもしれない。

 

 それなりに長い時間を共に過ごしてきた、同居人ゆえの直感とでも言うべきなのだろうか。

 しかしながら魔法少女の危機探知能力は、ここでは大して意味を為さなかったのが後に残された結果でしかなかった。


「……ッ」


 キンシが事の正体に気づこうとした。

 それよりも早くに、トゥーイは深く短く呼吸を行っていた。


 腕をおおきく振りかぶる。

 まるで鉄の円盤でも投げるかのような、古代の戦士よろしくの力強さで、トゥーイは右手の中にあった鎖を観覧車に向けて投げていた。


 投石さながらの攻撃意識に満ち満ちた一振りであった。

 空気を切り裂き、天から降り落ちる水を大量に含みながら、魔法陣の香りが残る鎖が観覧車の側面に触れようとした。


 衝突音が響き渡る。……と、キンシはまずそう思い込もうとした。


 その時点で少女は、観覧車からどうやって青年の道具を回収すべきか、あたかも現実味めいた不安だけを考えようとしていた。


 だが、少女の抱いた不安は残念なことに現実には結実しなかった。


 少女が実際に不安を言葉にするよりも、それ以上に分かりやすい変化が観覧車の方に発現していたからであった。


「?!」


 突然、視界全体にひらめいた光りの質量。


 雷でも落ちたのだろうか?

 キンシはそう思い込もうとして、しかしすぐに自身の考えを否定していた。


 それは雷光などではなかった。

 すぐに理解を至らせる。

 

 光は、観覧車に組み込まれた魔法陣から発せられていた。

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